近年、アダルトPCゲームのシナリオライターがライトノベル(ラノベ)作家としてデビューする例が増加している。その背景にあるのは、アダルトゲームとラノベのユーザー層が重なることだけではない。先鋭的な作家を育てる土壌が“18禁”のフィールドにはあるのだ。
某大手ラノベレーベルの編集者で、彼自身、過去にこうした「アダルトゲーム派」作家の担当経験があるという坂本大輔氏(仮名)は、こう説明する。
「アダルトゲーム出身の作家の方は、ゲーム時代を通じて培った知名度やファン層の厚みが現在の成功につながっている印象です。同人作品がそのまま商業作品にスライドした虚淵玄氏や奈須きのこ氏はもちろん、過去のキャリアとは直接関係がない、新作のラノベを新たに書き下ろした橘ぱん氏や丸戸史明氏もそうですね」
書籍デビュー前からすでに一定数以上のファンを持ち、創作へのセンスも担保されているアダルトゲーム出身の作家たちは、商業面での計算が求められるラノベ編集者の視点から見ても「非常にありがたい」そうだ。
「すべてのアダルトゲーム出身者が小説の世界で通用するとは限りません。改行の多さ、選択肢を使ったストーリーの伏線回収といった“アダルトゲーム特有”の方法論は、小説とはかなり違います。ただ、男性主人公による独白調の文体や、会話文を軸にストーリーを展開する表現手法など、両者で用いられる技術には意外と似通ったものも多いんです」(坂本氏)
言うまでもなく、ゲームのテキストから強い「個性」を感じさせるような文章センスも必要だ。
「特に奈須氏や虚淵氏の場合、同人ゲーム時代から自分の文体をしっかりと持っていた。そのことがファンに支持され、一般向けの媒体でも広く受け入れられることにつながったのでしょう」(坂本氏)
それでは、アダルトゲーム出身の作家たちはどのような経緯でラノベ作品の刊行に至ったのだろうか?
「断言はしませんが、本人の売り込みよりも、編集者による“一本釣り”が多いはず。商業、同人を問わず、アダルトゲームの世界が、ラノベ作家の新たな供給源になっているのは間違いありません」(坂本氏)
もっとも、現在のアダルトゲームを取り巻く環境は、必ずしも明るいものではない。かつて業界でディレクターを務めていた松村俊之氏(仮名)は言う。
「虚淵氏も田中ロミオ氏も、往年のアダルトゲーム黄金時代に健筆を振るったことが現在につながっています。しかし、2005年頃から違法ダウンロードの横行や日本の景気の冷え込みなどで、業界全体の規模は縮小気味。以前と比べてアダルトゲーム業界の門は狭まりつつあります」
松村氏自身、そんな状況に危機感を覚え、2006年にアダルトゲームメーカーを退職したという。さらに、最近では東京都の青少年健全育成条例をはじめ、法律的な規制強化もアダルトゲームや同人ゲームの未来を狭めつつある。
新たな才能を多数生み出してきた日本のアダルトゲーム文化。不景気と規制強化に負けず、今後も人気作家を輩出してほしいものだ。
(取材・文/安田峰俊)
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