月刊誌『新潮45』が休刊(実質的に廃刊)になった。今年(2018年)8月号に掲載された杉田水脈氏のLGBT(性的少数者)についての記事に反発が多いため、10月号でそれに反論する特集を組んだところ、その中の小川栄太郎氏の記事に不適切な表現があり、新潮社の社長が謝罪した。

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 雑誌の記事について社長が謝罪するのは異例だが、それでも騒ぎが収まらないため、休刊したものだ。もともと『新潮45』は売れ行き不振だったため、この騒ぎをきっかけに休刊したとも考えられるが、「言論に対する圧力に屈した」とも受け取れる悪い前例になってしまった。

朝日新聞批判しかネタのなくなった右派誌

 私も2年前に『新潮45』に原稿を書いたことがあるが、当時はあまりカラーのはっきりしない雑誌だった。「45」というのは45歳以上の読者を対象にするということだが、いま紙の雑誌を読む人の平均年齢は60歳ぐらいだから、ターゲットが絞り切れていない。

 かつてはルポルタージュを売り物にし、政治的には中道右派ぐらいだったが、1年ぐらい前から「右傾化」が目立つようになった。今年に入ってからの特集はこんな感じだ。

 1月号:開戦前夜の「戦争論
 2月号:「反安倍」病につける薬
 3月号:「非常識国家」韓国
 4月号:「朝日新聞」という病
 5月号:北朝鮮「和平」のまやかし
 6月号:朝日の論壇ばかりが正義じゃない
 7月号:こんな野党は邪魔なだけ
 8月号:日本を不幸にする「朝日新聞
 9月号:「茶の間の正義」を疑え
 10月号:そんなにおかしいか「杉田水脈」論文

 目次だけ見ると『正論』や『Hanada』などの右派誌と変わらない。特に目立つのは、朝日新聞批判を繰り返し特集していることだ。問題の発端になった杉田氏の「『LGBT』支援の度が過ぎる」という記事も「朝日新聞LGBT支援」を問題にしたものだ。

 その中の「LGBTには生産性がない」という表現は、普通なら笑ってすませる程度の話だが、筆者が国会議員だということで批判を浴びた。これに反撃しようとした10月号の特集で、小川氏の記事が火に油を注いだ。

 小川氏も、朝日新聞批判で売り出した人物だ。「文芸評論家」ということになっているが、彼が有名になったのは、著書『徹底検証「森友・加計事件」』に対して朝日新聞社が名誉毀損で訴訟を起こした事件がきっかけだった。日本の保守派は今や「朝日新聞叩き」しかネタがなくなってしまったのだ。

著者のボイコットが命取り

 断っておくが、私は杉田氏の記事も小川氏の記事も擁護する気はない。どっちも論評に値しない駄文である。特に小川氏の記事は、痴漢の「触る権利」を擁護する支離滅裂なものだ。なぜLGBTの話が痴漢の話になるのか、前後を読んでもわからない。

 本来は原稿そのものをボツにするか、少なくとも「触る権利」のくだりは削除するのが常識だ。杉田氏の記事が問題になったあと、その反論が同じように攻撃される可能性は高いのだから、編集長が注意すべきだった。

 それを掲載したのは、休刊のお知らせにも書かれているように「部数低迷に直面し、試行錯誤の過程において編集上の無理が生じ、企画の厳密な吟味や十分な原稿チェックがおろそかになっていた」。ギリギリの線を狙って、一発当てようとしたのだろう。

『新潮45』の実売部数は1万部前後と推定され、最近は恒常的に赤字だったようだ。このため固定客のいる右派に思い切って舵を切ったが、社内でも文芸部門からは批判が強かったという。今回の騒ぎも、文芸部門のツイッターアカウントが『新潮45』の特集を批判したことが発端だった。

 文芸出版社は、著者の圧力に弱い。『週刊新潮』や『週刊文春』に作家のスキャンダルが出ないのは、執筆拒否が恐いからだ。今回も何人かの著者が、新潮社の本のボイコットを表明したことが、社長の謝罪や休刊という過剰反応の一つの原因になったと思われる。

「すきまビジネス」右派誌の終焉

 月刊総合誌は、終戦直後には左派が主流だったが、1970年代から部数が落ち、岩波書店の『世界』以外は壊滅した。朝日新聞社の『論座』も赤字が続いて、WEBRONZAという形で本紙に吸収された。『世界』は印刷証明付き発行部数を公開していないが、1万部以下で赤字だと思われる。

 これに対して、右派誌は一時は元気だった。2014年に朝日新聞慰安婦問題で誤報を認めたときは、WiLLは10万部完売したという。紙の雑誌しか読まない超高齢世代に、ターゲットを絞っているのだろう。

 右派誌は「すきまビジネス」である。朝日新聞のような常識的な話はどこでも聞けるし、テレビでも見られるので、金を出して読む人は少ない。よくも悪くも世の中の常識とは違う話でないと、買ってもらえないのだ。

 そういう「非常識」は冷戦期には、憲法改正だった。社会党は「非武装中立」を掲げ、憲法違反の自衛隊や日米安保条約を廃止すべきだと主張していた。自民党憲法改正を党是に掲げていたが封印し、日米同盟で国を守る「親米保守」あるいは「護憲保守」になった。

 この対立が、1990年代から変わってきた。社会党が非武装中立を放棄して自壊し、「革新」陣営が消滅した。その後は自民党主流の親米保守と、憲法改正を主張する「反米保守」あるいは「改憲保守」が対立してきた。

 文藝春秋の『諸君!』が健在だった1970年代から80年代には、保守派がこうした問題を論じていた。それは今も意味のある論争だが、改憲保守のリーダーだった安倍晋三氏が首相になると、第2次内閣以降は親米路線を強めた。憲法改正案も公明党に配慮して「自衛隊の合憲化」という実質的な意味のない案になり、親米保守に近づいた。

 このため右派誌にも論争がなくなり、安倍政権バンザイの記事ばかり載るようになった。執筆者も固定して3カ月ごとに同じ人が書き、テーマはいつも朝日新聞批判。最近は森友・加計キャンペーンの批判が多いが、こんなものは論争とはいえない。『新潮45』の消滅は、日本から左派も右派も消滅し、政策論争がなくなる現実を象徴している。

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『新潮45』2018年10月号の表紙 拡大画像表示