多くの人たちが幾度となく現実からを背けてきただろう。しかし、とうとうこの日がやって来てしまった――。

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 歌手安室奈美恵さんが9月16日をもって引退する。

 その前日、つまり本日には故郷・沖縄で最後のライブを行う。会場となっている宜野湾の「沖縄コンベンションセンター展示場」周辺には、既に多数のファンが押し寄せていて、大変な熱気に包まれているようだ。

 2018年2月から6月まで行われたファイナルツアーは、17演と、中国香港台湾演を合わせて約80万人を動員。この規模でもチケットの入手は困難を極めたわけだが、今回のラストライブは最大収容人数が5000人。安室さんの最後の雄姿を見ようと、壮絶なチケット争奪戦が繰り広げられた。関係者に聞いたところ、申込みは数十万件に上ったそうだ。

 また、チケットは取れなかったものの、会場の外で援を送りたいというファンも少なくないため、ライブ当日の沖縄行きの航空券はあっという間に売し、近隣の宿泊施設もほぼ満室となった。思わぬ形でより大きな経済効果をもたらすこととなった。

 昨年の9月16日デビュー25周年の日に「引退宣言」をしてからというもの、前の安室奈美恵ブームが巻き起こっている。同年11月に発売したベストアルバムFinally」の累計売り上げは230万枚に迫る勢い。今年8月には先述したファイナルツアーを収録したDVDBlu-ray Discリリースするや否や、初週で100万枚を突破した。安室さんの所属レーベルであるエイベックスの業績や価にも大きな影を与えているほどだ。

 「平成歌姫」「民的スター」という名にふさわしく、安室さんは幅広い層から人気だ。とりわけ同世代の女性からの支持が高い。古くは1990年代中頃、当時の安室さんのファッション真似て、厚底ブーツミニスカート茶髪ロングヘア―といった女性たちがにあふれていた。いわゆる「アムラー」現である。また、近年のライブは観客の大半が女性で、その支持率は加速度的に高まっているのだ。

 なぜ安室さんはこれほどまでにされるのだろうか。そこで20代40代の女性50人を対に緊急アンケートを実施。安室さんが世の女性たちを強く引き付けるゆえんを調べてみた(記事末尾にすべての回答を掲載)。

ブレない、芯が強い

 質問は「安室奈美恵さんの好きなところ、あるいは尊敬するところについて」。最も多かった回答は「ブレないこと」「芯の強さ」だった。

自分という軸、信念を持っていてブレない。(38歳、三重出身、フリーランス

かわいいのに芯の強さがあるところ。(42歳、鳥取出身、会社員)

 安室さんのキャリアを振り返ると、紆余曲折はあったものの、その場その場で意思決定をして、すべてを自らが背負い込んで行動している印を持つ。後述するが、特に2000年代に入ってからそれが色濃く出ている。そしてまた、やりたいことと、やりたくないことがはっきりしている。これが本当にできる人はそういないが、ブレると人はついてこない。会社組織でも、考えや行動がコロコロと変わるような上を慕う部下は皆無だろう。

 以前、MAXメンバーの一人に、安室さんについて聞くと「決して自分の考えを曲げない子」と話してくれた。ブレない姿勢と芯の強さ。これは安室さんの本質的な性格のようでもある。

 「プロ意識の高さ」という立った。

歌唱スタイル(体など)が一切衰えていないところを尊敬します。自分に厳しく、プロ意識がとても高いんだろうなと思いました。(35歳、東京出身、会社員)

バラエティ番組などに頻出せず、ライブにこだわっている点にプロフェッショナルを感じます。(28歳、鹿児島出身、会社員)

 プロとしての安室さんの頂と言えば、ライブパフォーマンスだ。MCはなく、数時間ひたすら歌とダンスに没頭する。一般的にはライブ歌手MCを楽しみにするファンは多いが、安室さんのライブにはそれがない。ファンは不満なのではと思うかもしれないが、ほぼノンストップパフォーマンスを続ける安室さんのプロ意識に胸を打たれるのである。

 なお、MCをしない理由について、昨年11月NHKで放送された「安室奈美恵 告白」の中で安室さん本人がったのは、ライブステージで一人で話すことの難しさや、話のネタを考えることの大変さがあったので、MCをなくしたライブを一度やってみたところ、特に問題はなくしっくりきたという。そこで、以降はMCくようになったそうだ。

安室奈美恵の生きざま

 アンケートの回答を見ていると、安室さんという一人の人間に対して、アーティスト母親女性など、さまざまな視点で評価されていることが分かる。例えば、歌手としても、子育てする同じ母親としても尊敬する、といった具合である。そうした安室さんの多面性がより多くの人たちの心をつかんでいるのだろう。

 再び問う。なぜ安室さんはこれほどまでにされるのだろうか。そこには彼女の生き方、生きざまが大きくかかわっているのは間違いない。ここで彼女の歩みを振り返りたい。

 安室さんは1977年9月20日沖縄県那覇市で生まれる。幼少期から引っ込み思案だった彼女人生の大きな転機が訪れたのは小学5、6年生のとき。マキノ正幸氏が創設したタレント養成事務所沖縄アクターズスクール」と出会ったことだ。

 当時はまだ名だったこのスクールは、数年後に安室さんをはじめ、MAXSPEEDDA PUMP知念里奈、D&Dなど数多くのアーティストを輩出する。90年代日本音楽シーン沖縄がひときわいていた時代でもあった。

 安室さんがアクタースクールに入校したエピソードはあまりにも有名だ。友人の付き添いでスクールに来たところ、マキノ氏に見いだされ、その帰り道バス停で呼び止められて入校を勧められる。翌日に安室さんは母親と一緒に来てマキノ氏と面談。母親計が苦しいことを打ち明けると、「お金はいらないから」と特待生として迎えられた。それでも、自宅からスクールまでのバス代を節約するために、片1時間半ののりを歩いて通っていたというのは伝説になっている。

 入校々に出場した地元テレビ番組ののど自慢大会でいきなり優勝するなど、歌手としての性の才があった。従って、アクタースクールでは、歌やダンスよりも、精的な暗さを善するために時間を費やしたと、後年、マキノ氏はテレビ番組の中で話している。

 1992年9月16日SUPER MONKEY'Sの一員として、14歳で安室さんはメジャーデビューした。94年にリリースされた「PARADISE TRAIN」からはユニット名が「安室奈美恵 with SUPER MONKEY'S」となる。スター性のある安室さんを中心に売り出していく戦略に変わったのだ。

 95年にはソロデビューし、プロデューサー小室哲哉さんを迎えることになる。レーベルavexに移籍し、当時の音楽チャートを席巻したTKファミリーの一員に加わった。前記したアムラー現はまさにこのころである。

 出せばCDが飛ぶように売れる。ミリオンセラーは当たり前。歩けば厚底ブーツ女性を見掛けない日はない。そんな大ブームの最中、世間の度肝を抜いた出来事が起きる。結婚、そして妊娠の発表だ。当時20歳の安室さんは報告会見を最後に休養に入る。

ポップスターからの転身

 約1年間の産休・育休を経て、98年暮れの「NHK紅白歌合戦」で見事に復帰する。歌唱中に間最高視聴率は64.9を記録したという。

 音楽メジャーシーンに再び安室奈美恵が君臨と思われたが、2001年に入ると小室さんのプロデュースを離れ、R&Bヒップホップ色を強く打ち出した、まさに自分自身がやりたい音楽パフォーマンス追求するようになるのだ。ポップスターからR&Bクイーンへの転身である。テレビなどにもほとんど出なくなったが、それは本業である歌うこと、踊ることに集中するためで、活動の中心をライブに移した。

 そして今、再び日本で最も注されるアーティストの一人になったといっても過言ではない。それは安室さん自身が信じるをひたむきに進み続けたからこその結果であり、そのたどってきたに多くの人々が共感、共鳴したのである。

 もう1つ、安室さんがされる理由――。それは彼女の陰の部分も関係あるのかもしれない。生まれ育った環境母親の死、離婚など、人生は苦労の連続だ。そうした出来事がありながらも、弱さを見せずにステージに立ち続け、常に最高のパフォーマンスを発揮しようとする姿に人々は心が締め付けられる。「なぜあなたはそこまで強いのか」と。

 そんな安室さんは間もなく引退する。

 「引退までのこの1年、アルバムコンサート、最後にできる限りの事を精一杯し、有意義な1年にしていきたいと思ってます。そして、私らしく2018年9月16日を迎えたいと思います」(引退発表時のコメントより)

 自分らしい生き方を貫いてきた安室さん。どんな気持ちでこの日を迎えるのだろうか。

伏見学)

メジャーデビューから26年。「平成の歌姫」として数々の名曲を生み出してきた安室奈美恵さんが引退する