シーズマンベーカー』は、丸ノ内線方南町駅京王線笹塚駅の間の中間あたり。陸の孤島のような場所にある街のパン屋さんです。初めて行くとかなり迷うと思いますが、近所の人はもちろん、外国人の方や、週末にはパン好きが遠くからわざわざここを目指して訪れる超人気店なのです。

2011年7月にオープン
2011年7月にオープン

 という情報を筆者は露知らず、散歩の途中で道に迷い、偶然この店を見つけました。絵本の中から飛び出てきたような可愛い佇まいに加え、外国の方や女性が次々と入店する様子を見て、つられて買ってみました。それがびっくりするくらい美味しくて、以来、他のパンでは満足できなくなり、交通の便の悪さもなんのその、足繁く通う店になってしまったのです。

昔ながらの対面販売方式のお店で、レトロな雰囲気
昔ながらの対面販売方式のお店で、レトロな雰囲気

 何がそんなに美味しかったのかというと「パンの生地自体」としか言いようがありません。食パンバゲット、クロワッサン、総菜パンなど、多くのパンに全粒粉を使っていて、それは、これまで食べた全粒粉のパンの生地とはぜんぜん違う気がしたのです。

 全粒粉入りのパンというと、ザラザラ・ゴツゴツとした食感ですが、『シーズマンベーカー』のパンはしっとり、もっちりしていて、麦の香りが強く、素朴な美味しさなんです。それだけではなく、なぜかとても惹かれるのです。そこで取材をしてきました。

ゴロゴロとした素朴な全粒粉入りのパンに、ドライフルーツやナッツの自然な甘さがよく合う
ゴロゴロとした素朴な全粒粉入りのパンに、ドライフルーツナッツの自然な甘さがよく合う
「全粒食パン」1斤360円。全粒粉30%、豆乳、黒糖を入れたほんのり甘い食パン
「全粒食パン」1斤360円。全粒粉30%、豆乳、黒糖を入れたほんのり甘い食パン

畑で小麦を作るところから始まるパン作り

お店を切り盛りする笹島さんご夫婦
お店を切り盛りする笹島さんご夫婦

シーズマンベーカー』のパン職人は笹島博之さんです。2006年に笹塚の『ブーランジェリーササ』(現在はベーカリーササ)を友人と立ち上げたのちに独立し、2011年にここをオープンしたそうです。

 厨房で、せっせとパン生地をこね、オーブンで焼き上げている笹島さんは全身粉まみれ。単刀直入に「なぜ全粒粉入りのパンの生地がこんなに美味しいんですか?」と尋ねると、厨房に併設された小部屋に案内されました。そこには精米機や製粉機があり、原麦や製粉した全粒粉がたくさんありました。

店の厨房内に、製粉用の小部屋を設けている
店の厨房内に、製粉用の小部屋を設けている

「うちで使用する全粒粉は、私の実家・茨城県の有機農家さんの畑で作っている“ゆめかおり”と言う小麦です。私も畑に行って種まきから収穫まで手伝っているんですよ。麦の成長を見て、収穫後はここで粉にするんです」と、まるで自分の子どもを見ているような笑顔で、小麦を触ります。

 つまり、小麦作りから製粉、パン作り、販売まですべてに関わっているというのです。

茨城で生産される小麦「ゆめかおり」
茨城で生産される小麦「ゆめかおり
麦の表面に付くホコリや土を精米機で削り、その後、製粉機で粉にするそう
麦の表面に付くホコリや土を精米機で削り、その後、製粉機で粉にするそう

「全粒粉のパン生地作りはいろいろ難しい点もありますが、楽しいんですよ」と言います。

 白い小麦粉に比べると全粒粉入りのパンは膨らみづらいそうです。そこで通常使う湯種を全粒粉にし、それをデンプン化させることで、もっちりした食パンを作ることができるのだそう。また、全粒粉は天然酵母が活動しやすいのでサワー種を自ら作り、酸味が楽しい全粒粉100%のドイツパンを作ったり。

バゲットは、白い北海道産の小麦と全粒粉配合の2種類を作っています。どちらもイーストで長時間発酵させて、2種類の味の違いを楽しんでいただけたら面白いと思って」

こちらはサワー種から作った全粒粉100%のドイツパン「ヴァイツェンブロート」1本800円
こちらはサワー種から作った全粒粉100%のドイツパン「ヴァイツェンブロート」1本800円

 パン職人というよりパン研究家のような笹島さん。

「じつは、私は『ブーランジェリー ブノワトン』(神奈川県伊勢原市の伝説のパン屋)の高橋幸夫氏と少し交流させていただいたことがあり、彼のパン作りに強く影響を受けました」と言います。

 高橋氏といえば、知る人ぞ知るパン業界の神様のような方。国産小麦はもちろん、地元で栽培された小麦を使った“地産地消”のパン作りに早くから取り組み、お店に石臼を用意して自家製粉をしたりと、日本のパン業界の常識を大きく変えた人です。41歳という若さで亡くなってしまいましたが、彼の遺志を受け継ぐお弟子さんやその影響を受けたパン職人が日本中にたくさんいます。

「クロワッサン」のリボンのような独特な形は、ブノワトンの高橋さんをオマージュして創ったそう
「クロワッサン」のリボンのような独特な形は、ブノワトンの高橋さんをオマージュして創ったそう

「高橋さんの言うように、原麦から関わるとパン作りが全然違ってきます。自家製粉なので専門業者に比べると粗びきにしかできなかったりするのですが、それでも、新鮮で安全な麦を使っている自信や、何より自然の豊かな味わいを表現できます。小さな店ですが、今の自分ができることをパンにすべて込めて作りたいと思っているんです」

 地元・方南町の「子ども食堂」に無料で自家製粉のパンを提供したりすることもそのひとつ。

「毎日食べる主食でもあるパン。安心できる食材の美味しさを次世代につなげていけたら嬉しいですね」

 何かが違うと直感で思ったパンの美味しさのヒミツは、やっぱり一つひとつ丁寧な仕事にあるのでした。この店を知って以来、筆者はすっかりそのトリコに。ぜひ、みなさんも笹島さんの全粒粉のパンを試してみてください。

(撮影・文◎土原亜子)

●SHOP INFO

シーズマンベーカー 店内

店名:シーズマンベーカー(SeedS man BakeR)

住:東京都杉並区方南1-50-4 平岡ビル1F
TEL:03-5329-0755
営:7:00~19:00
休:月・火
https://www.facebook.com/SeedsmanBaker/

バゲット1本380円、1/2 190円。全粒粉を多く配合している | 食楽web