銀座一丁目の路面に面したショーケースに、甲冑に身を包んだ武士が口紅でハートを描く写真が吊るされている。一見、不思議な組み合わせに感じられるものの、意外なほど違和感がない。作者は人気若手アーティストの野口哲哉さん。

7月13日から9月2日まで、ポーラ ミュージアム アネックスにて個展、野口哲哉「~中世より愛をこめて~ From Medieval with Love」が開催中だ。

もっと、鎧の中にいる中身の人間を描きたい。



今回は2014年以来4年振りの大規模な個展となり、新作3点を含む50点以上を展示。「前回は謎解きやユーモアの要素を多く盛り込んでいたが、もっと人間の心の内面に迫った内容となっている」と野口さんは語る。

野口さんが日頃から意識しているのは確かなデッサン力を持つこと。古い時代の画家たちが人体の仕組みや解剖学を見習いの時から身に着けていたように、しっかりと「基礎体力」をつけたいと考えたという。



以前から、ユーモアのみならずペーソス(悲しみ)の滲み出る作風にもファンが多いが、野口さんは「ユーモアや楽しさの陰で、悲しみを忘れてしまいたくない。どちらも同様に人生にとって大切なもの」と声を大にする。

エンターテイメントではなくアートの世界だからこそ、普段は目を背けがちな“悲しみ”の感情に光を当てるのだ。そのためには、顔の表情筋のみならず甲冑の下に隠された肋骨などさまざまな部位への理解が不可欠なのである。人物たちの特徴のひとつは俯きがちな表情。そして顔のシワやヒゲ、すね毛まで! リアリティも味わい深い。



他人には見られたくなかったような姿でさえもリアルに描写し悲しみを見つめても、野口さんの作品が暗くなり過ぎないのは、それらが人間の文化が育んだ歴史に支えられているからだろう。

作家にインタビュー。「人間や人生を肯定したい」
内覧会で野口さんに今後の展望や制作秘話、展示の見どころを聞いた。



―― 今回は「ポーラ ミュージアム アネックス」での個展開催ですが、「中世の武士(=甲冑文化)とファッション・コスメティックスの親和性」についてどうお考えですか?

両者とも「デザイン」という同じ文脈の中で考えることができますね。ファッションブランドと同じく、甲冑も当時のデザイナーが生み出していたのでしょう。たとえば、F1の車にもデザイナーがいるように、どの民族でもどの時代でもデザイナーのやることは洗練されてくると似てくると感じます。そこがとても面白く、単なるデコレーションでは説明しきれない洗練された世界がありますね。

―― 作品は30センチ程のものが多いですが、サイズ感にこだわりなどは?

ただ僕の部屋が狭いからそのサイズなのですが(笑) でも、料理と同じでコスト的に作りやすいもの、食べやすいものを食卓に並べるようなものかもしれません。こういう感覚って大切です。



――デザイン、姿勢、ポーズ。この3つのうちで大切なものは?
よく言うのは、佇まいというものを大事にすること。人間が着られる装備の限界量はどの時代も決まっていて、30キロ下だって言われています。甲冑も自衛隊の装備も25キロぐらいだと思うんですよ。25キロのものを着た人間のポーズはどの時代も同じで、ある意味滑稽に見えるかもしれないんですが、それが僕は美しいものだと思います。



――仕事のスイッチが入るときは?

画廊さんに次の仕事を組まれたときでしょうか(笑) 実は僕、出番とか場所が決まるとやる気が出てきて「じゃあそこでやるなら何ができるか」って考えたりするタイプ。ですから、何か出番が決まって初めてやりたいことが降ってくるという感じが多いですね。

―― 仕事を発注されてやる気になる自分と、戦場に行くために鎧を着る武士に共通点はありますか?

はい。武士のことを調べれば調べるほど、やっぱり人間なんだなって思いますね。武士は殺戮を好んでいたわけではなくて、自分の給料というモチベーションで動いていたわけです。そして首を取られた側は、討ち取られると遺族年金が支払われる。

それは今のお相撲さんとかもそうなんでしょうけど、突き詰めていけばみんなを養う、家族を養うためのお給金のために働くわけですね。そうなると、彼らの強さとか向こう見ずさとかも裏打ちされたような気がしたんですよね。



―― 今後、これからこういうもの作っていきたいというのはありますか?
そうですね、生きてるような人間を作りたいですね。なおかつ人間とか人生を肯定したい。人間の悪い部分も含めて肯定したいんです。



さらに、制作にあたって「武士を作っているという自覚はない」そう。結果的に鎧を身に纏う彼らは武士と呼ばれる存在かもしれないが、鎧を着た現代人か、未来人かもしれず、それは見る人によってさまざまな解釈の余地が残されているとか。



冒頭で紹介した、メインビジュアルにも使われている「Clumsy heart」。武士が着ている甲冑は「平治物語絵巻」の中に出てくる白とピンクの鎧武者がモデルだそう。今見ても、そのデザインや色使いがきれいでビビッドに見えたことが決め手とのこと。

野口さんは「僕たちが好む色やファッションなどは数百年間変わらず、素材だけが変わりながら繰り返されていると思うんですね」と語っていた。中世の時代の人たちも我々と同じように、この色やデザインを素敵だと感じていたと考えるとなんだか親近感を覚える。

野口さんの作り出すリアルでどこか哀愁漂う人々。その表情や胸の内に想いを寄せると、彼らが私たちに何か伝えようとしているようで愛おしく思えてくる。彼らの“愛”に触れれば現代社会の常識さえも覆して行動する勇気が湧いてきそうだ。

ちなみに「Clumsy heart」でハートを描く武士が持っているオルビスの口紅は奥様の愛用品らしい 。ここでもまさに“中世から愛を込めて”を感じた。




野口哲哉 「~中世より愛をこめて~ From Medieval with Love

<開催日時>
2018年7月13日(金)~9月2日(日)
11:00~20:00(入場は閉館の30分前まで)
入場無料/会期中無休

<会場>
ポーラ ミュージアム アネックス
東京都中央区銀座1-7-7 ポーラ銀座ビル3階

(丹野加奈子/イベニア)

「Clumsy heart」 技法:ミクストメディア 2018年