アメリカ海軍が久しぶりに南シナ海での「公海航行自由原則維持のための作戦」(FONOP)を実施し、駆逐艦「ディケーター」を航行させていたところ、中国海軍駆逐艦が、中国の領海から退去するよう警告しながら接近し、突進してきた。ディケーターは緊急回避を余儀なくされ、危ういところで軍艦同士の衝突を回避することができた。

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成果が上がっていないFONOP

 2015年10月に開始されたアメリカ海軍艦艇による南シナ海でのFONOPは、オバマ政権下では4回実施された。オバマ政権が最後に実施した2016年10月下旬以降半年ほど中断されていたが、トランプ政権が2017年5月下旬から再開した。以来、2018年5月までほぼ一月おきに7回実施されたため、これまでにアメリカ海軍は11回のFONOPを実施したことになる。 

(注:アメリカ海軍によるFONOPは、南シナ海に限らず世界中の海で実施されており、警告を発する対象は敵対勢力に限らず同盟諸国も含まれている。ただし、本稿での「FONOP」と呼称する作戦は南シナ海におけるFONOPだけに限定する。)

 しかし、その間に南沙諸島では、港湾施設などが整った7つの人工島が完成した。そのうちの3つには立派な軍用航空施設が設置され、レーダー施設や対空・対艦ミサイルまで設置されるに至った。

 南沙諸島だけでなく、かねてより中国が実効支配を続ける西沙諸島でも、「アメリカのFONOPにより軍事的脅威が強まった」との理由で、防衛のための対艦ミサイル対空ミサイルが持ち込まれている。

 要するに、アメリカ海軍が南シナ海に軍艦を派遣しFONOPを実施しても、結果的には何の成果も挙げられなかったのである。

経費節減が図れる「爆撃機によるFONOP」

 とはいえ、FONOPを中止して、中国による南シナ海や東シナ海の軍事的支配が強化されていく状況を放置することは、アメリカ政府にとってはできない相談である。

 そもそもFONOPは、公式には、国際海洋法秩序を守るための活動である。表面上は中国の軍事的膨張主義を封じ込めるためではなく、国際海洋法秩序を脅かす勢力に対して断固として反対する立場を示すために実施している。だからこそ、国際海洋法秩序の根幹である「公海航行自由原則」の維持が作戦名となっているのだ。

 だが、1カ月おきに軍艦を南シナ海に派遣して何の成果も上がらないのでは、経費がかさむだけである。ビジネスマンであるトランプ大統領にとっては、コストパフォーマンスは純軍事的効果より大切だ。そこで、軍当局は南シナ海上空や東シナ海上空でのB-52爆撃機の示威飛行を繰り返した。この方法だと、軍艦によるFONOPの数分の1のコストで、アメリカが国際海洋法原則維持の守護神であることをアピールできる。9月下旬、アメリカ空軍B-52爆撃機が南シナ海上空を飛行して、上空からのFONOPを実施した。

やはり軍艦によるFONOPも必要

 ただし、経費節減にはなるといっても、中国が領有権を主張している海域内(すなわち領海に相当する海域)を航行する軍艦によるFONOPと違って、B-52爆撃機を、中国が領有権を主張している島嶼環礁の直上(すなわち領空に相当する空域)を飛行させることはない。

 また、B-52爆撃機核爆弾をはじめとする各種爆弾を積載できるとはいえ、南沙諸島西沙諸島に接近して中国側に軍事的圧力をかけようとは、アメリカ側としても考えてはいない。

 大型かつ低速でステルス性もゼロのB-52爆撃機は、多数の戦闘機対空ミサイルシステムを取り揃えている中国軍にとって、いつでも撃墜可能な存在だ。また、それ以前に、中国軍B-52を撃墜することも、米空軍がB-52南沙諸島西沙諸島を爆撃することも、戦時ではない現状においては起こりえない。

 要するに、B-52爆撃機による南シナ海や東シナ海での示威飛行が、「アメリカ政府としては何もやらないわけにはいかない」ために形式的に実施しているデモンストレーション飛行であることは明らかである。軍艦によるFONOPに比べて経費節減にはなるものの、さらなる実質的な効果は望めない。したがってB-52爆撃機によるFONOPを駆逐艦によるFONOPに取って代わらせることはできない。

 B-52爆撃機によるFONOPには、他の問題もある。4カ月も南シナ海に軍艦を派遣せず、爆撃機を飛行させただけで格好を取り繕うとする状況は、トランプ大統領が批判していたオバマ大統領と同じく中国に対して腰が引けているとみなされかねないということだ。

 こうしてトランプ政権は、B-52爆撃機の南シナ海飛行に引き続いて、ミサイル駆逐艦「ディケーター」を南シナ海に派遣したのである。

米艦艦首40メートルに中国艦が接近

 そして、事件が発生した。

 南沙諸島に中国が建設した7の人工島の1つ、ガベン礁の沿岸12海里内海域をディケーターが航行していると、中国駆逐艦10月1日現在、艦名は明らかにされていない)が「中国領海から直ちに立ち去るように」といった警告を発しながらディケーターに急速接近してきた。

 警告を繰り返し発しつつ危険な動きをする中国駆逐艦は、ディケーターの艦首前方およそ40メートルという超至近距離を横切る「極めて危険」な行動に出た。そのためディケーターは緊急回避行動を取らなければならなかった。このように、米軍艦は危うく中国軍艦との衝突を避けることができたのだ。

 太平洋艦隊司令部は「中国軍艦は、信じられないほどアグレッシブな妨害行動に出てきており、極めて危険な状況に直面する可能性は今後ますます高まるであろう。しかしながらアメリカ軍は、国際法が許容している範囲内であれば、今後も引き続き航空機を飛行させ、軍艦を航行させ、国際海洋法秩序の維持に努める」との意向を表明している。

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