中国は長らく「パクリ」と呼ばれてきたが、かつての日本も同じを歩んでいたという。中国メディアの快資は8日、日本近代工業も模倣から始まっているとする記事を掲載した。そんな「パクリ先輩」として、中国日本から学べるという。

 記事はまず、模倣そのものは何も新しいことではないとドイツ日本のように、「パクリ」は新工業が台頭していくための切り札だという。ドイツ第二次世界大戦前までは英国の技術を模倣し、ドイツに遅れて「パクリ」となった日本も欧電、自動車カメラなどを模倣していたからとした。

 では、日本はどのように「パクリ」から脱却したのだろうか。記事は、1970年代後半から80年代に、世界2位経済となった日本は模倣が限界になり、オリジナル性のある設計をめられるようになったと説明。大企業の中には、設計部門を新たに設けるところも出てきたほどだが、そのおかげで日本パクリから脱却し、バブルが崩壊しても日本の製造業は成長を続けることができた、と振り返った。

 では、中国日本から学べる点は何だろうか。記事は、「パクリでうまくいくのは短期間」と摘。長いで見れば限界が必ず来るため、めてゼロから積み重ね、技術を細分化しユーザー線に立ち、模倣対を上回る新製品を開発した日本に倣うように勧めた。確かに日本は、かつては古代中国を模倣し、近代では欧を模倣した段階があったのは事実だが、日本は模倣の段階にとどまらず先に進むことができた。中国もぜひく「パクリ」から脱却してほしいものである。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供123RF

中国は「パクリの先輩」である日本から学べることがある=中国メディア