アオイ「望めば、救いの手は差し伸べられる。私は、そう信じることにした」

9月14日(金)放送のドラマ10『透明なゆりかご』(NHK)第9話。今回は、過去に原作漫画のインターネットバナー広告で話題となった「透明な子」をもとにした回だった。

一本の電話をきっかけに、にわかに慌ただしくなる由比産婦人科の医師と看護師たち。その後、アオイ清原果耶)や由比(瀬戸康史)たちが待つ病院を訪れたのは、10歳の亜美(根本真陽)とその母親・美典(占部房子)だった。亜美は、性暴力の被害に遭っていた。

女性(に限らず多様な)医師の必要性
公式サイトのスタッフブログでは、プロデューサー・須崎岳が「スタッフの間でも賛否両論あり、こんなつらい話を実写化しても観たくない視聴者が多いのではないか、と懸念する声もありました。」と綴っている。
10歳のこどもが、大人から性暴力を受けること。性暴力に傷つき苦しんでいる姿。それらは痛ましく、見ていられないと感じる人もいる。亜美の母親ですら、被害に目をつぶってなかったことにする選択を一瞬選び取ろうとしていた。

検査によって、亜美は通り魔的に被害に遭ったのではなく、日常的に性暴力を受けていたことがわかった。明るくおしゃべりだった亜美は、一言も話せなくなり水も飲めない。しかし、図書館友達であるアオイと一緒に新生児に会ったり、外に出てみたりしていく中で、加害者が義父(本田大輔)であると打ち明けてくれた。

たった一話の中に、強いメッセージと多くの気づきを詰め込んだ回だった。ひとつひとつ取り上げていきたい。

由比産婦人科で亜美を受け入れることが決まったとき、由比と看護師長の榊(原田美枝子)の間でこんな会話があった。

榊「先生がお話しになったほうが……」
由比「いや、その子がお母さんの近くにいるなら、僕の声が聞こえるかもしれない。女性の医師を探します」

加害者と同じ性である男性の由比は、自分が直接診察することを避けて女性医師を探した。また、入院や診察、検診の付き添いで来ている男性にも、病院内を自由に歩き回らないようお願いした。
性暴力被害者は、加害者と同じ性の人や年齢、背格好の似た人に対して恐怖心や警戒心を抱いたり、パニックを起こしたりしてしまう可能性がある。また、異性に対して自分が受けた被害の内容について話すことに抵抗を感じる人もいる。被害者の心身の安心、安全を第一に考えた由比の判断だ。

助っ人として来た女性の医師・長谷川侑子(原田夏希)。ただ同性であれば良いというわけではない。榊も言っていたように「これは知識と経験のある者にしか対処できないケース」。ある程度の経験を積み、さまざまな患者を見てきた医師でないと務まらない。
今年8月には、東京医科大学入学試験において女子受験生を一律減点し、合格者の操作をおこなっていたことが「女性差別」として大きなニュースとなった。それに色々と理由をつける人もいたが、女性に限らず多様な性の医師がいなければ守れない患者の心と体がある。由比の迅速な判断は、そう示唆していた。

頭を下げるしかない女性と被害者
男性は病院内を歩き回らないようにと言われ、出産を控えて入院中の梓(宮本真希)の夫・勝敏(下総源太朗)は声を荒らげた。

勝敏「男は部屋から出るなってこと!? ずっと!?」
紗也子「ご不便をおかけして、すみません……。ですが、ここは女性にとってつらい思いをする場所でもあるんです。どうかご理解ください」

体格の良い勝敏が大声を出すと、気の強い紗也子(水川あさみ)ですらビクッと体を震わせ、肩を小さくしながら謝ることしかできなくなってしまう。女性や被害者が優先されるべき場所でも「どうかご理解ください」とお願いしなければいけない。
申し訳なさそうにうつむく紗也子の顔だけがしばらく映され、勝敏がそれにどう反応したのかわからなかった。合意のやり取りを映さなかったということは、心の中では納得も承諾もしなかったということだろう。

電車の女性専用車両にわざと乗り込む男性たちのことを思い出した。すでに被害に遭ったり、体に負担がかかっている状態だったりして、つらい思いをしている人が存在する。電車にはそういう人が乗っている可能性があると想像できず「男は入るなってこと!?」と声を荒らげる。女性側や鉄道会社は、「ご理解ください」と頭を下げるしかない。まず社会が守るべきなのは被害者やハンデのある人だ、という社会的コンセンサスが希薄なのだ。

恐れていたとおり、勝敏は病院側のお願いを忘れて廊下に出てしまい、亜美と鉢合わせする。それに気づいたアオイは、肝を冷やして息を飲む。勝敏自身は悪い人ではない。けれど、お願いされたことには何か理由があるはずだ、と立ち止まって考える想像力がなかった。

性教育が伝える「頼れる人や場所がある」というメッセージ

亜美が受けた性暴力が一度ではなく日常的だったことを知り、アオイは自分が気付いてあげられなかったことを後悔し始める。図書館で会ったとき、亜美はこどものための性教育の本を手に取ろうとしていた。声をかけられ動揺した様子を見て「察して」あげられれば良かったが、人の気持ちがわからないアオイには難しかった。

相手が何を考えているか、聞かないとわからないアオイ。亜美にも「何を感じているか」聞かせてほしいと伝えた。

亜美「……嫌だった。みんなは、亜美みたいなことされてないの?」
アオイ「されてないよ。良い大人はそんなことしない」
亜美「最初は、みんなすることだって言われてたの。だから、嫌がる亜美が悪いんだって思ってた」
アオイ亜美ちゃんは悪くない。そういうことをする大人が悪いの。この世界の大人は、ほとんどが良い大人だけど、ほんの少しだけ、とても酷いことをする大人がいるの。そんな悪い人のために、亜美ちゃんが我慢することない」

現代の日本の学校教育では、性行為の方法とそれによって身体や人生に何が起きるか、避妊の方法などについて習う機会が、高校生になるまでない場合もある。亜美が「娘ならみんなすること」という義父の言葉に疑問を感じながらも確信が持てなかったのは、自分がされていることについて知識がなかったから。学校で教わらないから、図書館にある膨大な数の本の中から、手掛かりを探すしかなかった。10歳のこどもにとって、それはどれだけ途方もないことだったか。

一方で現実には、過激などと批判されても「小中学生のうちから必要な性教育をおこなっていこう」としている人たちや自治体がある。秋田県富山県、最近話題となった東京都足立区などがそうだ。
こどもたちに必要な性の知識を不足なく与えたいと活動している種部恭子医師や、埼玉大教育学部の田代美江子教授NPO法人「ピルコン」染矢明日香理事長ら。彼女たちは、性教育をとおして「助けを求めて良い」「相談してほしい」「あなたの味方でいる」というメッセージを伝えたいという。ドラマでは、医師の侑子が同じことを伝えていた。

侑子「でも、亜美さんのこともお母さんのことも、助けたいと思って働く人もたくさんいます。そういう人たちの手を借りてください。少なくとも私たちは、必ず力になります」
由比「いつでも来てください」

性教育と聞くと、性行為の知識をこどもにやみくもに植えつけることだと誤解する人がいる。でも、大人がこどもに正しい知識を共有することは「困ったときに話せる人がいる」と伝えることでもある。亜美には、そう伝えてくれる大人がいなかった。一人で耐え続けるしかなかった。

脚本の凄みと子役・根本真陽の演技
女性医師の必要性、性暴力の正しい知識と対応を知ることの重要性、性教育の本質、「家族の絆」の幻想を、隅々まで描き切った9話。由比に「(被害を)なかったことにできますか」と問われた亜美の母親の「……できません。できません。絶対に、許せません!」という叫び。前夫にはDVを受けていた大人しい母親の叫びは、性暴力被害者とその家族、周りの人たちの深い怒りと悲しみを表している。

原作では、亜美と母親は義父を警察に通報せず離縁する。しかし、ドラマでは侑子を証人として、亜美の未来のために母親は警察に向かった。由比たちは、それを支えると約束した。
このように改変したのは、ドラマが最も伝えたかった「助けたいと思って働く人もたくさんいます。そういう人たちの手を借りてください。少なくとも私たちは、必ず力になります」というメッセージを体現するためだ。一つのメッセージを届けるために、他の全てが存在する。ドラマで救える人を救いたいという強い思い、筋のとおった凄みある脚本だった。

亜美を演じきった子役・根本真陽は、ゲイへの偏見を扱ったドラマ『弟の夫』(NHK BSプレミアム)や、原爆投下後の人々を描いた『夕凪の街 桜の国2018』(NHK)など、人間の差別・偏見や繊細な心の動きを表現する作品に出演し続けている。これからも、多くの作品でその演技を見ることができることを期待し、待ち望んでいる。

今夜10時から放送の最終話は、「7日間の命」。アオイの「命とは何か」という問いに、どんな答えを出すのか。

(むらたえりか

▼配信サイト▼
U-NEXT
NHK オンデマンド

▼作品情報▼
ドラマ10『透明なゆりかご』(NHK)
毎週金曜よる10時〜
出演:清野果耶、瀬戸康史酒井若菜マイコ、葉山奨之、水川あさみ、原田美枝子
原作:沖田×華『透明なゆりかご〜産婦人科医院看護師見習い日記〜』1巻(講談社Kissコミックス)
脚本:安達奈緒子
第9話 演出:鹿島悠
音楽:清水靖晃
主題歌:Charaせつないもの

橋本紀子・田代美江子・関口久志『ハタチまでに知っておきたい性のこと (大学生の学びをつくる)』大月書店