の役でに籠し、官軍と闘った猛女。その後、同志社創立の新島襄結婚し、社会に貢献した才女でもある。動の幕末から明治を疾走した彼女健康食とは──。

 東日本大震災を受けて東北支援する意図で企画され、2013年に放送されたNHK大河ドラマ八重の桜」は、のちに同志社を創設した新島襄の妻となった八重子の生涯を描き、好評を博した。

 元する慶応4年から明治元年(1868年)に戊辰戦争が始まる。長、特に長州を中心とした「州皆敵」という理不尽な攻撃に対し、八重子断髪男装し、スペンサーを持ってに籠は負傷者を看護し、食糧を炊いたり、弾丸を作ったりし、になるとゲーベルに持ち替えて官軍に夜襲をかけた八重子覚ましい活躍は史実に残っている。

 この八重子の出身地・会津そばの産地だった。彼女エネルギーはそばにあると言われている。

「そばのタンパク質の量は、ほぼ牛乳にも匹敵し、しかも溶性で消化されやすい。そして非常に良質な必須アミノ酸(人の成長や生命維持には必要だが、体内では合成されないため、食物から摂取しなければならない8種のアミノ酸)が豊富。また、そばに含まれているルチンには高い抗化作用があり、毛細血管の強化や血流の善、糖尿病動脈硬化心臓病などの生活習慣病の善に非常に効果が高い。ビタミンの一種であるコリンも含み、これは肝機の強化に大きい効果があって、昔から『飲みはそばを食べろ』と言われていた。健康長寿食です」(川田氏)

 籠時の米不足の間には、郷土の「そばの実」をすすって栄養、体をつけたと言われている。

 降伏後、・覚アメリカ帰りの友人・新島襄同志社を設立した。その縁で襄と知り合った八重子結婚。襄も類のそば好きだったが、結婚生活の大半は務を縫っての襄の看病に費やされた。結婚15年、襄は47歳で立つ。

 襄の死後、八重子社会活動に尽くした。日本赤十字社の社員となり、その後、日清日露戦争の際には戦時救護員として活躍。その功績によって、皇族以外の女性では初めて政府より受勲した人物でもあった。

 健康長寿食を愛し八重子昭和7年(1932年)6月14日87歳で波乱の生涯を閉じた。

新島八重子が愛した「そばの実」】

材料(2~3人分):そばの実(剥きそば・丸抜きそば)1カップ(およそ150g程度)、3カップ(茹でるための分量)、有機そば粉大さじ1、1カップ自然ひとつまみ

◎作り方:(1)そばの実をボウルに入れ、に浸しながら、浮いてくるゴミなどを取り除き洗う。(2)10分程度、好みの硬さに茹でたら、一度ざるに上げてさっとでぬめりを取る。(3)そば粉大さじ1を1カップで軽く溶き、に移して弱火でとろりとなるようかき混ぜながら加熱する。(4)(2)の茹でたそばの実とひとつまみをに加えて加熱する。とろみの程度や柔らかさが、お好みのおになったらできあがり。

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