TVアニメ「昭和元禄落語心中」をきっかけに始まった「声優落語天狗連」もついに18回目。ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記さんとサンキュータツオさんが発起人となり始まったイベントで、声優が初めて落語に挑戦する「声優落語チャレンジ」とプロの落語家による口演が同時に楽しめるイベントです。今回は残暑厳しい2018年9月2日(日)、場所はおなじみ東京・浅草の東洋館で開催されました。

ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記さん

今回、落語に初挑戦する木村昴さんは、「ドラえもん」(ジャイアン役)や「ピンポン THE ANIMATION」(佐久間学/アクマ役)をはじめ数々のアニメ、吹替え、ナレーションを手がける声優。さらにラップソングプロジェクト「ヒプノシスマイク」では、山田一郎を演じる傍ら「好良瓶太郎」名義で作詞を手がけ、さらに劇団「天才劇団バカバッカ」の座長も務めるという多才ぶりです。

リズム感抜群の声優が初挑戦する高座はどのようなものか? 開場前の東洋館は大きな期待に包まれていました。

幕が開け、まず登場したのは、発起人の吉田さんとサンキュータツオさん。舞台上では、毎回恒例の「声優落語チャレンジ」稽古模様も上映されました。そこには、アロハに短パンというラフな姿で落語に格闘する木村さんの姿が。本人はいたって真剣ですが、そのコミカルな言動に客席からは笑い声が沸き起こります。しかしながら、だんだんと映像が進み映し出される真剣な木村さんの姿に、客席の誰もが息を呑むひと幕も。

稽古番の立川志ら乃師匠から、テンションの強弱とリズムの大切さについて指導される木村さん。その指導に、タツオさんは「いままで(の指導)とは違う。スピードと声量についての指導はこれまでなかった」と驚いた様子。果たして木村さんの落語は、どのようなものになるのでしょうか……?

今回の演目である「強情灸」は、いじっぱりの江戸っ子2人の掛け合いが特徴の古典落語。すさまじく熱いと評判のお灸屋で灸を据えてきたと自慢する江戸っ子と、その自慢話を聞かされた友人が見栄を張り、自らの腕に盛った山盛りもぐさに火を付けるやりとりが語られますが、その2人以外にも個性的な登場人物が登場します。登場人物をどう描くのか、江戸っ子ならではのテンポをどう表現するのかで、話す人の個性が大きく出る噺です。

大きな拍手で迎え入れられた木村さん。深々とお辞儀をして顔を上げた表情からは、20代とは思えない風格が感じられます。

「子供のころから落語が好きだったけど、聞くとやるとでは勝手が違う」とマクラをはじめ、「皆さん緊張してます? あ、僕か(笑)」とひと言。その言葉でワッと客席が沸くと、緊張が解けたのか言葉がどんどん紡がれていきます。さらにマクラは続き、自らが率いる劇団「バカバッカ」が古典落語「死神」をアレンジした公演を10月に行うとPRも忘れません! 「これが本当のマクラ営業! なんつって」と大いに笑いをとった後、満を持して「強情灸」がスタート。

きっぷのいい江戸っ子2人に、途中で登場するお灸屋の先生と灸が怖い女性、それらを語る木村さんはサービス満点。大きな体躯を存分に使い表現する様は、本当にこれが初めて落語をする人か?と、客席の誰もが驚き、そしてぐいぐいと引き込まれていきます。口演前に上映された稽古の模様を写した映像で「落語は引っ張りこむ芸能だ」と志ら乃師匠は語っていましたが、まさにそれを体現する木村さん。そのスピード感、テンポのよさはヒップホップ譲りなのでしょうか。軽快なやりとりに客席は沸きに沸き、誰もが魅了された「強情灸」となりました。

大きく拍手をしながら「初々しさのカケラもない!」と満面の笑みで出てきたMCコンビ。「ストレートに面白かった! 大小2人のジャイアンがいた」(吉田さん)、「格好よかった! そして暑苦しかった!! この暑苦しい全力で生きている長屋の人たちの噺をもっと聞きたい。『まんじゅうこわい』とか」(タツオさん)と大絶賛。

興奮冷めやらぬ舞台では、当日都合が悪く会場に来ることができなかった立川志ら乃師匠からのビデオメッセージも上映。そこで師匠は開口一番、「こんばんは、森久保祥太郎です」と挨拶。客席からは大きな笑いが沸き起こりますが、続く言葉はいたって真面目。「体も大きく声も出る人なので問題ないと思っていました。いま落語を聞いてもらって分かると思いますが、熱がっている様が完全にジャイアンで、稽古の時に笑いをこらえるのが大変でした。また一緒に落語会をやりましょう」とコメント。安心して送り出した師匠の自信がうかがえました。

タツオさんからの「稽古でつまずいた部分はあったの?」という質問に対し、木村さんは、「テンポが良く進めると情景が思い浮かばなくなるくらい早すぎる、ゆっくりやろうとすると演じきろうとしてしまい、訳が分からなくなってしまう」と、落語ならではのテンポでの苦労を語ります。そして「少しは形になったのは、稽古に根気よく細かく教えてくださった師匠のおかげです」と感謝の言葉を述べていました。

さらに演じた後の感想をたずねられると、実はまだ実感が湧かないという木村さん。「緊張よりも早くやりたいという気持ちの方が大きかった」と語り、さらに「もっともっと(落語を)やりたい! その時は見に来てください!!」と力強く語ると、場内は大きな拍手に包まれました。

大成功となった「声優落語チャレンジ」の後は、プロの噺家による口演へ。木村さんのパワーに負けない師匠ということで白羽の矢が立ったのは、橘家圓太郎師匠。「落語家と聞いて想像するイメージそのままの師匠です。アニメ好きな人なら絶対楽しめます」というタツオさんの紹介を受け、圓太郎囃子の出囃子で師匠が登場。古典落語の「化け物使い」が始まります。

「いろんなところで落語をやってきましたが、今日ぐらいやりにくいことはございません。あれだけやった後に本物の落語をだなんて、もう地獄のようだ」と軽いジャブからはじめた圓太郎師匠。「皆さんがどんどん笑うけど内容についていけない。でも名前を出すだけでこんなにもウケる……だから袖で聞いたんですよ、森久保祥太郎さんは誰ですか?って」と、先ほどの志ら乃師匠の挨拶にきっちりかぶせて場を沸かせると、客席との距離を一気に縮めます。この間合いの取り方は、まさにプロの技。

この日の演目「化け物使い」は、人使いの荒いひとり暮らしのご隠居と、そこに奉公人としてやってきた杢助(もくすけ)との掛け合いで進む古典落語。小言が多くいつもイライラしているご隠居と、田舎者で純朴な杢助――水と油な2人ですがなぜか馬が合い数年間は平穏な生活が続きますが、ご隠居が、化け物が出ると噂の屋敷への引っ越しを決めてから状況は一変。「お暇をいただきとうございます」と言い、杢助は出ていってしまいます。ひとり屋敷に残されたご隠居は化け物のことなど意に介しませんが、屋敷の隅には様子をうかがう化け物の姿が……。ご隠居と杢助の掛け合いの後は基本的にはご隠居のひとり語りで噺は進みますが、圓太郎師匠の語りから、その場の状況と化け物の様子が鮮やかに浮かび上がります。プロの話芸のすごさに圧倒された口演が終わると、会場は割れんばかりの拍手に包まれました。

口演後、圓太郎師匠と木村さん、そしてMCの2人が加わってのトークコーナーで圓太郎師匠は「寄席育ちじゃない人の落語ってなんか違和感があるんだけど、(木村さんの落語は)戯れている感じ、落語って楽しいって感じが見てて分かります」と賞賛。そして、「マクラを聞いてさすがにしゃべりのプロだ、達者だと袖で見てたんですけど、こうやって(手を前で握って)組んで緊張してるのが分かって、カワイイなって(笑)」と語ります。緊張している様子を指摘されてテレくさそうな木村さんの姿に、場内は大きな笑い声に包まれました。

その後も落語にまつわる話は尽きることはなく続きましたが、残念ながら終了の時間。イベントは幕を下ろしました。(WebNewtype・小川陽平)

(左から)ニッポン放送アナウンサー 吉田尚記さん、木村昴さん、橘家圓太郎師匠、サンキュータツオさん