さよモラ

キャリア甲子園2014決勝戦後。当時高校三年生。隣にいるのは過去インタビューでも登場した下山君と松崎さん。

石井大智と言う学生SFC慶應義塾大学総合政策学部)にいる。
彼とは高校時代のキャリア甲子園、そして大学生になってからもキャリアインカレを通じて交流があり、かれこれ4年の付き合いだ(ちなみに彼はキャリア甲子園インカレも全て決勝進出している)。
これまでにも様々な大学生に出会ってきたが、彼を表現するのはとても難しい。例えば決勝進出まで果たしているのにも関わらず、ビジコンは彼の一面にしかすぎず、学生団体、NPO、また学術研究などあらゆる組織で幅広いプロジェクトを手掛けていて、全貌をつかむのが困難なのだ。実は3年前にも彼を取材した事があったのだが、私の実不足でうまく記事にまとめる事ができなかった。私は彼がもうすぐ日本を離れると聞き、めて彼に話を聞いて、彼の根本にあるものを「解剖」することにした。

*取材内容は2018年4月時点のものです。
(取材/執筆:羽田啓一郎)

Contents

登場人物

石井さん石井大智
広島県出身。慶應義塾大学総合政策学部4年。移民を専門とし、政府系機関企業でのリサーチにも従事。また、法務と会計の知識を活かし複数のNPOやベンチャーでバックオフィスも担当した。MFC催のビジコンには高3から3回決勝に出場。香港韓国に留学経験あり。

羽田羽田啓一郎
マイナビ所属。MY FUTURE CAMPUS責任者。石井君とは、彼が高校三年生の時に高校生向けビジネスコンテスト、キャリア甲子園2014で出会う。関東圏でしか告知していなかったのに、広島からやってきた彼に驚き、翌年度大会から開催を全に展開した経緯がある。

高校中退者が飛び級で海外の大学院に進学するまで

羽田

お久しぶりです、今日めて石井くんの話を聞きたいと思ってるのですが、まず海外大学院に進学するんですよね?

石井さん

お久しぶりですー。はい、香港大学院博士課程に行きます。

羽田

……? 修士じゃなくて?

石井さん

はい、修士を飛ばして博士です。香港大学院日本とは大きく違うシステムを取っていて、これまでの論文などが評価されて今回博士課程に行けることになりました。

羽田

うーむ飛び級ですか。いきなりすごいとこ話題にぶっこみますね。海外進学の話も聞きたいところですけど、としては石井くんの高校からの話をやはり記事にしたいのでそこからめて聞いていいですか?

石井さん

はいどうぞ。

「共同幻想」を壊しに行った高校時代

中学生時代の石井君。ヨルダンで活動中に逆に現地の学生に取材を受けているところ

羽田

以前聞いた時、高校中退した話が衝撃で。何故中退したのか、めて教えてもらえますか?

石井さん

すごく端的にいうと土曜日も含めた週6日のうち3日しか通っておらず追い出されたからですね。

羽田

(笑)毎日通うわけでもすぐに退学するわけでもなくそうしたのはなぜ?

石井さん

高校生あるあるだとは思うのですが、みんな高校についていつも不を言っている。そのくせ特段と学校を変えようとはせず、学校に当たり前かのように毎日行き続ける。そういう共同幻想を壊してみたかったんですよね。自らが学校に部分的しか通わないことによって。

羽田

「共同幻想」というのは?

石井さん

社会学でよく使われる言葉なのですが、とても簡単に言うと作り出された習慣や伝統なのにそれを当たり前かのように受容することです。例えば、10代後半というかなり多くの時間に高校毎日通うことを何の疑いもなく受け入れている。さらにその「幻想」を他者に強制してしまうこともよくあることです。例えばもしかが高校をやめようとしたら他の人は高校中退だと経歴に傷がつくから高校は嫌でも行けと言う。そうして不登校学生を苦しめ時に死に追いやらせているとも知らずに。

羽田

なるほど。いつから「共同幻想」の存在に関心を持ち始めたのですか?

石井さん

共同幻想を最初に考え始めるようになったのは籍とアイデンティティの複雑さに中学生の頃多く触れたのが契機でした。最初に関心を持ち始めたのはイギリスのサマースクールで同い年の香港人に出会ったことですね。の同い年ぐらいだと香港人でもイギリス統治の記憶はほとんどないはずなのですが、ひたすら自分はイギリス人だと言いるわけです。イギリスに居住する権利を持てない「イギリス海外市民パスポート」を見せてね。

羽田

なるほど、原体験があったわけですか。

石井さん

他にも中学の間にはその後ヨルダンにいるシリア難民と一緒にビデオを作りに行きましたし、カリフォルニアでかつてあれだけアメリカ人と同化しようとしていた日系アメリカ人の子女がアイデンティティクライシスで悩んでいるのをにする機会もありました。その時ふと「自分が何人である」って言うのは幻想でしかなく、自分が日本人だと思っていることも何か実体があってそう思っているわけではなく、みんなで幻想を抱いて信じているだけなのだなと体感しました。そうして人間の生活は様々な幻想によって構成されているんだなと「共同幻想」を常に気にかけるようになったわけです。

羽田

つまり自分が何人かも含めて々が当たり前だと思っていることは集団による幻想だと言うことを強く意識し始めたと言うことですね。社会学者向きですね(笑)

石井さん

確かに当時から発想は普通ではなかったかもしれません。そういう原体験があったから高校生の頃もできるだけ人と違うことをして幻想と向き合っていこうとしました。その一つが高校に週3日だけ通う活動だったわけですが、他にも地方部の学生がほとんど参加しないサマースクールにもいくつにも参加しました。周りも巻き込んでディベートやキャリア甲子園などのビジコンにもよく出ましたね。そういえば哲学オリンピックに出て全3位を取ったこともあります(笑)

羽田

高校生の頃から随分いろいろやっていたんですね……。キャリア甲子園も地方からは一の決勝進出チームでしたもんね。そういえば中学校高校の頃地元の地方で記事を書く活動もしていたと聞いたのですがそこでも同じような発見がありましたか?

石井さん

そうですね。中高生の時、広島での地方ということで平和に関する記事を自ら企画し書くという活動をしていたのですが、この活動の中では扱っているテーマ上本当に多種多様な思想の人に触れることになりました。「平和」をしながらみんな言っていることは違って、イデオロギーの問題から時に対立し合うこともある。世界を代表する「平和都市」には左から右まで様々なイデオロギーの人が集まってきますが、そういう人たちと10代のうちに対話できたことは今の社会学的志向の根幹になっていると感じますね。

羽田

そういう経験や思考って石井くんの性格にも影したと思いますか。

石井さん

そういう経験や思考が影していたかは分かりませんが、人と極端に違うことを考え、それを口に出してしまう人間だったので、できるだけ親しみやすいキャラクターになろうとジャンプをしながらひたすら「わーい」と手を振りながら言うように意識し続けました。これは高1のから今まで続けています。時にカエルの被り物や着ぐるみを着ることもありましたね。

「共同幻想」を自ら創出した学部前半

羽田

では大学入学後に行っていた学生団体の活動もこの「共同幻想」を壊しに行く行為だったのですか?

石井さん

いえ、逆ですね。「共同幻想」を自分で積極的に創出し他者を動かすためでした。私はBizjapanという学生NPOを1年生の頃から運営してきました。もともとBizjapanは1年に1回海外学生日本スタートアップなどを知ってもらうキャンプを開くサークルだったのですが、私が2年生になり新入生メンバーを選考する際に強硬に様々なプロジェクトを行うプラットフォームに変しました。面くて社会インパクトを与えるプロジェクトなら何をしてもいいし、そのためのリソースを個々の学生提供するサークルに生まれ変わり、NPOの法人格も得ました。
私はそこで徹底的に「様々なプロジェクトを立ち上げることこそ々のすべき姿である」という共同幻想を新メンバーに植え付けました。企業でいえば以前の企業文化を思い出させないくらい新たな文化で押し切ったという感じでしょうか。

羽田

なるほど。「共同幻想」を逆に利用し、プロジェクトを次々と立ち上げて行くプラットフォームを創出したのですね。

石井さん

その通りです。は当時から特に外からやってきた留学生日本語に関わらず活動しやすいサークルを作ろうとしていてBizjapan内ではミーティングやアナウンスに原則2言使わせるのを徹底させました。今ではミーティングはすべて英語になっているのですが、日本でそんなことを当たり前かのようにやっているって面いと思いませんか。

羽田

確かにね。企業でも社内公用語英語の会社はそんなに多くないです。

石井さん

「身内」とはなかなか扱われない留学生が「共同体」の一員であると思わせるというのは簡単ではないわけで。相当強硬なことをやっているので犠牲になった人には今でも申し訳ないと思っています。今のにはここまで強硬なことはできないですね(苦笑)。