SIGGRAPHでは毎年,一般企業が出展するコーナーExhibition」とは別に,体験の展示ホールがある。展示ホールの中で人気があるのは,選ばれた大学企業などの研究機関が,実用化や商用化前の先端技術をお披露する「Emerging Technologies」(略称:E-TECH,以下略称表記)というイベントだ。そのE-TECHにおける常連のNVIDIAが,SIGGRAPH 2018に出展したVR関連の展示をレポートしよう。

 Oculus VRの名が知られ始めた2012年頃から,NVIDIAは「Near-Eye Display」(以下,NED)という名称で,眼に極めて近い位置に接眼レンズを配置したヘッドマウントディスプレイ(以下,HMD)の研究開発を行っていた。
 最初のプロトタイプSIGGRAPH 2013で発表されたのだが,それ以降も,広視野な網膜投写NED「Pinlight Displays」をSIGGRAPH 2014で,ライトフィールドの再現するNED「The Light-Field Stereoscope」(関連記事)をSIGGRAPH 2015で発表といった具合に,この分野の研究を継続的に行っている。
 NVIDIAの研究における究極の標は,2013年から変わっておらず「サングラス程度の大きさと重さで,拡張現実AR)や複合現実MR)に対応するシースルー広視野HMDの開発」であるそうだ。SIGGRAPHのE-TECHでは,そうした研究開発の中間発表を定期的に行う場となっているのだろう。

 さて,そんなNVIDIA2018年に披露した「Manufacturing Application-Driven Near-Eye Displays」(関連記事)は,同社とノースカライナ大学の共同研究によるもので,2種類の展示内容も,究極の標実現に向けた要素技術開発の発表という路線を踏襲していた。順に説明していこう。



3Dプリンター真空機で低コストオリジナルレンズを作る方法

 発表の1つめは,HMDに用いるレンズプロトタイプ製造に関する技術研究だ。
 今までのHMDで使われている接眼レンズは,ありものの量産品をそのまま使うか,学的な仕様を決めたうえでメーカー発注して製造するしかなかった。しかし,前者はレンズが決めうちなので,HMD側の路設計における自由度がないので,標とする表示性を実現するためにボディデザインが大化したり,あるいは見た的に美しくないデザインになってしまったりすることが多い。
 後者であればそうした問題を回避できるものの,レンズの設計に膨大なコストがかかり,大学の研究室レベルではもちろん,NVIDIAのような大企業であっても,おいそれと手を出せるものではない。

 そこで研究グループが開発したのは,3Dプリンターなどを活用する手法だ。といっても,透明脂を材料3Dプリンターを用いて,直接レンズを作るわけではない。
 3Dプリンターでも,硬化性アクリ脂を用いることで半透明の立体物を作ることは可だが,透明度が低く,また表面に段差ができるため,そのままHMDレンズとして用いることは不可能だ。もちろん,3Dプリンターで出した立体物を研磨して,表面をツルツルしたのように磨き上げれば,レンズ的なものを生成できる(関連リンク)。しかし,研磨には時間とコストがかかるので,手軽とは言い難い。

 そこで,研究グループを付けたのが,Norland Products製の学部品用接着剤「Norland Optical Adhesives」(以下,NOA)だ。
 NOAは,外線を照射すると短時間で硬化する接着剤なのだが,硬化すると,幅広いスペクトル領域(≒あらゆる波長の)に対して,優れた透過性を有するという特徴を持つ。身近なNOA活用事例には,液晶テレビや液晶ディスプレイが挙げられる。映像ネルの表示面と透明アクリNOAで埋めて接着することで,額縁部の段差をなくして筐体の見栄えを良くするのに使われている。ちなみに,日本メーカーNOAテレビ製品に初めて活用したのは,ソニーブラビア「HX920」シリーズで,ソニーはこの構造を,「オプティコントラストパネル技術」として訴していた。
 今ではありふれた素材となっているNOAを使って,レンズを作ってしまおうというのが,本研究のアイデアというわけだ。


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 このアイデアを具現化するために用意した機材は2種類ある。
 1つめは,レンズ形状の「」(かた)を生成するための3Dプリンターだ。これはなんでもいいらしいのだが,研究グループはFormlabs製の「Form 2」(関連リンク)を使ったとのこと。
 3Dプリンターで作るのは,あくまでもレンズであり,実際のレンズを作る素材は,液状のNOAである。

 3Dプリンターを作ったら,次は,NOAを流し込んで,実際にレンズを作るのだが,研磨不要の滑らかな表面のレンズを作るために用いるのは,真空の圧を使って物質を成する真空機だ。今回,研究グループが用いた真空機は,Formech International製の「Formech 508DT」(関連リンク)とのこと。

 本来の真空機は,を取りたい立体物に過熱して柔らかくしたアクリル製の熱可塑性シートを被せたうえで,柔らかいうちに真空によって密着させて,直後に冷却して成形品を作る機械だ。イメージしにくいという人はこちらの動画を見れば分かりやすいと思う。

 一方,この研究では真空機を,3Dプリンターで作ったレンズNOAを流し込んだものに,熱可塑性シート真空吸着させる用途で使っている。本来はを取るために使う熱可塑性シート真空吸着を,NOAレンズの表面をなめらかにするために応用しているのだ。に沿って熱可塑性シート真空吸着する仕組みを使うと,NOAの表面が熱可塑性シート真空圧着によってなめらかに成されるというわけである。


 この滑らかな表面成の部分は,かなりアナログ的な手法であるため,製造結果にはそれなのばらつきが生じるのを避けられないと思われるが,作るものはあくまで,試作用のレンズということで大に見るのだろう。


 3Dプリンター真空機は,導入にそれなりのコストはかかると思うが,研究グループとしては「新規導入すれば,それなりに高コストではあるが,これらの機器をえても,メーカーレンズを新しく作ってもらうよりは安価」であるうえ,「3Dプリンター真空機は,研究機関ではありふれたものなので,NOAコストである数十ドルと,3Dプリンターおよび真空機の利用コスト電気代だけでカスタムレンズが作れるというアイデアに,革新性があると考える」という考えだそうな。


 さて,NVIDIAブースでは,極端な事例として,「ワイングラスを持った男性の姿」を立体的に成した特殊学系を使った試作HMDを展示し,実際に体験することができるようになっていた。
 この試作HMDでは,男性の姿を造形したパーツを表示映像の結像面に使っていたので,これを通して見る映像は,常にうっすらと男性の形状にプロジェクションマッピングでもしたかのように見える。ワイングラスの部分に結像した映像は,常に手前に飛び出して見える。もちろん,このパーツに実用性などはなく,ワイングラスを持った男性の姿には,何の意味もない。ただ,この手法であれば,自由形状のパーツも作れちゃいますよ,というアピールというわけである。


 たとえば,作業時に線を下に向けたときにはの前を,線を上げると遠方を見る必要がある製造ラインで働く工員が使うAR HMDを想像してみよう。工員が装着するAR HMDCGメッセージを表示するとき,視界の下部に表示する映像は近くに見えて,視界の上に表示する映像は遠くに見える学系のほうが,自然なものの見え方に近いので,工員には眼の負担が少ないはずである。そうした特殊事情に最適化したHMDプロトタイプもこの技術を使えば容易に作成できるというわけである。


 繰り返しになるが,研究の眼はあくまでも「プロトタイプの作成」であり,最終製品で使うレンズの製造は,今までどおり学機器メーカーに製造委託することを想定している点は強調しておきたい。研究用の試作レンズを,研究機関が所有する(あるいは較的低コストで導入できる)機材で製造できるというのが要点であることをお忘れなきよう。


視線の先に映像を投写するFoveated Projection

 2つめに紹介する展示は,最近のHMDでは話題に上がることの多い視線追跡技術関連の展示である。

 ユーザー視線を追跡して,注視している領域は高解像度レンリングし,それ以外の領域を低解像度レンリングする「Foveated Rendering」(フォビエイテッドレンリング)と呼ばれる技術は,昨今のVR分野では人気の研究テーマだ。
 NVIDIAも,SIGGRAPH 2016のE-TECHでは「Perceptually-Based Foveated Virtual Reality」(関連記事)という技術を,GTC 2017では「Foveated Reconstruction」(関連記事)という技術を発表している。

 Foveated Renderingの「注視している部分を高品位,それ以外はそれなり品質で」というレンリング手法は,レイトレーシングとの相性がよいため,レイトレーシング用の演算ユニットを搭載するGPUコア「Turing」に適したテーマであり,NVIDIAが今後ますますを入れていきそうだと思うだろう。ただし,それには解決すべき重大な問題が残っている。
 それはHMDの接眼レンズに付きものな,学的な解像度の不均一性だ。

 HMDに用いる一般的な接眼レンズは,中央から外周へ行くにともなって拡大率が上がっていく。逆に言えば,レンズ中央が一番高解像度映像ネルの画素が細かく見え,レンズ外周に行くほど低解像度になり,映像ネルの画素が拡大されて見えることになる。
 つまり,Foveated Renderingを行ったとしても,接眼レンズがこのような特性では,その恩恵は薄いということなのだ。

 そこでNVIDIAが考案したのは,映像ネルを拡大学系で拡大して視界全体に広げて見せる手法はやめる,という逆転の発想である。ユーザーの眼が注視している部分をリアルタイムに追跡し,小プロジェクタを動かして,注視点に向けて高品位な映像を投写するというアイデアだ。
 NVIDIA開した試作機は,ユーザーの視界を覆うサイズハーフミラー的なスクリーンを用意して,映像は小プロジェクタでスクリーンに投写する。それと同時に,視線の移動を追跡し,その動きにあわせて,小プロジェクタの投写軸を機械的に動かすのだ。


 デモ機で小プロジェクタの投写軸を動かしている様子を動画撮影してみた。分かりにくいかと思うが,雰囲気はつかめるかと思う。

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 NVIDIAは,この技術に「Foveated Projection」という名前を付けている。
 Foveated Renderingは,固定された映像ネル上の注視点に,より解像度の高いCGを描画する仕組みであるのに対して,Foveated Projectionは,描画するCG解像度は均一であるが,映像そのものを注視点に移動させて表示する仕組み,といったところか。

ムービー(※4Gamerへジャンプします)

 Foveated Projectionの仕組みは,VR HMDと組み合わせるのは向かないかもしれないが,シースルーARMR HMD,たとえば網膜投写系の表示デバイスとの相性がいいかもしれない。
 機械的に動くものは,耐久性や故障が心配ではある。ただ,視線に合わせて「ウィーンウィーン」とモーター音をかせながら投写軸が動くHMDは,それこそサイバーパンクSF的なテイストがあり,実にかっこいい。
 製品として形になるまでは,まだ相当な時間がかかりそうな印を受けたが,夢を感じさせる展示であった。

リンクNVIDIAのSIGGRAPH 2018特設Webページ(英語)
リンクSIGGRAPH 2018のE-TECH公式Webページ(英語)


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