企業を「反日認定」して嫌がらせをする人たちがいる。ネット上の「デマ」を信じ、SNSでの誹謗中傷や嫌がらせの電話などを繰り返して、企業を疲弊させている。愛国を叫ぶ行為によって、日本経済ダメージを与えているのだ。まるで寓話(ぐうわ)のような話だが、これが日本の現状だ。連載第1回は、サントリーの「炎上」のケースをお伝えしよう――。

■日本経済を破滅させる内側からの攻撃

……われわれはこの流れに積極的に棹(さお)さして日本の生産構造のみならず、貿易構造も、消費構造も新しく編する意を振るい起さねばならない。その仕事は恐らく明治の先覚者が、遅れた農業日本をともかくアジア先進国工業日本改造した努にもすべきものであろう。いわば第二の維新ともいうべき大事業である。しかし困難さの故にその仕事を怠るならば、アジアは容赦なくわがに追いつき追いこすであろうことを忘れてはならない。(1956年 経済書)

馬鹿げた時代になったな、と思う。そしてしもが、ほんの少し前までこういう時代が到来することなど予想だにしなかっただろう。現代は、不幸にしてイデオロギーと企業活動への評価が結びついている時代なのである。

ネット上とその狭いを飛び越えた人々が、自らのイデオロギーと相反する企業を攻撃し、時として不買運動を行い、あるいはデマを流す。企業は「電凸」と呼ばれるネット発の波状攻撃におびえ、その活動は畢竟(ひっきょう)萎縮する。驚くべき事にこの攻撃は企業の実体的不正に対する攻撃とは関係がい。

例えばある企業公害物質を垂れ流していたことが発覚したり、あるいはリコールを故意に隠していた事への抗議ではなく、その企業の「姿勢」が反日的であるかとか、会社経営者が「反日的」であるか否かという、まことに抽的で馬鹿らしい、そして偽も不確かな――いやほとんどの場合デタラメな――基準で糾弾の是非を決める、というものだ。

そんな馬鹿な――と思う読者の方は多いはずである。しかし実際にここ10年余、わがではこの手のさまざまな企業に対する攻撃や、あるいはいわれ批判が、企業CM内容やその企業のCEOの姿勢に対するレッテル張りによって、実際行われてきたのである。

本記事では、このようなネット発のさまざまなレッテル張りとその背景細に検証する一方、このような民間経済活動を萎縮させるさまざまな上記罵詈(ばり)雑言が、いかに不正確でデタラメなものであるかの反を行いながら、本来イデオロギーとは関係のはずの民間企業に対する、勝手連的な汚名返上を行おうという意図が存在する。

■サントリーへの不当攻撃――日本海呼称問題

日本を代表する飲料メーカーサントリーネット右翼が異様な攻撃を開始したのは、現在からさかのぼること約7年前、2011年8月のことであった。2011年8月は「3.11」から半年を経過しておらず、政権与党は民主党(当時)で、菅直人政権の末期である(同年9月野田内閣に交代)。

ネット右翼に習熟していない読者からすれば何のことか分からないかもしれないが、この時期、ネット右翼は降ってわいたバブルの様相を呈していた。まさにネット右翼にとって黄金時代であった。なぜか。まずネット右翼の忌み嫌う民主党政権が政権与党であり格好の攻撃対であったことと、下野した自民党への政権復活待望熱が、まるでマグマのように渦巻いていたことである。

それ(民主党)にひも付けて、この時期は、後に立法されるいわゆる「ヘイトスピーチ対策法」よりはるか前の時代で、インターネット間には中国韓国、特に韓国韓国人在日コリアンへの呪詛(じゅそ)と差別的書き込みが野放図に乱舞していた。菅直人総理大臣在日コリアン(もしくは帰化した人物)であると堂々と名しされ、ネット上での蔑称は「カンチョクト」という、よく分からないハングル発音(?)で呼称され、いたずらな憎悪の対となっていたのである。

そしてそのような書き込みはも抑制する事ができなかった。多くの人々や既存メディアは、ネット上のヘイトを黙殺ないし嘲笑することで抑制しようとしたが、これはかえって火に油を注ぐことになり、まったく効果がかった。

■「東海(日本海)」表記がネトウヨの逆鱗に触れた

そしてまた、いよいよ彼らの差別言動を抑制しようという広範な連帯や連携ができるのはずっと後年のことであり、実際、のちに続々とに提起されることとなった「ネット上の民族差別」を巡る民事訴訟へと発展する段階にはまったくほど遠い段階であった。つまりかいつまんで言えば、2011年とはネット右翼にとって「やりたい放題の時代」であった。

サントリーネット右翼による格好の標的となった切っ掛けは、まったくくだらない内容であった。それは同社が発売した韓国焼酎」のウェブ上の広告に、

“『』というその名前は韓国東海日本海)に隣接した』(キョンポホ)のほとりにある古い楼閣「台」(キョンポデ)で、人とを酌み交わしながら、そこから見える5つの(め)でたに由来しています”

という文言が躍ったからである。……いったいこれのどこが問題なのか、一迷う方も居られよう。それはすなわち広告文句の冒頭部分“韓国東海日本海)”という部分が、ネット右翼逆鱗げきりん)に触れたためである。

古くから環太平洋文化圏を形成していた極東の巨大な内海――日本海――は、韓国では「東海」と呼ばれていることは読者もご存じであろう。ネット右翼の言い分は次の通り。「日本企業であるサントリーが、日本海括弧内とし、韓国表記である“東海”を正として表記しているのはけしからん反日企業の所業である」「サントリー韓国側の東海呼称を正として用いるということは、韓国による竹島不法占拠も容認するというけしからん反日姿勢なのである」というものだ。

■「サントリーは反日企業」「担当者は在日に違いない」

ネット右翼は、この一点のみをもってサントリーを「反日企業」「在日企業」「担当者は在日コリアン)に違いない」と根拠誹謗(ひぼう)し、実際に同社には電話メールFAX等々での抗議が殺到する事態となった。ネット右翼はこぞって「サントリー製品の不買運動」を呼びかける運動に発展した。

いわゆる「サントリー日本海呼称事件(2011年)」の勃発(ぼっぱつ)である。ネット右翼ネットを端緒として扇動したこの事件は、同年8月19日、同社がウェブサイトで以下のような謝罪文広告文句の修正を行ったことで一応の収束をみた。

韓国焼酎」のブランドサイトにおきまして、製品のネーミング由来を紹介する文章中にございました地名表記につきましては、あくまで、商品を紹介するための広告上の表現で、地名に関する見解を表明するものではありませんでした。お客様にご不快な思いをおかけしましたことに対して、深くお詫びいたします。”

が、ネット右翼によるサントリーへの憎悪は、まるでいったん鎮火したが下のくすぶりとなって残り続ける。それは2017年における女優水原希子さんを起用したサントリーCMへの誹謗中傷事件(別項にて解説予定)への、まるで前戦のように、彼らの憎悪が伏兵となって存在し続けることになったのである。

■日本海と呼ぶのが慣例だけれど

先に述べたとおり、日本海は古代から環日本海文化圏を形成する極東アジアの巨大な内海であった。そこには、樺太夷(北海道)、沿州、朝鮮半島、そして本州九州が、まるでひとつの共同浴場を囲むように存在している。

境線国家という概念がかった古代や中世樺太アイヌや渤からすれば日本海は「南海」だったかもしれない。朝鮮半島からすればそのは版図の東側にあるのだから「東海」と呼ぶのは当然である。

ただし、際通念上の常識として、この巨大な内海に面する海岸線が圧倒的に長いのは日本列島であるのは自明なので、日本海Sea Of Japan)と呼ぶのが慣例である。

韓国政府や民間団体は、民族アイデンティティから日本海呼称問題にこだわり、日本海を「東海」と呼称するよう際的に働きかけている側面はあるが、世界中の国家が発行している地図には日本海Sea Of Japan)と表記されているのが普通である。

そして根本的に言ってしまえば、この民間企業が何と呼ぼうが勝手なのである。この日本海と呼ぼうが東海と呼ぶが、この巨大な内海の存在にはまるで影しない。

■ただの「広告上の表現」にかみつく人たち

サントリーの言うように、韓国焼酎』の歴史的経緯を踏まえれば、東海日本海)の広告文句が、特別意味を持つものであると判断する方がおかしい。

“商品を紹介するための広告上の表現”以上でもそれ以下でもない。まったく常識的判断であろう。だって韓国由来の商品を紹介しているのだから、商品紹介に現地呼称を使わない方が不自然になる。

例えば日本民間企業が、ロシア由来の商品を紹介する際に、「カリーニングラード」という表記ではなくわざわざ「ケーニヒスベルク」というドイツ側の旧呼称を使う方が不自然であろう。が、これを一切許容しなかったのが当時のネット右翼である。とにかく、ネット右翼は、韓国韓国人在日コリアンに関するいささかの擁護的、許容的と思われるごく小さな一文に対しても甚なアレルギー反応を起こすのである。

しかし不思議である。というか奇観である。彼らは大韓航空に搭乗したことがいのだろうか? 大韓航空の機内モニターでは、日本海は必ず「East Sea」と表記されて「Sea Of Japan」という併記すらい。こっちには抗議や糾弾の電凸攻撃はいのである。大韓航空仁川国際空港ハブとして日本都市に就航し、アメリカデルタ航空と業務提携をしているが、「搭乗拒否運動」など聴いたためしがない。サントリー日本企業だから怒ったというかもしれないが、そもそもその怒りが的はずれなのは述べてきたとおりである。

いち民間企業広告の“韓国東海日本海)”たった10文字で、日本海の地位の何かが変わるのだとすれば異常な認識だし、また竹島韓国不法占拠状態の現状が覆ることもないのである。

■日本経済への「内側からの攻撃」

ちなみに筆者は2012年竹島上陸(竹島視察)を敢行したが、それはともかくとして、ゼロ年代以降、ネット魍魎ちみもうりょう)のかけに、不本意であっても民間企業が屈せざるを得ない状況が現出せしめたという、「日本経済活動への内側からの攻撃」がいよいよその稚拙ながらも陰湿や野蛮な牙をむき出しにした代表的事例のひとつが、このサントリー事件なのであった。

高度成長が干潟の遠く先まで引いて行ってしまった現在、かつての亡霊、すわなちイデオロギーと企業活動を結びつけ、あまつさえそこにデマウソが混じるのはゆゆしき事態である。そして私たちが思っている以上に、民間企業ネットの評判やネットからの攻撃を気にしている。

クレーム対応の予算は限られており、よってクレーム対応の人員は少なく、根拠ネットの悪評は、もはやそれを信じようと信じまいと、グーグル検索の履歴から法的手段を執る以外に、半永久的に抹消できないからだ。

そうなると最初から、にもにもならないプロモーションに徹しようと企画会議難な路線を決定する。結果その消極姿勢から出てきたものは、やはりにもにもならないものだから、からも忘れ去られていく。

企業利益は減衰し、価がじりじりと下がる。社員の給与やボーナスカットされる。には減配最悪配になる。よって経済活動全般が萎縮する。に見えないくらいの単位で、徐々に徐々に、だが確実にこの経済が縮んでいくのだ。デフレスパイラルそのものである。

■ネトウヨは日本経済を傾けさせるわが国の敵

こんな馬鹿馬鹿しいネット発の「企業炎上」案件はもうこのくらいでお仕舞いにしないといけない。日本経済にかつてあったたけだけしい躍進と成長へのは、馬鹿無知ネットなきによって潰されようとしている。

そうなってくると日本経済はいよいよもう、容赦なく、日本経済戦争の荒から立ち直り、さらなる跳躍をみせようというはるか60数年前、「もはや戦後ではない」と記された経済書が、いみじくも同じ文章の後半において予言的に警告した“努”を怠れば、アジアはわがに追いつき“そして追いこされる”どころか、もうとっくにそのアジアに追い越されて、スペインポルトガルといった「かつての大帝国」と同じように、一敗地にまみれ、数世紀にわたって、単なる東アジア中堅国家として、永い永い黄昏(たそがれ)の斜陽時代を迎えるだろう。

本連載では、以上のような危機感を前提に、ネトウヨたちが日本経済を傷つけてきた数々の馬鹿騒ぎを紹介していく。読者と問題意識を共有できれば幸いである。(次回に続く)

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古谷経衡ふるや・つねひら)
文筆1982年生まれ。保守論客として各誌に寄稿する他、テレビラジオなどでもコメンテーターを務める。2012年竹島上陸。自身初の小説愛国』(駒出版)が話題。他の著書に『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む「極論」の正体』(新潮社)、『「徳自警団」がニッポンを滅ぼす』(イースト・プレス)他多数。

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