大河ドラマ「西郷どん」(原作:林真理子 脚本:中園ミホ/毎週日曜 NHK 総合テレビ午後8時 BSプレミアム 午後6時) 
第36回「慶喜の首」9月23日(日)放送 演出:堀内裕介

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鳥羽伏見の闘い
ドラマは戦場からはじまる。
ときに慶応四年。「鳥羽伏見の闘い」である。
黒い三角錐・・・とんがり帽子みたいのをかぶった薩摩軍を中心にする新政府軍たちが慶喜(松田翔太)率いる旧幕府軍と相対。
禁門の変で来島又兵衛長州力)に銃を放った川路(泉澤祐希)がここでも張り切っている。
この闘い、民衆の「ええじゃないか」運動よりも気合を入れて撮影されて見えた。むろん、プライオリティがそっちにいくのは致し方ない。

銃を抱えて待機している信吾(錦戸亮)がやたらかっこよく映るのはサービスかと思ったが、後に撃たれて重症を負ってしまうので、その前の溜めであろうか。
闘いが一時劣勢になっても引くな引くな相手は賊軍じゃと吉之助(鈴木亮平)は厳しい。
そして大久保一蔵(瑛太)が用意した錦の御旗(誰も見たことのない伝説の旗)を掲げて形成逆転する。
だがそのとき追い打ちをかけようとする吉之助を止めた信吾が撃たれてしまうのだ。

徳川の恥と言われてしまう慶喜
吉之助にしてやられた慶喜に老中たちは「上様」「上様」と迫り、敵を「迎え撃ちましょう」と大河ドラマというか時代劇らしいしっかりした口調で呼びかける。
主席老中・板倉勝静役の堀内正美など、さすがベテランの演技。松田翔太もその勢いに併せて「世は闘う、世についてこい」と珍しくしっかりした台詞回しになる。

堀内正美が自身のTwitterで“ボクは世間でチョットだけ俳優・瞬き俳優・コンビニ俳優と呼ばれて来たが〜今回新たな呼び名が付いた〜それは「フライング俳優」フライング俳優とは?スタートラインには登場するが…スタートの号砲とともに消える俳優…“(9月3日)と書いていて笑った。

話を戻そう。
がしかし、味方を置き去りにして慶喜は江戸へ行ってしまう。
「夜逃げか」と吉之助に言われる始末・・・。

江戸に向かう途中、嵐に見舞われた軍艦の中のシーンが熱演ながら、演じている人たちを思うとちょっと笑ってしまった。でも適切に水をかけないといけないスタッフは大変だと思う。
一緒に乗っているふき(高梨臨)にせせら笑われながら、なんとか無事に江戸につくと、寒さにふるえて「もっと火鉢はないかのか」とわめく。とことんいけてない人物に書かれる慶喜。
極めつけは、勝海舟遠藤憲一)に「あんた徳川の恥だよ」と言われてしまう。

どれだけの地位なのか、慶喜とどこにでも一緒にいるふきにも「西郷に謝れ」と言われ、慶喜は孤立無援。
苛立って出て行けと言うと「ほんとうにいっちゃいますよ いいんですね」と去られてしまう。
政治の裏に女あり。「西郷どん」がはじまったばかりの頃、世話物的なアプローチも面白いし、中園ミホならではのものになるかと長い目で見ようと思っていたが、結局のところうまく機能しなかったように感じる。

信吾、命を取り留める
36話は慶喜回か、はまたま信吾回か。
相国寺に運ばれた信吾。そこには虎(近藤春菜)がいて看病につとめる。
余談だが、西郷さんは大柄な女が好きで虎という女のことも大事にしていたという話もあり、それを読んでから近藤春菜を見るとなにやら複雑な気分になる(近藤春菜さんすみません)。

すっかり弱りきった信吾は「死なせてくれ」と言う。
死ぬのを待つばかりかと虎が落胆していると、一蔵に連れられて英国人医師・ウイリス(ネイサン・ベリー)がやって来て手術をし、信吾は一命を取り留める。
本来、京都に異人は入れないが吉之助が天子さまに頼みこんだことで、吉之助は決して鬼なんかではないと一蔵は信吾に語る。

回復した信吾は吉之助とともに江戸に行く。この目で吉之助の行いを見届けると。
写真が残ってない西郷隆盛の真実を信吾が見る役目を果たすのだと思うと、胸熱だ。

西郷、江戸へ
慶喜は恭順を示すが吉之助は信用せず、3月15日に、官軍は江戸城総攻撃することに決まった。
慶喜は慶喜で日本の未来を案じていたが・・・という流れで、彼と勝の話し合いはずいぶんと慶喜が子供ぽい。こういう成熟してない、天下を率いる器のない(もともと将軍になりたくないと言っていた人物)人物が仕方なく上に立ってしまったのでこんなことに・・・と噛み砕くとこういう理解でいいのだろうか。
権力のある人は一般市民よりも極めて優秀だろうと期待してしまうが、同じ人間、弱いとこも愚かなところもあるのかと。

勝からの書状を山岡鉄太郎(藤本隆宏)が吉之助に渡しに来る。
江戸城無血開城の直前を書いた三谷幸喜の舞台「江戸は燃えているか」では西郷役をやっているので、それを見た人は違った楽しみができるだろう。
慶喜を信じられない吉之助は最後まで闘うと言ってきかないが、山岡は切腹してまで我らが願いを伝えてほしいと言いはるため一旦進軍を止める。
藤本隆宏の気迫ある演技が場面を引き締めた。

いよいよ江戸城無血開城
幾島(南野陽子)と篤姫(北川景子)が再登場で、役者は揃った感あり。

36話を信吾回か、慶喜回かと思って見ていたが、最後、かっさらったのは、篤姫・・・いや、幾島だった。
篤姫は、次回に活躍するだろう。
その前の幾島の粘りっけある「控えよ」が待ってました感。
南野陽子が、年はとったものの精神的に強い女性をじつにみごとに演じていた。声の出し方、姿勢が考え抜かれている。再登場にあたって、NHK大阪の情報番組で語っていたのをたまたま見たが、幾島を演じるにあたっていろいろ考えたのだそう。ヘアメイクも彼女の美しさを残しながらいい感じに老けていた。

南野陽子というと「スケバン刑事2(ただしくはローマ数字)少女鉄仮面伝説」(86年)が印象的で、あの抑圧されながらも孤高で闘い続ける少女の精神性が感動的だったのは彼女の稀なるポテンシャルの賜物であったことを、30年以上経ってから改めて感じた。
幾島レベルのキャラクターがもっといれば、女の物語として描ききる可能性もあったのではないか。そうすると「篤姫」とか「大奥」みたいなものになってしまうだけなのか。みんな知ってる待ってました的なキャラクターではないところに挑もうとしたのが「西郷どん」だとすると、使いやすい手札をあえて使わない方法を探っていたのかと歴史ものを新たに書き換えていく難しさや課題を感じている。
(木俣冬)

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