犬や猫など動物への虐待が増える中、青森県内にすむ一匹の犬がSNS上で話題となっています。虐待で受けたとみられる傷を負って施設に保護されましたが、新たな飼い主と出会い、訓練後、嘱託警察犬になるための試験に合格したからです。

 苦しい経験を乗り越えた姿にSNS上では「また人と向き合ってくれてありがとう」「涙が出る」「立派な警察犬になって」と応援する声が上がっています。オトナンサー編集部では、犬の飼い主であり、指導も担当する女性に話を聞きました。

虐待を受けても人が好きだった

 話題となっているのは、「ナッツ」という名前の雌犬です。ドッグラン「ドッグランてくてくピクニック」(青森県八戸市)のオーナー、川向あゆみさん(51)の自宅で暮らしています。

 川向さんによると、ナッツ6月12日青森県内であった嘱託警察犬の審査会に挑戦しました。嘱託警察犬とは、普段は一般家庭で暮らし、警察から要請があった時に警察犬として活動する犬のこと。「足跡(そくせき)追及」という、追跡・捜索対象者の移動した経路をたどる能力の試験を受け、昨年に続く2回目の挑戦で見事合格しました。

 川向さんに話を聞きました。

Q.ナッツの鼻には傷痕のようなものがありますね。

川向さん「保健所に収容される前のことなので、想像でしかないのですが、鼻をひものようなものできつく縛られたのだと思います。病院の先生の話では、表皮が破れ、その下の真皮まで至った傷とのことです。出血もしたと思われます」

Q.青森県内の施設に保護された経緯は。

川向さん「2015年10月、姉妹2匹で捨てられていたところを親切な人が拾い、つがる市の保健所へ届けてくれたそうです。その2匹がナッツと黒のラブラドールレトリバーでしたが、黒い子もナッツと同じように鼻に縛られた傷がありました」

Q.川向さんがナッツと出会ったのはいつですか。

川向さん「2015年12月、私が青森市にある動物愛護センターの譲渡ボランティアに登録した日、譲渡用に1匹連れて帰ろうと思い、会わせてもらった犬の中にナッツがいました。

お世話をしながら里親さんを募集していましたが、なかなかナッツに合う希望者は現れませんでした。悩んでいた時、ドッグランの近所のドライブインで偶然、警察犬の訓練士さんに出会いました。ナッツは頭が良く嗅覚が優れていたので『これは何かの縁』と思い、『ナッツに警察犬の練習をさせてみたい』と相談したところ、快く『いつでも練習しにおいで』と言ってくださいました。

私がナッツの指導手として学んでいくことになったきっかけでした」

Q.警察犬として訓練を始めたのはいつですか。

川向さん「2016年3月です」

Q.なぜ警察犬を目指そうと思ったのでしょうか。ネット上では「虐待を受けた犬を人間に奉仕させるのは酷」との意見もあります。迷いはありませんでしたか。

川向さん「ナッツは虐待を受けましたが、人が大好きでした。初めて愛護センターで会った時も、職員さんをぐいぐい引っ張って、私にあいさつに来てくれました。しかし、手を差し伸べると少し身を引く感じがありました。人の手が近づくことは怖かったようです。『甘えたいけど手は怖い』。そんな子でした。

ドッグランは犬のリハビリに適しています。たくさんの犬たちの中で、遊び、走り、疲れたら寝る。ナッツは遊びながらいろいろなことを覚えていきました。人は決して怖い存在ではなく、遊んでくれること、人といると楽しいことを覚えました。フリスビーもすぐに覚えました。何でも意欲的にやりたがり『ボールは? フリスビーは?』とよく催促されました。

警察犬の訓練は遊びの延長です。左横を歩いたら、人の左手から絶えずドッグフードが出てくる、お座りをしたら大好きなボールを投げてもらえる、伏せをしたらボールが出てくるというものです。ナッツには『足跡追及』という訓練をしました。匂いをたどっていくとその先に大好きなボールが埋まっているというもので、一生懸命匂いをたどります。

ナッツにとって訓練はゲームでした。彼女はそれを奉仕とは全く思っていないでしょう。警察犬の訓練は1日10~15分程度ですが、彼女はその時間をとても楽しみにしています。この訓練以外は、普通の家庭にいる犬と同じような生活をしています」

Q.訓練で苦労したことはありますか。

川向さん「ナッツは浮遊臭をたどります。つまり、足跡の匂いを省略して最短距離でゴールまで行こうとするのです。それだと途中に落ちている物を見逃しますし、審査会のコースショートカットしてしまいます。1年目はそれが原因で不合格となりました」

Q.ナッツが警察犬の審査会に合格し、ネット上で話題となっていることについては。

川向さん「“2人”で、目標として目指してきたことがかなった瞬間だったので、とてもうれしかったです。ナッツが警察犬として注目されることで、皆さんが犬や猫の扱いを見直し、家族として大事にしてくれるきっかけになればと思います」

Q.ナッツの今後の活動予定は。

川向さん「今まで通りドッグランで看板犬をします。警察犬として活動するのは7月からで、呼び出しがあれば出動する予定ですが、それ以外は普通の家庭犬です。犬猫の保護団体に所属もしておりますので、広報活動も行っていこうと考えています」

 警察庁によると、2017年動物虐待による摘発件数は68件と8年前に比べ倍増しています。「猫ブーム」のように、犬や猫がもてはやされる一方、動物にとってすみやすい社会とは言いがたいのが現状です。今は幸せに暮らすナッツですが、その鼻に残る傷痕が「動物への向き合い方」を問いかけています。

報道チーム

嘱託警察犬の試験に合格したナッツ(川向あゆみさん提供)