6日の『ノンストップ!』(フジテレビ系)で、作家村上春樹氏が前日5日に放送された『村上RADIO〜RUN&SONGS〜』(TOKYO FM)に初めてラジオ出演し、ファンである“ハルキスト”が歓喜した模様を紹介した。村上氏はメディアに露出しないことで有名だ。番組に出演したLiLiCoは、テレビ村上氏のが流れず、代役の声優村上氏のコメントを読んでいたのを受け、「私、ハルキストではないんですけど聴けばよかった〜!」と生放送を聴いていなかった自身を嘆いた。

 LiLiCoと言えば、切れの良い発言が特徴の女性タレントだ。『王様のブランチ』(TBS系)で、海外俳優にも物怖じせず流暢な英語で質問するインタビュアー、また、映画コメンテーターとして知る人も多いだろう。今でこそ明るくポジティブイメージが強いLiLiCoだが、現在の芸活動に至るまではいばらだったようだ。

 2012年12月に放送された『中居正広金曜日のスマたちへ SP禁断の告白』(TBS系)に出演したLiLiCoは、父親スウェーデン人、母親日本人の“ハーフ”の見た同級生たちから壮絶ないじめを受けたという。

 また、同番組では病弱を見限って父親を出てから母親ヒステリックとなり、の世話をLiLiCoに押し付けていたことも告白。その後、精を病んでしまった母親は、芸界で活躍するLiLiCoに応援のをかけることもなく、2012年3月に他界したという。

 過酷な環境スウェーデンで過ごした幼少期のLiLiCoにとって、日本にいる祖が送ってくれたアイドル雑誌が一の心の支えだった。その影からLiLiCo18歳の時に歌手になることを決意。祖を頼って単身で日本に渡った。

 19歳の時、静岡県浜松市の芸事務所に入ることが決まり、演歌歌手の元で下積みすることに。21歳の時、マネージャーとともに事務所独立し、東京に進出して個人事務所を設立。ところが、すぐに仕事がなくなり事務所は差し押さえに遭ってしまう。26歳までの5年間をマネージャーと2人で、車中泊を送る生活を余儀なくされた。スナックなどで歌い、は出演を希望する番組プロデューサーに直接電話をかけて営業する日々だったそうだ。

 1992年LiLiCo映画題歌で歌手デビューこそしているが、その一方でVシネマではヌードシーンも披露し、セクシー路線で深夜テレビ番組に出演するなど望み通りの状況とは言いがたかった。28歳でマネージャーの元を離れて独立し、中川翔子母親が経営するショーパブで働くかたわら、CMナレーター仕事も経験したようだ。

 転機は、LiLiCo30歳の頃に訪れる。アメリカアニメサウスパーク」で声優デビューし、ある雑誌のインタビューを受けたことだった。“好きな映画を3本教えてください”というシンプルなものだったが、これに対する受け答えが『王様のブランチ』の放送作家に留まった。2001年に番組のオーディションに誘われて合格し、その10日後から映画コメンテーターとしてレギュラー出演が決まったという。

 今やバラエティ番組に引っりだことなったLiLiCo肉食系女子を思わせる見たな笑いなど、キャラクターを買われたことも大きいだろう。しかし、『朝日新聞×マイナビ』の行った「Heroes File」のインタビューの中でLiLiCoは、「この番組(王様のブランチ)の前に、FMラジオ局のJ-WAVEで、ピストン西沢さんの番組への出演が決まったのですが、これも5年がかりの営業のたまもの」とっている。このような本人の地な営業が、後になって実を結んだ部分も大きいようだ。

 2014年8月にはDDTプロレスリングの開催する『両国ピーターパン2014〜人生変えちゃうかもね!〜』で行われた「アイアンマンヘビーメタル級選手権バトルロイヤル」に特別リングアナとして参加。最初は話題作りかと思われたが、その後、毎年プロレスラーとして同団体の大会に参加し闘い続けている。さまざまな顔を持ち、どん欲に活動するLiLiCoだが、そのあふれるパワーはどこから来るのだろうか。

 「LiLiCoさんは、いまだに歌手としての成功を夢見ていると言われています。歌手というゴールにたどり着くためにはどんな犠牲でも払うと本人も口にしていて、仕事のためなら休みは必要ないと考えているそうです。辛かった過去の経験があるからこそ、“”がつくほどポジティブで常に今が夢の途中なのでしょう」(芸ライター)

 独自の歩みを進めるLiLiCo。今年4月には俳優小田井涼平との結婚を発表したが、今後もきっと持ち前のバイリティーで私たちを楽しませてくれるに違いない。

LiLiCO