ロシアプーチン大統領は12日、安倍晋三首相に対して「前提なし」の日ロ平和条約締結を提案し、日本政府は「北方領土問題解決なくして平和条約締結なし」との姿勢をめて強調する事態となった。中国メディア東方網は13日、北方領土問題に絡めて「第2次大戦後、どうして中国日本の占領に参加しなかったのか」とする記事を掲載した。

 記事は、「第2次大戦で日本が降伏後、連合議論の末日本を4つに分けて米国ソ連中国英国がそれぞれ占領を行うことで意見の一致を見た。しかし、実際のところ中国は占領を断った。絶好の機会だったはずなのに、当時の中国はどうして断ったのだろうか」とした。

 そして、当初の案では英国本州西部九州を、中国四国を、米国本州中部を、ソ連北海道本州北部をそれぞれ占領するプランだったとしたうえで、「案が出て程なく、英国は占領を放棄した。長年の戦争が疲弊しているうえ、日本も焼け野原の状態で食糧不足に苛まれていたことなどから、日本を占領しても割に合わないと判断したのだ」と紹介している。

 また、四国を占領する予定だった中国民政府と共産党による内戦状態が継続していたことから、「将軍派遣して日本を占領せよ」とう米国からのオファーを断り、四国を占領する権利を放棄したのだと伝えている。

 記事はそのうえで、「英国中国が相次いで日本の占領を放棄したことで、日本ソ連に対抗する防御線との考えを強めた米国は、ソ連日本の占領放棄をめた。戦後の荒に直面していたソ連北海道本州北部の占領は諦めたが、『勝利者としての戦利品』を要し、米国の反対を顧みずに断固として日本北方を占領したのだった」と説明した。

 戦後日本は連合に一定期間占領され、一部地域を除いて1952年サンフランシスコ講和条約で独立を回復した。連合による占領は米国に委ねられる形で行われたが、もし、英ソ中の4カが実際に分割占領をしていたら、日本アジアの周辺地域がその後どんな経緯をたどっていったかは、想像すらつかない。(編集担当:今関忠)(イメージ写真提供123RF

第2次大戦後、どうして中国は日本の一部占領という大チャンスを断ったのか=中国メディア