8月6日広島は、決して厳かではない。8時15分、広島市民が黙とうする原爆投下の時間、実は広島ではその多くが他県からやってきた人々によるデモ隊のシュプレヒコールで揺れる。6日の前後は日本中から広島に人がやってきて、デモ。祈りを静かにげる日に相応しいのは、むしろ6日ではない。18歳の時に広島にやってきて38年間、そこはずっと変わらないのだ。

 もう一つ、違和感があったのは、広島の人々は1945年8月9日11時2分にどこで何が起きたのか、意外と知らないことである。広島での「最初」にはこだわっていても、2番の「長崎」には詳しくはない。原爆投下の11時2分を知っている人は、意外と少数だっだ。長崎県出身の筆者は、ずっとそれが寂しかった。

 上記2つの理由で、8月11日に行われるサンフレッチェ広島V・ファーレン長崎のピースマッチには、おおいに期待したい。第一に、8月11日にはおそらくではあるが、デモ隊はいない。だから静かに、ゆっくりと思考することができる。第二に、広島の人たちが長崎原爆投下についてめて知る機会となる。それがこのピースマッチに対する個人的な気持ちだ。

 広島はこのピースマッチに対して、様々なイベントを打つ。なにをやるのか、それはオフシャルサイトで見ていただきたい。特に「いい」と思うのは、この日選手たちが着用する特別ユニフォームに、広島オレンジ長崎と、互いのチームカラーをあしらわれていること。被爆の実態は自分たちだけでなく、広島長崎、二つの都市が互いに互いのことを知ることで「本質」を理解していく。その想いをサンフレッチェとV・ファレン、二つのフットボールクラブシンリックに表現することは、「自分たちにできることを探し、実行する」という意味でも、素晴らしいことだと考える。

 サッカー平和に寄与できるのか、どうか。サンフレッチェ広島が発表したこのピースマッチロゴマークには「スポーツができる平和感謝」とある。当然のことではあるが、この言葉をどれだけの人々が実感できるだろう。

 たとえば先の災害で渡大生は自身の実家近くが被災し、復旧作業を手伝った。その時の状況を見て、彼は「本当にサッカーどころではないな」と感じたという。川辺駿も地元・広島が被災したことで「メッセージを発信するだけではなく、何か具体的な行動を」と訴えた。災害を受けた人々にとって、現実はもはや平和ではない。その時、初めて想う。穏だということが、どれほど素晴らしいことなのか、と。

 2011年東日本大震災において、萩洋次郎(現FC東京)は福島県いわき市実家津波に襲われた。逃げ遅れた祖は未だに行方不明実家は1階が全てふき飛び、ピアノがどこにも見当たらない。冷蔵庫はひっくりかえり、クルマが裏口に突っ込んでいた。周りのはほとんどが崩壊。波によって流されたが他のにぶつかり、その衝撃で壊れていった。はその「との衝突」がなかったことによって、1階がふき飛んだのに2階がそのまま残るという状況を生んだのだ。

 萩も当時、サッカーをやるような気持ちになれなかった。福島でみんなを助けたいという気持ちになった。だが、地元の友人の言葉が心に突き刺さる。

たちはこっちで頑るから、お前サッカーを頑れ。その姿をたちに見せてくれ。たちもお前サッカーをやっている姿を見られるように頑るから」

 震災のためにJリーグが中断した中で行われた鳥取とのトレーニングマッチで、萩はゴールを決めた。その時、彼はこんな言葉を口にする。

「これからは全ての練習、全ての試合を被災地の方々のためにやる」

 この決意が、萩洋次郎というファンタジスタを戦える男に成長させ、後に広島に栄冠をもたらしたと今になっては想う。だが、それは結果論。重要だったのは、悲惨極まりない状況でも前を向き、明日の生活での平和を手に入れるために頑っていた人々がいて、その人々のために「サッカー」が存在していたという事実だ。

被災地の人々のために戦うんだ」と決意した渡大生が横浜F・マリノス戦でゴールを決め、「具体的なアクションを起こしたい」とっていた川辺駿湘南ベルマーレ戦で好文のゴールの起点となり、そして萩の大きな成長。「昔はかのために頑るとか、そういう雰囲気はなかったのに」と・明夫さんが驚くほど、献身的な選手になった。周りの人々が厳しい困難を乗り越えるための励みになろうと選手たちが頑り、その姿を見て「私達も」と想う。その循環を生み出すためにサッカーが、スポーツを発揮する。そこにスポーツが存在する意味があるし、スポーツができる平和幸せだという言葉に芯が通るのだ。

 2013年10月20日いわき市萩の実家を訪れた時、ボロボロだったという1階は美しくリフォームされていた。「広島に来てほしい」という息子夫婦の願いに笑って首を振り、瓦礫にまみれたを自分たちで建て直そうと決める強さ。あれほどの大災害が起きて全てのモノを飲み込んだ場所であっても、故郷に根をる想い。その秘密を聞いた時、・典子さんは笑顔でこう言った。

「まあ、生命があれば、またやり直せるので」

 人類の歴史に深く刻み込まれる「原爆」という悲惨な現実と向き合った当時の広島長崎の人々もまた、きっと典子さんのような強さを持っていたのだろう。タイ民的英雄であるティーラシンは言う。

広島長崎のことは知識として知ってはいたが、平和祈念資料館を拝見させてもらったことで、原爆広島の人たちがどれほど苦しめたかがわかった。ただ一方で広島は、そして長崎も、そこから何年も、何十年もかけて時間をかけて、決して諦めずにみんなが助け合い、これまで立美しいに復したという事実から、広島長崎の人たちの強さを感じる」

 8月11日19時エディオンスタジアム広島広島長崎がともに行うピースマッチ日本だけでなく世界の人々に、広島長崎メッセージが届くことを心から願う。「スポーツができる平和感謝」。その想いを静かに想い、その上で両チームの選手たちが精一杯ので繰り広げる熱い戦いを堪したい。

文=楽部 中野和也

8月11日には広島vs長崎の試合が開催される [写真]=J.LEAGUE