今年4月から9月まで放映されたNHK連続テレビ小説梅ちゃん先生」は、全回を通した平均視聴率が関東地区で20.3パーセントを記録した。朝ドラで、関東地区での平均視聴率が20パーセントを超えたのは2003年放送の「こころ」以来、じつに9年ぶりのことだという。数字だけ見れば10年近く低迷を続けてきた朝ドラだが、ここへ来て復活の兆しを見せているということだろうか。この人気を受けて、明日(10月13日)と来週土曜(20日)にはBSプレミアムで、「梅ちゃん先生 ~結婚できない男と女スペシャル」という特別版が前後編に分けて放映予定だ。

もちろん高視聴率はマークできなかったとはいえ、一部の視聴者のあいだでは熱烈な支持を集めた朝ドラは、この10年のあいだでもけっして少なくはない。個人的にも「てるてる家族」('03年)、「純情きらり」('06年)、「芋たこなんきん」('06年)、「ちりとてちん」('07年)、「つばさ」('09年)、「ゲゲゲの女房」('10年)、それから以前エキレビでもとりあげた「カーネーション」('11年)と、印象深い作品はいくつもあげられる。このうち「ちりとてちん」と「つばさ」を除けばすべて昭和モノだが、これは単にわたしの趣味というだけでなく、最近の朝ドラの傾向として現代モノより昭和モノのほうが完成度の高いものが多いということもあるようだ。

先ごろ田幸和歌子『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』太田出版)という本が刊行された。田幸さんといえば、Excite Bit(コネタ)の人気ライターであり(mixiにもコミュニティがあるほど)、コネタでもたびたび朝ドラについてとりあげている。そんな彼女が朝ドラ本を出すと知って、発売前から楽しみにしていた。

実際に読んでみると、過去の雑誌記事を渉猟したりスタッフたちにも丹念に取材をしていて、それだけに分析も的確である。しかしその視点はあくまでファンとしてのそれだ。本文中にも、「おんなは度胸」('92年)での藤山直美の「玉子はん、コーヒー」という決まり文句を、田幸姉妹は食後のコーヒーの準備をなすりつけあう合言葉として使っていた……なんて話が出てきて、そのフリークぶりがうかがえる。それだけに読んでいる最中には、同じ朝ドラファンとして「そうそう、そんな話もあったよね」「言われてみれば、たしかにそうだわー」と膝を打つところが多かった。

第1章では「朝ドラの熱狂」と題して、「カーネーション」がとりあげられている。これを読むとあらためて、同作が朝ドラとしてはかなり異色の作品だったことに気づかされる。たとえば、「カーネーション」ではナレーションなどによる「説明」が極端なくらい少なかった。本書に引用された脚本を見ると、セリフを用いず「ト書き」のみで書かれている箇所がじつに多い。ト書きを読むだけで画が思い浮かぶほどだ。となれば、できあがった作品でも言葉ではなく、画で語る部分が多くなるのは当然である。

これとは反対に、同作の後番組である「梅ちゃん先生」ではナレーションが多すぎるとの指摘もあがった。ただし「カーネーション」で演出を務めた田中健二は、「カーネーション」でやったことを「梅ちゃん先生」でやろうとしても「たぶんできない」と語っている。彼いわく《作品に漂っているムード、描かれようが違うんですよ。ドラマは本から逃げられないというか。作家が書いてきた言葉って、相当大きく番組の方向性を決めていて、たとえばコメディテイストなのか、シリアスなのかなど、そういう方向性がすでに描きこまれて》いるのだという。

そもそも朝ドラの第1作とされる「娘と私」('61年)では、先にラジオドラマ化されていたこともあり、ナレーションが中心に据えられていたという。そこには朝の忙しい時間に「耳で聴いていてわかる内容」という意味合いもあったようだ。「梅ちゃん先生」が人気を集めたのには、そういうところも含めて「朝ドラらしさ」を持っていたからなのかもしれない。

この「朝ドラらしさ」については、第2章以降、「朝ドラヒロイン」、「朝ドラの恋愛・結婚」、「朝ドラの家族」などという具合に、さまざまな要素から分析されている。そこでは歴代の作品が比較されたり分類されたりしていて面白い。たとえば第2章にあたる「朝ドラヒロイン」によると、「ちょっとドジ」で「明るく」「前向き」で「まっすぐ」な「朝ドラ王道ヒロイン」像は、1966年の「おはなはん」に端を発し、以後「澪つくし」('85年)、「ちゅらさん」('01年)、「おひさま」('11年)、そして「梅ちゃん先生」と脈々と引き継がれ、視聴者にも広く受け入れられてきた。

ただしこうしたヒロイン像は、歴代作品のなかでは意外と少なかったりする。朝ドラ史上最大のヒット作であり世界各国でも放映され人気を集めた「おしん」('83年)からして、「貧乏な暮らしに耐えて耐えて耐えて忍ぶ」という、朝ドラヒロインの典型からは外れた女性が主人公であった。

ほかにも「第4章 朝ドラの家族」での、「朝ドラヒロインにはたいてい弟がいる」との指摘は、わたしも似たようなことを感じていたので非常にうなづけた。ここでは、平成以降の朝ドラにおけるきょうだい(兄弟姉妹)関係がリストアップされ、それを踏まえたうえで著者は、《兄よりも弟がいる「お姉ちゃん」像が朝ドラヒロインイメージとして強い気がするのは、みんなに愛され、頼られる「ヒロイン至上主義」のせいもあるのだろう》と結論づけている。

このように歴代作品を見ていくと、類似点や連続性も多々見られる。となれば、朝ドラにはそれ専門のスタッフや部署が存在するのではないか……とも思ってしまう。だが、じつのところNHKには朝ドラ専門の部署もなければ、朝ドラ専門で仕事をしている人もいないのだという(「第6章 朝ドラの戦略」)。民放であれば、フジテレビの「月9」で「野島伸司脚本、大多亮プロデューサー」のコンビが次々とヒット作を生み出すなど、同じ枠で同じスタッフが何度もドラマをつくるというケースも少なくないが、朝ドラにはそういう例はない。プロデューサー脚本家も「一生に1本」という人がほとんどなのだ。

本書の取材に応えている遠藤理史は、そのなかでは例外的な存在で、「君の名は」('91年)の助監督から、作品を追うごとに3番目の監督、2番目の監督、1番目の監督とステップを踏み、「ちりとてちん」ではついにチーフプロデューサーにまでのぼりつめた。そんな彼をして朝ドラが50年も続いてきた理由は、ずっと面倒を見ている人がいないからということはあると思います》と語らしめる。《毎回、ライバルは、直前の番組だと思っていますから》という言葉もちょっと意外な感じを受ける。が、たしかに先にあげたような「カーネーション」と「梅ちゃん先生」の違いを見れば納得がいく。

ライバルは直前の番組」ということは、各作品が独自性を持ち、前作がヒットしたからといって次回作でも同じ路線をとったりはしない、ということでもある。これが逆に二匹目のドジョウをねらって、しばらく似たような作品が続いていたのなら、朝ドラはここまで長くは続いていなかったのではないだろうか。

それでも朝ドラには絶対に変わらない部分がある。一部例外を除き女性が主人公であることや15分間という時間枠もそうだが、それ以上に重要なのは「家族を描く」ということだとスタッフ経験者らは口をそろえる(「第5章 朝ドラのはじまり」)。

《通常、テレビでは都会を描くことが多く、みんな見たり聞いたりして知っているのは、都会のことばかりですが、家族の在り方を描くことで、様々な地方のお祭りやことば、風俗を知る。ある種、日本人の『発見』ですよね》(「おはなはん」演出の齊藤暁の発言)

《今まで成功しなかった作品は、きちんと家族が描けていない作品。主役の女の子だけがハネてる作品って、あるでしょ? それではダメなんですよ。現代であれ、明治であれ、昭和であれ、朝ドラの根底にあるのは、女性ひとりの生き方より、絶対に『家族』なんです。『家族』があるからこそ、そこから飛び出したり、飛び出さなかったり、支えがあったりする。そこにドラマがあるんです》(「おしん」「はね駒」プロデューサーの小林由紀子の発言)

こうした発言を読むと、朝ドラホームドラマであることを再確認させられる。近年、昭和モノが目立つのも、現代を舞台に家族を描くのはきわめて難しいということの裏返しでもあるのだろう。

最近の朝ドラの傾向としてはまた、「ゲゲゲの女房」の松下奈緒や「おひさま」の井上真央などヒロインオーディション外で決定されるということも目立った。そこへ来て今月より始まった「純と愛」は現代モノ、ヒロインの純を演じる夏菜もオーディションで選ばれた。続く来年4月から放映予定の「あまちゃん」も現代モノ、それも昨年の震災で大きな被害を受けた三陸沿岸が舞台となる。脚本家も、「純と愛」は遊川和彦(これまでの作品に「女王の教室」「家政婦のミタ」など)、「あまちゃん」は宮藤官九郎(同「タイガー&ドラゴン」「うぬぼれ刑事」など)と、いずれも近年向田邦子賞を獲るなどいまや脂の乗り切った作家たちだ。彼らを起用したことからも、「前作とは違うんだ」というNHK側の意気込みが伝わってくる。

純と愛」では、純が入社試験でいきなり「社長になりたい」と宣言したりと、「元気で前向き」なヒロイン像を暑苦しいまでになぞっている。そんな彼女に接近する風間俊介演じる愛(いとし)は、ヘタレながら奇妙な能力を持つ何ともミステリアスな存在で、これまでの朝ドラでは見たことのないキャラクターだ。このコンビが今後果たしてどんな展開を見せてくれるのか。さらに、武田鉄矢演じる純の父親も朝から見るにはやはり暑苦しくもあるが、彼と娘の関係はいかに修復されていくのだろうか?

……と、こんなふうに「朝ドラらしさ」や「家族」といった本書にあげられたキーワードを念頭に朝ドラを視聴すると、単に物語の筋を追うだけでなく、また違った楽しみ方ができそうだ。(近藤正高)

田幸和歌子『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』太田出版 1979年の「マー姉ちゃん」以来の朝ドラファンという著者が、丹念な資料集めとスタッフ経験者らへの取材にもとづき「朝ドラらしさ」とは何かを探る。近年、高い評価を集めた「カーネーション」についても、その制作にまつわるさまざまなエピソードがあきらかにされている。