前回の寄稿では、VC投資の現状を統計をもって概観し、日本の投資額が米国や中国に大きく差を付けられていることを示した。この差はどこから生まれたのか? そして、我が国のオープンイノベーション促進には何が必要なのか?

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【第1回】「米中を大幅に下回る日本のベンチャー投資の現実」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53910

 今回は、ベンチャーを取り巻く生態系、ベンチャーエコシステムについて見てみたい。

ベンチャーを取り巻くエコシステム

 ベンチャーエコシステムは、イノベーションエコシステムとも言われるが、森の生物の生態系になぞらえて、だいたい次の図のようなものが念頭に置かれている。図の中のそれぞれの要素について見ていこう。

(1)起業家

 起業家が中心になるのは言うまでもない。起業家には誰でもなれるのかと言えば、そうではなさそうである。芸術家のように向き不向きがある。音符が読めなかったり、楽器を自分の手足のように縦横無尽に扱うことができないようでは世界的な楽器奏者にはなれない。

 では、どのような人物が起業家に向いているのか? それは、ビジネスを最後までやり遂げる情熱のある人物だろう。そのビジネスで世の中を変える、課題を解決するとの情熱である。そのような情熱さえあれば、バグを探すために1週間寝袋でオフィスに泊まり込むことすら何でもない。成功した起業家は、そのような経験は日常茶飯事と言っている。

 製品を買ってもらうために500社に営業しても門前払いで、止めてしまおうかと思ったが、501社目にようやく契約でき、それがきっかけでIPOまで登りつめたという有名な話もある。

 シリコンバレーのVC(ベンチャーキャピタル)は2分で起業家の素質があるかどうかを見抜く、という話を聞いたことがある。ビジネスプランというより、人物を見るということのようである。

 ただ、起業は1人ではできない。チームビルディングが重要である。

 サーバントリーダー(servant leader)とも表現されるCEO、テクノロジーを司るCTO、情報技術に長けたCIOファイナンスの専門家のCFO、マーケティング担当のCMO、CEOを補佐するCOO。これらの気の合う仲間をいかに集めるか、特に最初の10人までがとても大事と言われている。これぞという人物については、三顧の礼をもって迎えるべきだ。

 その際、障壁となるのが「嫁ブロック」や「親ブロック」だという。確かに、社会常識的には、名もないベンチャー企業に行くより、内定の取れている大企業に就職した方がいいとなる。しかし、その大企業が沈没しそうだとしたらどうだろう?

 日本でよくあるのが、技術を開発した大学教授がCEOになるケースである。これについては、CEOはビジネスが破綻した際の責任がいかに大きいか、理解されていないと言われている。やはり厳しいビジネスの世界を熟知したCEO、言わば「経営の専門家」をCEOとして迎えた方がいいというのが起業家OBの声である。

 日本にとっての最大の課題は、起業家を目指す優秀な人材が圧倒的に足りないということである。これを覆すにはどうしたらいいかについては、後日議論してみたい。

(2)シーズ

 シーズは起業家自身が持っている場合もあるが、高度なテクノロジーについては大企業や大学・研究機関の研究開発の成果であることが多い。

 かつてはスマホアプリゲームなどのIT関係がビジネスの多くを占めていたので、起業家にはプログラミングの能力があれば足りたが、現在はますます高度化してきている。データサイエンティストや「IT・プラスリアル」といったビジネスが求められると、そのリアルの部分、例えば医療・福祉やモノづくり、ロボット・AIや自動運転車などのテクノロジーの先駆者を、起業家チームの中にCTOとして迎える必要が出てきている。

 大企業には死蔵されている特許がある。これをオープンにして、起業家の知恵で事業化できるのではないかとの議論がある。実際にそれを進めている大企業もあるが、担当者は社内を説得するのに大変苦労しているという。会社が大金を注ぎ込んで研究開発した成果を、ただで他人に使わせることに対する抵抗感があるようである。しかし、死蔵されたままよりも、ビジネス化により世の中のためになった方が、どれほど意義があるだろうか?

(3)スピンアウト

 大企業や大学・研究機関からスピンアウトして起業家になるケースが考えられる。だがこれも日本では少ない。労働市場のあり方が課題である。

(4)大企業からの投資

 大企業のベンチャー企業への投資は、最近顕著に増えてきている。これには特定のVCとファンドを形成する場合、大企業が直接ベンチャー企業に投資する場合、大企業がVCと共同で投資会社を設立して投資する場合など、いろいろな形態がある。大企業の投資については、通常のVCのようにフィナンシャルリターンを追求するというより、いわゆる戦略的投資の場合が多い。

 前回の寄稿で、大企業とベンチャー企業との間の「スピード感の極端なギャップ」について触れた。その際、ある米国人から次の本を読むように勧められたのを思い出した。『SPRINT 最速仕事術』(ダイヤモンド社刊)である。

 これは、グーグルベンチャーで開発された、5日間でプロトタイプ作りや顧客による評価も終えてしまうという、文字通り短距離走のような最速の仕事のやり方である。チームの人数は7人以内に絞り、必ず意思決定者を入れる、5日間は他の仕事はシャットアウトし、スマホでの連絡は休憩時間のみ認める、などなど。これをやっておけば、無駄な投資を避けることができるという。スタートアップスピードが命というが、これがその具体的なやり方なのである。

 日本の大企業ではどうだろうか? 企画書や稟議書をまとめても、上司に上げ、説明していくうちにボツになることもあり、またやり直す。これでは、明日の支払いにも汲々(きゅうきゅう)としているベンチャー企業の意思決定の速さにはついていけない。

 先の『SPRINT』のやり方で、「人数を7人以内に絞る」という点は重要であろう。あまりに関与する人が多過ぎると、なかなか意思決定ができない。かといって、1人や2人ではまとまったビジネスはできない。チームビルディングが重視される。このようにして、次々にアイデアビジネス化されていくとしたら、日本流のやり方では到底太刀打ちできない。

(5)イグジット(Exit

 イグジットには、IPO(株式公開)とM&A(合併・買収)があり、力尽きて清算する場合もある。米国では圧倒的な比率でM&Aが多いが、日本では逆にIPOが圧倒的である。

 IPOによるキャピタルゲインは大きいので、VCや証券会社はIPOを勧めると聞いているが、ベンチャー企業の規模が小さいのにIPOすると、その後の上場維持費がままならなくなるとも言われている。日本ではIPOは勝ち組、M&Aは負け組と一般に思われているようであるが、相応のリターンを稼ぐM&Aによるイグジットという道は増えていくであろう。

 先日、台湾に行った際、この点は台湾ではどうかと聞いてみたところ、台湾では外国企業にM&Aされれば勝ち組、台湾企業にM&Aされた場合が負け組と一般的に思われているということであった。

 さて、首尾よくイグジットできた後、さらに起業する、もしくは若手の起業家を支援するメンターの役割を担うというシリアルアントレプレナー(Serial Entrepreneur)は非常に重要である。それは、実際に自分で起業してみないと分からないことが多いからである。

 大手コンサルタント大企業に対してレポートを書いていた人が、後に起業家となり、コンサルタントのレポートがいかに地に足が着いていなかったかを実感したという話を聞いたことがある。日本でも、IT分野ではシリアルアントレプレナーと言える人が出てきたが、それ以外の分野ではこれからを期待するしかない。

(6)VC

 日本のVCの課題は、規模が小さく、ベンチャー企業のエクスパンション期の資金需要に応えることができないということである。米国のような年金基金からのLP投資がないのが欠点だと言われるが、それにはそれなりの受け入れ態勢が必要であろう。例えば、業界で統一した時価評価基準は未だにできていない。統一した評価基準があれば、機関投資家も投資しやすいであろう。

 また、今やITだけではない、「IT・プラスリアル」の時代なので、VCの側にも、リアルの部分をきちんと評価できるテクノロジーの専門家をそろえる必要が出てきている。

 民間VCの弱点を補うべく、産業革新機構のベンチャー企業への投資はますます重要性を増してきている。また、中小企業基盤整備機構のLP投資も、ファンドの半分とは言え、民間VCにとっては欠くことができない存在となっている。

 この図では表現されていないが、弁護士公認会計士、メンターのような支援者の存在も重要である。特に、起業家の立場に寄り添った弁護士は日本ではまだまだ少ないと言われており、今後の活躍が期待される。

 資本政策や知的財産権戦略も重要である。一旦株式を渡すと、将来にわたり持ち株比率に影響する。ブラックボックスも含めて、どのように特許を取っておくかは重要で、あとで後悔しても始まらない。しかし、これらについては専門家に委ねたい。

エコシステムが盛り上がらない理由

 さて、このようなベンチャーエコシステムは、改善点もあるものの、ほぼほぼ日本でも形成され、国の補助金や税制による支援もこのようなシステムを前提に長年構築されてきている。なのに、前回紹介したように、米国や中国とは桁違いに日本のVC投資額は小さい。

 私は、この図では見えていない部分、生態系で言えば「地面の下の部分」が米中と決定的に異なるために、ありとあらゆる支援を繰り出しても、もうひとつ日本のベンチャーが盛り上がらないのではないかと考えている。

 それは、労働市場と教育の問題である。次回以降述べていきたい。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  米中を大幅に下回る日本のベンチャー投資の現実

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