関東近辺でシュウマイの聖地といえば、おそらくほとんどの人は、「シウマイ弁当」でおなじみの『崎陽軒』、そして横浜中華街を連想するのではないでしょうか。今回はその二大聖地のひとつ、横浜中華街シュウマイの名店をご紹介します。

 横浜中華街は、ご存知の通り200店以上の中華料理店がひしめく、横浜を代表するグルメスポットの一つです。もちろんそこでは、中華料理のひとつであるシュウマイを提供する店は多数あり、シュウマイが名物で知られる店も、私の把握する限りで3店ほどあります。

 今回紹介する『安記』は、決してシュウマイを前面に出しているわけではありません。どちらかというと、中華粥の名店として知られています。創業は昭和7(1932)年。横浜中華街のメインストリート中華街大通り」から細い路地「香港路」を入った先にある、古き良き中華料理店の佇まいを今に残す、中華街を代表する老舗店のひとつです。

注文率ほぼ100%の名物シュウマイ

『安記』のシュウマイは、5個入りで500円
『安記』のシュウマイは、5個入りで500円

 お店を訪れる常連らしきお客のほとんどが、シュウマイを注文します。まず、ビールや紹興酒とともにシュウマイを味わい、お腹がほどよく満たされたところで、主役の中華粥を満喫する。そんな風に料理を楽しむ光景が『安記』の店内では見かけられ、私自身、一人のお客として今でもそんな楽しみ方をしています。

 少々大きめの一個の具材は、豚肉と長ネギのみで、極めてシンプルです。ただ、その味わいは、シンプルだからこそシュウマイという料理のおいしさがストレートに味わえます。食感は固めながら、程よい噛みごたえがあり、豚肉の旨みが溢れ出します。そこに長ネギの風味が加わり、あっさりとした後味に。そしてしばらくすると、じんわりと豚肉の甘みの余韻が感じられ、もう一個食べたい、と思わせられます。

餡がぎっしりと詰まっているハード系の焼売
餡がぎっしりと詰まっているハード系の焼売

 長ネギのあっさり感も手伝い、いくつでも食べられてしまう。5個では足りずに、思わずお代わり。事実、私がこの店に連れて行った大半の人々は、シュウマイをお代わりしています

タレはシンプルに醤油とからしで
タレはシンプルに醤油とからしで

 シュウマイは、創業から基本的な作り方は変えていないそうです。作り方も、特別な技術や食材はないそう。豚肉は赤身と脂身の割合を8対2にする、玉ねぎではなく長ネギを使う、皮は薄めのものがいい、など、決して難しいことはしていません。強いて挙げれば、ぎゅっと固めすぎない力加減。しっかりとした食感だったので意外でしたが、この感覚が結果としてあの絶妙な食感をもたらしているのでしょう。それでも、特別な技術というわけではないと言います。

 声高にこだわりを主張することなく、実直に、美味しいものを作るために必要な工程を実行し続ける。ある種の職人的なものづくりの姿勢……映画やドラマの名脇役の俳優を見ているようではありませんか?

看板メニューの中華粥「三鮮粥(海鮮おかゆ)」800円
看板メニューの中華粥「三鮮粥(海鮮おかゆ)」800円

 『安記』の主役はあくまで中華粥。ちなみに中華粥は13種類あり、各種の食材の味わいを引き立たせつつも、じんわりと広がる旨みがたまりません。

 その存在を押しのけてまで主張することはせず、でもシュウマイという料理としての実直な美味しさを作り上げ、一方で主役である中華粥をより美味しく感じさせるための、絶妙な存在感を示す。

 まさに、シュウマイとはそういう「脇役力」がある料理であり、それがシュウマイという料理の価値の一つだと、私は思っています。

絶妙な存在感こそシュウマイの真髄

 シュウマイという料理は、あまり主役として扱われることはありません。『安記』のような中華料理店に限らず、居酒屋や定食屋などの飲食店はもちろん、自宅で作るお弁当でも、駅で購入するお弁当でも、シュウマイは脇役のおかずとして添えられていることがほとんどです(ただし、崎陽軒の「シウマイ弁当」は例外)。

 けれど、弁当でも、飲食店でも、もう一品食べ応えのある料理がほしいな、と思ったときに、シュウマイほど絶妙な満足感を与えてくれる料理はありません。しかも、メインを邪魔するほど主張はしない。このほどよい存在感が、シュウマイにしかない力と言えるでしょう。

焼売を味わう筆者
焼売を味わう筆者

 もちろん、どんなシュウマイもこうした存在感が示せるわけではありません。名脇役に実力がなければ、主役が引き立たず、映画やテレビドラマが良い作品にならないように、シュウマイにも実力が求められます。それは、派手さや分かりやすい美味しさではなく、地味ながらも惜しみない手間と努力が詰まった、誰もが納得する実直なおいしさです。その名脇役的シュウマイの象徴的美味しさを持つのが、『安記』のシュウマイであると、私は感じます。

 こうして書いていると、またあのほどよくしっかりした食感と、食後のほんのりとした甘さを感じたくて、『安記』に行きたくなってきました……この魅惑的な余韻もまた、「また観たくなる」名脇役の俳優の名演に通じるものがあります。横浜中華街きっての名脇役的美味。皆さんも中華街に立ち寄ったら、ぜひ体感してください。

●SHOP INFO

安記 外観

店名:安記

住:神奈川県横浜市中区山下町147
TEL:045-641-3150
営:9:30~14:00、17:00~20:00、土日祝:9:30~20:00
休:水曜
アクセス:元町・中華街駅から徒歩8分
http://www.chinatown.or.jp/shop/安記/

●著者プロフィール

シュウマイ

本名種藤潤。教育大学卒業後、フリーランスのライター、エディター、ウェブプランナーとして活動を開始し、現在はオーガニックと食を中心とした幅広いジャンルで取材執筆を行う。焼売に関しては2015年頃から着目し、インスタグラム「焼売生活」で全国各地の焼売を実食し発信。2018年4月現在で200種類を制覇した。2018年5月にTBS「マツコの知らない世界」でシュウマイの知らない世界を紹介している。

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