防衛装備庁が新型装輪装甲車について正式に開発中止を発表しました。今後の陸自の中核を担うはずだった新装備ですが、そこにどのような問題があったのか、また、その代案としてどのようなものが考えられるのかを解説します。

「装輪装甲車(改)」、開発中止

2018年7月27日防衛省自衛隊が使用する防衛装備品の開発を担当する防衛装備庁が、陸上自衛隊向けに開発を進めていた「装輪装甲車(改)」の開発を中止すると発表しました。

防衛装備庁は2017年12月26日に、納入された試作車に使用されていた防弾板などに不具合があるとの理由から、「装輪装甲車(改)」の開発完了時期を2018年度末から、2021年度以降に延期すると発表していました。ところが、これ以上開発を続けても防弾板などの不具合の改善の見込みがなく、また改善を続けた場合、陸上自衛隊が要求していた車体の重量や目標としていた価格を充たせないとの理由で、防衛装備庁は今回、開発中止の決断を下しました。

装輪装甲車(改)」は、2018年現在陸上自衛隊が主力装甲車として運用している、タイヤで走行する「96式装輪装甲車」の後継として、2014年度から開発を開始。2017年1月10日に試作車が防衛装備庁へ納入されています。

装輪装甲車(改)」の大きな特徴のひとつとして挙げられるのが、車体の後部ユニットの交換により隊員の輸送以外の用途にも使用できることです。2017年1月10日の時点で、「人員輸送ユニット」(標準型)のほか、使用時に熱を発する電子機器を多数搭載するため、これを冷却するためのエアコンを装備する「通信ユニット」(通信支援型)、地雷敷設装置などを牽引する「施設ユニット」の3種類のユニットが開発されていました。

防衛装備庁は防弾板の不備の詳細を明らかににしていませんが、車体本体と各種ユニットを接合する部分の防弾板の防御性能が、ほかの部分に比べて劣っていたという推測もなされています。

この推測が正しいのか否かは不明ですが、実のところ「装輪装甲車(改)」には防弾板以外にも、舗装されていないぬかるんだ路面などの、いわゆる「不整地」を踏破する能力について、陸上自衛隊の要求を充たせないという問題があったようです。

クリアできなかった問題とその要因とは

1996(平成8)年に陸上自衛隊の制式装備となった「96式装輪装甲車」は、道路交通法で定められた2.5mの車幅制限をクリアし、また敵から発見されにくくするために車高を低くしたことから車内のスペースが小さく、さらに日本国内での運用を想定して開発されたため、地雷や対テロ戦争で使用される、砲弾などに起爆装置を取り付けたIED(即席爆発装置)など、車体の下からの攻撃に対する防御力が低いという難点があります。

陸上自衛隊は「装輪装甲車(改)」の開発にあたって、大きな車内スペースと、高い防御力の確保を優先する方針を打ち出し、開発が開始された2014年度予算案の資料のイメージイラストでは、ドイツオランダが共同開発した装輪装甲車「ボクサー」のような、ずんぐりとした力強いフォルムの車輌として描かれていました。しかし2017年1月10日に防衛装備庁がホームページで公開した「装輪装甲車(改)」の試作車は、全長が長く車高も高い、イメージイラストとはまったく異なるフォルムの車輌でした。

装輪装甲車(改)」の試作車がこのようなフォルムになった理由はふたつあります。ひとつは前にも述べた道路交通法の車幅制限で、車幅制限と陸上自衛隊が求める大きな車内スペースを充たすためには車体の全長を長く、車高を高くするしかなかったのでしょうが、車高を高くしたことにより不整地の踏破性能が低くなってしまったようです。

もうひとつの理由は予算不足にあります。「装輪装甲車(改)」の総開発費は50億円以下と、外国の装輪装甲車に比べて低く抑えられています。このため開発・試作担当社は、同社が陸上自衛隊向けに開発した「NBC偵察車」の技術の流用を余儀なくされました。

核兵器や生物・化学兵器が使用された環境下での偵察に使用される「NBC偵察車」は、走行中に放射線や生物・化学兵器の分析を行なうための精密機器を損傷しないよう、舗装された道路での安定性に重きが置かれており、開発時に不整地踏破性能は重視されませんでした。このため「NBC偵察車」の技術を流用した「装輪装甲車(改)」も、不整地踏破能力の低い車輌とならざるを得なかったと考えられます。

考えうる代案とその実現へのカベ

装輪装甲車(改)は、陸上自衛隊で新たに編成された、あらゆる事態に対処するため高い機動性を持たせた「即応機動連隊」の中核となることを期待されていました。

防衛装備庁は「装輪装甲車(改)」の開発事業の中止を受けて、次期装輪装甲車の整備のあり方の検討など、必要な対応を適切に行っていく方針を明らかにしており、すでに国内外のメーカーに対して、次期装輪装甲車の導入を検討するにあたって必要となる、情報提供依頼書を発出しています。

現時点で次期装輪装甲車の方向性は不透明ですが、三菱重工業が開発した「MAV」(Mitsubishi Armoured Vehicle)を軸に、検討が進められていく可能性が高いと見られています。

「MAV」は陸上自衛隊が導入した「16式機動戦闘車」をベースに開発された装輪装甲車で、同社は「96式装輪装甲車」の後継車輌として防衛省に提案しましたが、車体の幅が道路交通法の車幅制限を超える2.98mに達していたことなどから、採用には至りませんでした。

「MAV」は「装輪装甲車(改)」よりも高い防御力を備えていると見られており、また「16式機動戦闘車」との共通部品も使用されているため、運用コストを抑えられるというメリットがあります。

「MAV」以外の候補としては、アメリカ陸軍の「ストライカー」や、アメリカ海兵隊の「LAV」の原型である、スイス装甲車輌メーカーのモワーグが開発した「ピラーニャ」や、アメリカ海兵隊が現在運用している「AAV7」の後継として新たに導入する、イギリスのBAEシステムズとイタリア装甲車輌メーカーのイヴェコが共同開発した「ACV1.1」などが考えられます。ただ、これらの車輌も車幅は2.5mを超えています。

「MAV」の原型で、車幅が「MAV」と同じ2.98mに達する「16式機動戦闘車」は、現在警察から特別な許可を得て公道を走行していますが、アメリカ軍の車輌は車幅制限の適用外となっています。「MAV」を導入するせよ、海外メーカーの車輌を導入するにせよ、十分な防御力と不整地踏破性能を備えた装甲車を求めるのであれば、道路交通法の車幅制限が障害になるのは必至で、今後は自衛隊の車輌もアメリカ軍と同様、車幅制限の適用外とする形に法律を改正することが望まれます。

【写真】「装輪装甲車(改)」が目指した? 独蘭共同開発の装輪装甲車「ボクサー」

開発中止が決定した「装輪装甲車(改)」(画像:防衛装備庁)。