9月18日セルゲイ・ソビャーニン氏のモスクワ市長就任式が、市の中心部ザリャジエ公園のコンサートホールで華々しく行なわれた。

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 ソビャーニン氏は9日の市長選で、7割以上の得票を得て圧倒的勝利で再選。結果の分かり切った選挙だったため、投票率は3割と低かった。

 ソビャーニン氏は従来路線を踏襲し、公共交通の発展、古い集合住宅のリノベーションプログラム、高齢者や障害者への在宅サービスなどに取り組むと表明した。

 筆者自身も5年間暮らしてみて、特に公共交通の面でモスクワが驚くほど便利になったと感じるのは確かだ。

 それがすべてソビャーニン氏の業績かというと疑問が残るが、市長選前後のモスクワで、目にとまったことを書いてみたい。

ザリャジエ公園

 就任式の舞台となったザリャジエ公園は、米タイム誌の世界の名所100選にも入った最新の観光名所で、筆者も5回ほど訪れた。

 週末には座る場所もないほど家族連れやカップルであふれ返っている。クレムリンからも目と鼻の先、川沿いというロケーションも抜群で公園としては最高だ。

 19世紀初め、この場所にはモスクワで唯一のユダヤ人街があった。1967年から2006年まではロシアホテルという超巨大ホテルがあった。

 その後長らく空き地になっていたが、ウラジーミル・プーチン大統領の発案で公園を作ることになり、長い建設工事を経てちょうど1年前にオープンした。

 公園は開業から数日の間に散々な目にあった。

 珍しい植物を狙った泥棒がわんさか現れ、1万本もの植物が荒らされ、盗品はフリマサイト「アヴィータ」などで売買された。

 歩道灯が壊され、メディアセンターの窓や円形劇場のガラス天井も何者かによって割られた。

 そしてこの夏、ザリャジエ公園のプロジェクトを主導したモスクワ市の主任建築士セルゲイ・クズネツォフ氏は「ザリャジエでは未曾有の数の性行為が確認されています。それらの行為は監視カメラに映っています」とグチをこぼした。

 しかし、「それというのも公園が、安全で安心な場所だからでしょう」と述べ、大きなニュースになった。

 これを受け、市長選でソビャーニン氏の対立候補だった若手政治家、ロシア自民党ミハイル・デグチャリョフ氏は「愛があれば性行為を罰さないでください。罰する理由がありません」と呼びかけた。

 この一件でザリャジエ=野外セックスというイメージがついてしまった。

 モスクワ市長選前日の8日、プーチン大統領、ドミトリー・メドベージェフ首相、ソビャーニン市長は揃ってザリャジエを訪れ、コンサートホールの公式オープンを宣言。

 ホールは本格的なもので、日本の音響技師・豊田泰久氏によって音響試験が行われた。

 こけら落としとして、ゲルギエフ指揮マリインスキー劇場管弦楽団によるコンサートが行われた。

 ロシアでは選挙前日は選挙活動をしてはいけない決まりになっているが、この出来事はソビャーニン氏にとって格好のアピール材料になった。

投票日前日、市制記念日に見たもの

 コンサートホールがオープンした日、筆者は歩行者天国となった目抜き通り、トヴェルスカヤ通りを歩いていた。

 この日は「モスクワの日」という市制記念のお祭りで、路上で様々なイベントが行われていた。

 コンクリートの路上でバレエ「レ・シルフィード」が上演されていたのには驚いた。踊っているのは、いわゆる「ツアーバレエ団」のダンサー

 モスクワには「ロシアバレエ」というブランドを最大限に生かし、海外ツアーをメインに活動している、拠点となる劇場を持たないバレエ団がたくさんある。

 通りを少し下ったところには、比較的きちんとした簡易の舞台が設けられ、クラスノヤルスクバレエ団による現代バレエが披露されていた。

 こちらは数段ハイレベルで、大勢の人が歓声を送っていた。

 また通りを進むと、投票を呼びかけるチラシをもらって、その内容に少しがっくりきた。

 チラシには「焼きたてワッフル、ハチミツと自家製ジャム!」と書いてある。

 投票所に行くと何かがもらえたり、珍しいものが買えるというのは、なりふり構わず投票率を上げようとしているロシアではよくある手である。ソ連時代から投票所にはお茶やケーキ、オープンサンドなどがあった。

 3月の大統領選挙でも、コンサートや食品販売はロシア全土で見られた。

 大統領選では選挙に合わせて隣で結婚式をする人や、マンガに出てきそうな大釜でかたまり肉を茹でて有権者にふるまった地域もあったので、それに比べればワッフル程度はまだ可愛いレベルだと言えるだろう。

モスクワ市の情報宣伝

 ロシアのテレビ業界を国営テレビ局が牛耳っているのは周知の通りだが、モスクワ市もテレビ局を2つ持っている。

 年配視聴者向けの「テレビセンター」と若者向けの「モスクワ24」である。

 モスクワ24は、前市長時代は「首都」という地味なテレビ局だったが、ソビャーニン氏がリブランディングしたことで、流行に敏感な若者を取り込むようになった。

 テレビセンターの方は、「投票権」というタイトルの政治トークショーが看板番組で、高い視聴率を誇っている。

 この手のトークショウは各局で数年前から流行りだし、いずれも高視聴率だ。内容は、ざっくり言えば、専門家たちが米国やウクライナを批判しまくるというもので、3回も見ればロシアの基本的姿勢が分かる。

 余談だが、筆者はロシアのいろいろなテレビ局の番組に何度か出演したものの、テレビセンターは一番こちらに対する要求が高く、しかも一度も出演料をもらったことがない。

 いつも、もう二度と出ないと思うのだが、ほとぼりが冷めた頃タイミングを見計らったように出演依頼が来るので、何となく引き受けてしまう。

 ロシアサッカーW杯を観戦に来た人は、モスクワ地下鉄の車両に、車両の古さに似つかわしくない真新しいモニターがついていることに気づいただろう。

 会期中はイベントのお知らせや試合中継が流されていた。W杯が終わったらこの画面はソビャーニン氏のプロパガンダに使われるのだろう、と薄々思っていたら、やはりその通りになった。

 主にモスクワ24の情報が流れているのだが、たまにソビャーニン氏の顔や市長メッセージが出てくる。

 これを毎日通勤途中に見せることで、親近感を抱かせようとしているのかもしれない。

 そもそもモニターを見なければいいのだが、スイカを冬まで保存する方法(ロシア人は何でも冬まで保存するのが大好きだ)など生活のお役立ち情報が流れているので、つい見てしまうのである。

変わらない夏の風物詩

 スイカと言えば、毎年夏、住宅地にはスイカメロンを売る季節限定の小屋が登場する。

 筆者の住むアパートの近くにもあり、アゼルバイジャンから来た出稼ぎの60代の男性が朝7時から深夜まで1人で働いている。

 彼はスイカ泥棒対策のため車で寝泊まりし、睡眠以外の自由時間は名目上1日に1時間ある。その1時間の間に別の車で担当者が迎えに来て、シャワーのある場所まで男性を連れて行く。

 食事は、朝早く起きて、24時間営業のスーパーでその日1日分をまとめて買い、少しずつ食べている。

 休日はなくひどい労働環境だが、本人は至って平気らしく、冬にはクリスマスツリーを売るためまたモスクワへ出稼ぎに来るのだそうだ。筆者はここで3日に1度はメロン(1個300円程度)を買っている。

 客側としては、こうした季節限定の店が残っただけでもよかったなと思う。

 ソビャーニン氏の政策で2年前、美観を損ねるという理由で、街中心部の地下鉄駅の近くにあったキオスクや小売店が根こそぎ強制撤去されてなくなってしまったのだ。

 違法な店がほとんどだったが、20年以上も営業していた店もあり完全に生活に根づいていたため、一夜にして街の光景が変わったのはショックであった。

 ロシア人の間では、モスクワの生活水準や物価が高すぎるために「モスクワロシアではない」とよく言われる。

 しかし、筆者にしてみればモスクワは、何かが一瞬にして変わるロシアという国の特徴をよく表した場所だ。

 規定によりソビャーニン氏の任期は今期で最後。この間にどんな変化が起こるか、注視したい。

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