「ちゃんと芝居できる人たちが、真剣にふざけて遊ぶ」がコンセプトです。(三上)

「Piper」の川下大洋後藤ひろひとと、元「劇団M.O.P.」の三上市朗という、コメディの名手中の名手である俳優と作・演出家が組んだユニット大田王」。97年と99年に関西限定で公演を打ち、どちらも大好評だったにも関わらず、その後15年間も活動休止。2014年に待望の復活を果たしたが、次は何と4年という(彼らにしては)短いスパンで新作を発表する! しかも今回は「川下大洋還暦記念」というメモリアルな公演なので、いっそう盛り上がるに違いない。川下と三上と後藤に、大田王の紹介を兼ねて今までの活動を振り返ってもらうとともに、攻めの姿勢を意識したという次回作についても聞いてきた。

■「大田王はビジネスでなくて、楽しみにするべきだと思ったんです」(後藤)

──もはや結成から21年も経つので、その成り立ちを知らない人もだいぶ増えていると思います。まずは、大田王が生まれた経緯から教えていただけますか?

三上 最初は俺が大洋さんに「ちょっとコントやんない?」って言って始めたの。それで「ユニット名どうする?」ってなった時に、川下と三上の漢字を重ねたら「田王」になるから、それでどうだろうと。あと「Tao」って英語で「道」って意味もあるから。
川下 へー、そうだったの?
三上 あなた今まで知らなかったの?(笑)で、「ギャラはあまり出せないけど、一緒にやんない?」って言って「いいよー」って乗ってくれた人が集まったのが田王だった。それが96年だったかな。

──田王の『Citizens of Planet Maurice』は、確か『スタートレック』がテーマコント公演で、後藤さんも参加してましたね。

三上 そうそう。で、次の年に後藤もプロデューサーに加わった時に、大王(注:後藤の通称)を足して「大田王」にしたっていうのが、歴史としては最初。プレみたいな感じで「田王」というのがあったんですよ。

前回公演『大田王2014ジゴワット~Back to 2015』より

前回公演『大田王2014ジゴワットBack to 2015』より

後藤 田王に関しては、いっつぁん(三上)が持ってる写真ぐらいしか残ってないよね?
三上 その頃はまだ若くて、若干ツッパってたから、映像なんか残さなくていいやって。
川下 あったなー! そういうノリ。
三上 「芝居なんて生ものだからさあ」って言って……今になって「残しときゃよかった!!」って、すげえ後悔してるんだけど(笑)。で、97年の大田王の時はみんな(会場兼稽古場の)扇町ミュージアムスクエアにチャリンコで通える距離に住んでたから、本当に遊ぶような感覚で集まって作ってたな。
後藤 97年って、あの大塚ムネト(ギンギラ太陽's)もいた奴?
川下 彼だけは、福岡から呼んだんだよな。『スター・ウォーズ』がテーマだったから、彼が作ったダース・ベイダーとかで遊びたいと思ったので。

──出演者兼特殊造形担当として。

三上 それで後藤の家に居候してたんだっけ?
後藤 うん。でも家中がセメダイン臭くなって、途中で追い出したんだよ(笑)
川下 「もう無理! 引き取ってほしい」って(笑)。それで次はうちに来て。

──でもその『Bugs in The Black Box』は、大塚さんの特殊造形も含めて、すごく評判が良かったですよね。

三上 そうそう。でもあの作品は、本当に稽古をした記憶がないんだけど。ミュージアムの屋上にあったバスケットゴールで遊んでた、ぐらいしか覚えてない(笑)。「よく公演できたなあ」って思うよ。
川下 若かったんだろうなあ。でもまあ大田王は「こんなことやって許されるのかどうかわからないけど、やりたい」ってことをやる場所であって、それがちゃんと受け入れてもらえた公演だったと思いますよ。
後藤 あとその前に、大田王の宣伝のような形で90分の番組枠をもらって、『青春トライ'97』っていうエセドキュメンタリーを作って遊んだんですよ。それがABC朝日放送テレビ)だったから、(朝日放送テレビが運営する)ABCホールで大田王を2回もやれるのは、その時点で縁があったのかなあとも思うね。

三上市朗

三上市朗

──その2年後に『Mission Impatient』を上演した後、15年間も沈黙するわけですが。

三上 やっぱりちょっと、盛り上がり過ぎたっていうのが。何をやってもお客さんにウケるのが「これは違うなあ……」と思ったのね。それを真に受けるのは嫌だったし、俺も東京に引っ越したし。それでそのまんま、15年間何も触れずにいたと。
川下 うん。別に「三上が東京行くから、もうできないね」とかじゃなく、ただ誰も「次もやろう」とは言わなかった、という話。
後藤 だからそこは、冷静になったのかね? 俺らが。
三上 逆に冷めちゃった部分があったんだよね、あれをやり終えた時に。
後藤 それで次の公演の予定もないから、余ったお金をストックしてもしょうがないって言って、みんなでカニ食べに行ったり、DVD買いまくったりしたもんね(笑)

──そんな人気コンテンツになったら、普通は味をしめて続編を次々に作りますよね?

三上 我々が悪徳プロデューサーだったら、やってたでしょうけどね(笑)
後藤 「大田王は“楽しみ”であるべきだ」と思ってたんですよ、きっと。
三上 うん。もうけるんだったら、他の所でもうけたいと。それは何か純粋に、本当に自分たちが「楽しみたい」と思ったモノを守った、ということかもしれない。

──このままじゃビジネスになってしまうと。

三上 そうそうそう。誰かに依頼されるのなら別だけど、俺たちが楽しみでやることをビジネスにするのはちょっと違うな、っていうのがあったと思う。共通認識で。
川下 「こういうことでもうけちゃいけない」っていうのが、心根としてあるんだろうな。他の業界だと皆こんなことでもうけてるんだろうし、むしろ「もうけられるのにもうけないのは良くない」ぐらいに言う人も、いっぱいいると思うけどね。それは悪く言えば、俺らが貧乏性ってことなんだけど、良く言えば遊びでしかやらないってこと。
三上 まあやろうと思えばできたかもしれないし、お互いまだやりたい気持ちはどっかであったのかもしれないけど、タイミングが合わなかったんだね。それを合わせてくれたのが、(元ABCホールプロデューサーの)山村(啓介)さんだったわけです。

(左から)後藤ひろひと、川下大洋、三上市朗

(左から)後藤ひろひと、川下大洋、三上市朗

■「還暦を迎えていろいろ考えてるけど、コントはずっとやりたい」(川下)

──山村さんが「自分が引退する記念に、大田王をまたやってほしい」と言ったのが、2014年の復活のきっかけでしたよね。

後藤 確か俺がね、別のことを相談しに行ったのよ。それで「俺はこんなことがやりたいけど、艦長(注:山村氏の通称)は何がやりたいの?」って聞いたら「僕の夢は、自分が大田王をプロデュースすることだ」って(笑)
川下 「自分の生涯で一番面白かった舞台が、大田王だ」って言って。
後藤 それを聞いて「じゃあそっちを先にやろうよ」ってなったのが、前回の『大田王2014ジゴワットBack to 2015』だった。
三上:まあそれをやったことで、もう一回やりたいというか「やって当然」みたいな雰囲気が出てきたのね。ただ後藤が「今までと同じようなメンバーでやる意味が、もうわからない」と言ってきて「確かにそうだな」と。
後藤 前回の奴は、以前大田王に出たことのある人ばかりだったんだけど、みんな昔の話か健康の話しかしない(一同笑)。前はさあ、明日の話をしながらやってたのね、俺らは。ショーはいいものができたけど、次からは明日の話をするような連中とやっていく方が、大田王にとっては健全じゃないかなと思ったんです。ノスタルジーは4年前に済んだし、お客さんもそれで満足してくれたと思うから、次は新しいことやろうよ! と。
三上:ちょうどね、モンティ・パイソンと同じ年に復活できたから。で、モンティ・パイソンはもうあのまんまだろうし(笑)、我々はちょっと進化してみようというのがあって、今回は新しいメンバーを呼びました。

川下大洋

川下大洋

──確かに以前の作品にも出てた役者って、久保田浩さんだけですね。

川下 そう。隈本(晃俊)君は、今までもいろいろ一緒にやってたけど、大田王には出てなかった。クスミヒデオは、(姉の)楠見(薫)ちゃんが「出れない」と言うので、「じゃあ弟で」って(一同笑)。というわけじゃなく、彼はミュージシャンなんですけど、後藤が主催してる「インプロビアス・バスターズ」っていう即興芝居のイベントにも出ていて、ものすごく優秀なインプロ役者なんですよ。とにかく面白いことを人前でやるということにかけては、すごい才能を持っている。
後藤 今回あいつが書いた脚本、初めて読んだの。もう泣いて笑ったよ。今日もLINEで、コントつなぎの部分で「絶対やりたいな、これ」っていうアイディア出してきたし。
川下 たくませいこは去年「エミィ賞」でグランプリを取って、グランプリの人は大田王に出演できるという特典があったので、出てもらうことになりました。ここまで見るとねえ、結構昔の話をする人が多い(笑)。それで「若い人も入れよう」というので、ボブ・マーサムと松井悠理を呼びました。
後藤 大洋さんにしたら、悠理ちゃんもボブも自分の子どもみたいなもんでしょ?
川下 2人とも、俺の同級生子どもだからねえ(笑)
後藤 今回はほら、川下大洋還暦記念と銘打ってるから。

後藤ひろひと

後藤ひろひと

──川下さんと縁のある人を、各世代から呼ぶ感じに。

後藤 それでいいのかな、と思いますよ。(川下に)40年やったの? 演劇は。
川下 そうですね。劇団そとばこまちに入ったのが20歳だったから、今年がちょうど40年。
後藤 俺49歳だよ、今。俺が9歳の頃から演劇やってた(一同笑)。まだ初代タイガーマスクが出てきた頃じゃないの?
川下 プロレス年表で計りますか(笑)
後藤 いやだって普通ね、40年も芝居やってたら、いっぱい受賞したりして偉くなるじゃない? そんな中で、この人は生涯コントやるのか! って(笑)。でも俺は、そこが誇らしいと思いますよ。
川下 俺は昔還暦って、そこで一つの人生が終わるようなことかと思ってたけど、実際になってみたら、ただミレニアム的なことだなと。つまり世紀が変わる、新しい時代が来るという。だから「じゃあ次は何しようかな?」といろいろ考えて楽しんではいるけど、コントは多分ずっとやりたいな。
後藤 ちょっと聞いて。マイケル・ジャクソンプリンスマドンナ、川下。もう2人しか生きてないです、同い年は(一同笑)。偉大な同い年、あと2人だけなんです。世界の財産なんです、川下大洋は。

ぜひ本家『ゴーストバスターズ』のポスターと見比べてほしい、大田王2018『DON'T CROSS 3 BEAMS』公演ビジュアル

ぜひ本家『ゴーストバスターズ』のポスターと見比べてほしい、大田王2018『DON'T CROSS 3 BEAMS』公演ビジュアル

■「大田王でフェスに出たいし、コントをしそうにない人とも遊びたい」(三上)

──大田王は毎回有名な洋画を公演のテーマにしていますが、今回はなぜ『ゴーストバスターズ』にしたんですか?

後藤 それはあの(映画の主人公たちの)格好がしたかったから。いつもそうなんですよ。三上市朗のやりたい格好で決まる(笑)
川下 「あの扮装がしたい」という理由だけで(笑)

──とはいえ毎回、テーマにした映画に沿ったコントは一応出てきますよね。

川下 うん。今回みんなには「お化け」というお題で、コントを書いてきてもらって。ボブもすごいの書いてますよ。見たことも聞いたこともないような。
後藤 あれいいよね。自分の劇団ではできないことを、大田王ならやってくれるんじゃないか? と思って持ってきてくれるのが、俺はすごく嬉しい。あと今回はクスミヒデオがいるのが強みだから、音楽的なことをいろいろやろうと思ってます。
三上 だから音楽の部分を強くして、ゆくゆくはフジロックに出る(一同笑)。
後藤 初めて聞いたわ。そんな夢あったの?
三上 何年か前から、急に「フェス出てぇなあ」と。でも可能性はなくはないよね? 稲川淳二さんだって、怪談でフェスに出てんだもん(笑)。まあ今回はそういう意味でも、音楽で遊ぶっていうのはやってみたいです。
後藤 だから今までとは、ちょっと違う感じになると思います。作り方も違うしね。完全に気心が知れた感じじゃなくて、まずコミュニケーションが必要というのが新鮮。
川下 俺、逆に聞きたいんですけど、大田王みたいなコントオムニバス公演って、他に何かありますかね? シリーズでやってる所は。

──コント公演自体も減ってますし、あっても各劇団が完成度の高い小品を並べるというのがほとんどですかね。それはそれで見応えがありますけど、「何それふざけてんの?」って思うようなことに、劇団の枠を超えて一丸になって挑戦するというような行為は、昨今あまりないと思います。たとえば大田王でよくやってる「挟み込みチラシの中から一枚抜いて、そのチラシの情報だけで勝手な予告編を即興で作る」みたいな。

後藤 あれ、またやるよ(一同笑)。エグゼクティブ・プロデューサーの山村という男に「あれはやって」って言われたので。
三上 ただ俺たちも、今後はもうちょっと(コントを)しそうにない人たちを入れていきたいな、という夢があるんですよ。
川下 は、はーん。イニエスタとか?(一同沈黙)
三上 ……ごめん、苦笑いしちゃった。

(左から)後藤ひろひと、川下大洋、三上市朗

(左から)後藤ひろひと、川下大洋、三上市朗

川下 いや、他の業界で関西にいる人といえば、と思って。
三上 たとえば松平健さんとか、天海祐希さんとかさ。それこそ本当に、大田王に出るのが想像つかない人たちと遊びたいというのはある、舞台で。だってみんな本当はこういうふざけたことが好きだけど、それをやる場所がなくなってきてるわけじゃない?「ちゃんと芝居できる人たちが、真剣にふざけて遊ぶ」というのが、俺たちのコンセプトではあるから。それで「この人たちみたいに、才能を無駄遣いして遊びたい」と思って、演劇や俳優を目指す人がもっと出てきたら、もうちょっといろいろと豊かになるんじゃないかな? とは思ってるんです。

──さらに「これだけふざけても、お客さんは案外ついてくる」というのを見ること自体が、若い作り手には刺激になりそうですよね。

後藤 「こんなの見せて大丈夫?」という変な自粛や、忖度的なことは働いてないからね。
川下 でも俺がそとばこまちで演劇始めた頃って、アングラがあってつかこうへいがあって、野田秀樹があって。その中でじゃあ俺たちは、どんなジャンルの芝居ができるんだ? と思ったら「もう残ってねえや」って(笑)。だったら逆に「何でもあり」にしようと思って、実際何でもやったんだけど、そういう風潮はいい感じで広まった気がしますね。今は「これが一番!」というジャンルにとらわれるんじゃなくて、いろんなものが全部同じように受け入れられるのはいいなあ……と思う反面、やってる側はもしかして「そんなに何でもやっちゃいけないんじゃないか?」って迷ってんじゃないか、という気もするんですよ。
三上 狭い範囲で遊んでる、みたいな感じはあるよね。
川下 「たくさんの中から、たまたまこれをやってます」じゃなくて「もう俺たち、これぐらいしかできないし」と思ってやってるとしたら、ちょっと寂しいなあ……と、今思いました。
三上 だから大田王をもうちょっと大きくして、もっと自在に遊べる所を見せられたら、さらに演劇が楽しくなるんじゃないかなあ、という気持ちはあります。それをお客さんに喜んでもらう自信もあるし、そういう意味ではこの3人で良かったと思いますね。こんなことができる仲間がいるのは自分にとって財産だし、贅沢な遊びだから、今後もマイペースで大田王を続けていけたらと思います。財務大臣(川下)はいるし、後藤は全体をちゃんと観られる眼と、脚本を書く能力があるし。俺は指示するだけなんだけど(一同笑)。

──じゃあそろそろ最後ということで、唯一のレギュラー久保田浩さんへの期待でも聞いておきましょうか。

前回公演『大田王2014ジゴワット~Back to 2015』より。久保田浩による、よくわからないコーナー

前回公演『大田王2014ジゴワットBack to 2015』より。久保田浩による、よくわからないコーナー

後藤 とうに期待などしてない(一同笑)。ただ普段の久保田浩はどんどん面白くなくなってるけど、台本があると輝きが違うし、その輝かせ方を俺は知ってるからね。今回もすごい企画を用意したので、それを観てもらえば、さらに興味がわくと思いますよ。
川下 俺のコントで「この役は羽曳野の伊藤(注:久保田が演じる名物キャラクター)にやってほしい!」と思う役を書いちゃって、それで後藤に「お願いします」って(笑)
後藤 面白い作業だったね。大洋さんが書いた台詞を、俺が伊藤用に書き直すという。
川下 そしたら案の定、むちゃくちゃ面白くなった(笑)
三上 もう何年やってんの? 伊藤は。
後藤 それこそ30年近い。遊気舎で俺が書いた1本目からだから。
川下 もう伝統芸能の域に入るよね。
後藤 え、じゃあ二代目を作る?(一同笑)
三上 本当、育てていかないとさあ。

──では今後の大田王の隠れ目標は、二代目「羽曳野の伊藤」の育成ということで。

後藤 そうですね。それを発掘して。
川下 そのためには、羽曳野の伊藤のテンプレートを書ける人も育てないと。
後藤 あー、そだねえ。俺が養成所を作らないとね。「羽曳野の穴」みたいな(一同笑)。

(左から)後藤ひろひと、川下大洋、三上市朗

(左から)後藤ひろひと、川下大洋、三上市朗

取材・文:吉永美和子

(左から)後藤ひろひと、川下大洋、三上市朗