米国を席巻するカバノー錯乱シンドローム

 今、米メディアは、ドナルド・トランプ大統領最高裁判所判事に指名したブレット・カバノー・連邦控訴裁判所判事(53)の性的暴行疑惑報道以外眼中にはない状態が続いている。

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 トランプ大統領は、2回目の米朝首脳会談に強い意欲を見せている。しかし、米メディアは上の空だ。大げさな言い方をすれば、「米朝関係」なんかに関心はないのだ。

 「Kavanaugh Deangement Syndrome」(カバノー錯乱シンドローム)という新語が生まれている。

 カバノー氏の性的暴行疑惑によって3権(司法、立法、行政)が入り乱れて大混乱に陥っている症候群を指すのだが、その3権に今や「第4の権力」とされるメディアが加わている。

 ことの発端をこと細かく説明する必要はないかもしれない。

 トランプ大統領が退官した中道派のアントニーケネディ最高裁判事の後任に保守派のカバノー氏を指名。これまで保守派とリベラル派が拮抗していた最高裁を一気に保守化させようというのが狙いだった。

 同氏が判事に就任するには上院司法委を経て本会議での可決による承認が必要だ。

 ところが上院司法委員会が審議している最中、カバノー氏が高校生だった1983年パーティで知り合った女子高校生レイプしようとしたという疑惑が急浮上した。

 告発したのは、クリスティーン・ブラジー・フォード氏(51)。現在サンフランシスコ近郊のパロアルト大学教授(心理学)だ。

 職業に貴賤の差はないとはいえ、クレディリティ(信用度)では、トランプ大統領と不倫関係にあり2016年大統領選挙直前に口止め料を受け取ったポルノ女優のスートーミー・ダニエルズ氏とは比較にならないほど高い。

 そのダニエルズ氏の大統領との親密な関係を赤裸々に描いた新著『Full Discloser(全面公開)』*が10月3日に発売された。信用度はともかくとして全米は新たなショックを受けている。

*本書については『前代未聞、全世界に知れ渡った米大統領の下半身』(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54158)を参照。

少なくとも1100万人が上院司法委員会聴聞会を視聴

 「カバノー錯乱シンドローム」は米メディアを直撃した。直撃したと言うよりもメディアが主導してシンドロームの拡大を図っていると言った方が正確かもしれない。

 上院司法委員会はカバノー氏とフォード氏を9月27日召喚し、午前中はフォード氏、午後はカバノー氏を証人喚問した。

 2人は直接対決はしていない。この模様はニュース専門のケーブル3局で実況中継され、1100万人(25歳から54歳までの成人)が視聴した。

 実際には25歳以下の若者や55歳以上の中高年層も見ていただろうし、SNSテレビ映像を見ていた人もいる。実際の視聴者数は1100万人どころではないだろう。

 9月27日以降、テレビラジオはもとより新聞、雑誌も「カバノー錯乱シンドローム」一色。

 トランプ政権の重要ポストに次々と人材を送り込んできた親トランプの保守系テレビ局フォックスニュースをはじめ、ブライトバート・ニュースなど保守派メディアやウエブサイトはカバノー氏を100%支持。

 一方、トランプ政権に批判的なMSNBCやCNNフォード氏の肩を持つ報道を展開している。

 そうした中で3大ネットワークABCNBC、 CBSや主流メディアニューヨークタイムズワシントンポストは、カバノー氏の周辺取材にしのぎを削っている。

視聴率ではフォックス・ニュースが断トツでリード

 前述の各局の中継ではフォックスニュースが569万人と断トツ、ついでMSNBC(289万人)、CNN252万人)となっている。

 特にカバノー氏が証言に立った午後ではフォックスニュースは700万人とCNNの3倍近い視聴者を獲得している。

 ワシントンの政界通はこう解説している。

 「フォックスニュースを見る保守的な白人高齢者を入れるとCNNとの差はもっと広がっているはず。大半はカバノー氏の証言を聞き、同氏に好意的なコメンティーターのコメントを聞きたがっていたということだろう」

 通常でも視聴率競争では常にフォックスニュースリードしている。

 政治評論家コメンテーターショーン・ハナティ氏や作家兼コメンテーターのビル・オライリー氏といった花形キャスターが視聴率競争でトップ争いを続け、これがフォックスニュース断トツの視聴率を獲得する原動力になっている。

 ニュース専門テレビ局にはフォックスニュースのほか、中道派のCNNトランプ氏は大統領選中はCNNを「ヒラリー・クリントンの専門局」と呼び、大統領就任後は「わが敵」とまで敵視している)、リベラル派のMSNBCがある。

 MSNBCのレイチェル・メドゥ氏(女性コメンティター)のトランプ批判は反トランプ派の人たちに大受けだ。

 「カバノー錯乱シンドローム」報道ではフォックスニュースはカバナー氏支持、CNNMSNBCはフォード氏支持、の感が強い。

保守系テレビとウエブサイトの関係を暴いた「学術書」

 こうしたケーブルテレビ局がどのように取材し、編集し、報道しているのかを膨大なデータを収集し、コンピュータ―分析した学術論文が1冊の本として出版された。

 「Network Propaganda: Manipulatin, Disinformation, and Radicalization in American Politics(ネットワークプロパガンダ:米政治におけるごまかし、偽情報、そして尖鋭化)」

 著者はハーバード大学のヨチャイ・ベンクラー教授と2人の同僚研究者だ。

 イスラエルのテルアビブ大学を経てハーバード法科大学院でITに関する法律や産業情報経済を専攻してきた。現在同大学院の「起業・社会問題研究所」の共同所長を務めている。

 調査対象はニュース専用ケーブル局3局のほか、インターネットニュースを送っているNSNウエブサイト。数百万件の記事を精査している。

 調査時期は、事実上の大統領選が始まった2015年春頃からトランプ政権が発足した2017年1月まで。

 その間にテレビ局大統領キャンペーンに関してどのようなニュースを流してきたかを徹底調査している。

 著者は以下のような結論を出している。

 「フォックスニュースブライトバート・ニュース、ウエスタン・ジャーナル、ディリー・コーラーズといった保守派メディアの報道姿勢や報道方法は、中道派やリベラル派、左翼のメディアに比べると、際立った違がいある」

 「それは両者のエコシステム(環境生態系)の違いだ(ここでいうエコシステムとは、報道方針やスタンス、手法などを意味している)」

 「保守系メディアのエコシステムとは、極右ウエブサイトが取り上げた特定のニュースをその信憑性がチェックされることなく、一般的に認知されているフォックスニュースなどに提供されそのまま報道される、というものだ」

 「そのニュースが事実に反するかどうか、それをチェックする機能が保守派、特に極右派のメディアにはない。それが慢性化している」

 「中道派メディアはもちろん、リベラルメディアでもニュースの信憑性をチェックする機能が備わっている」

「クリントン元大統領はロリコンだった」

 著者は、保守系メディアリベラルメディアのエコシステムの違いを実例を挙げて記述している。

 1つは保守系サイトの「InfoWar」*が流したビル・クリントン大統領が「ロリコンロリータ・コンプレックス=幼女・少女への性的嗜好や恋愛感情を持つ人間)」だというニュースだ。2016年の米大統領選の最中に報じられた。

*「InfoWar」は保守派ラジオパーソナリティアレックスジョーンズ氏が主宰するサイトで、月間アクセス数は1000万。

 記事の内容は、クリントン氏は億万長者の招待でカリブ海にある島の施設に頻繁に通って幼い少女たちを相手にセックスに興じていたというもの。実際には全く根も葉もないデマ情報だった。

 この記事がサイトに載るや、その直後、フォックスニュースは、米領バージン諸島のセントジェームズ島の地図を載せて、「この孤島にクリントン氏はしげしげと通っている」*と報じている。

*「Flight logs show Bill Clinton flew on sex offender's jet much more than previously known," Malia Zimmeman, Fox News, 7/6/2016」(https://www.foxnews.com/us/flight-logs-show-bill-clinton-flew-on-sex-offenders-jet-much-more-than-previously-known

「トランプ強姦13件」容疑をリベラル派メディアは無視

 これに対してリベラルメディアはデマ情報には慎重だった、

 その実例は、フェイスブックに5回も載ったトランプ氏のレイプ報道をリベラル派中道メディアが一切無視したケースだ。

 これは「トランプ氏が1994年の1年間に13人の女性に対して性的暴行を加え、2010年告訴されている」というフェイスブックに載った記事だ。

 ニューヨークタイムズをはじめ主流派メディアは事実関係を徹底的に取材したが、結局それを裏づける証拠は見つからず、報道を差し控えた。

 著者はフォックスニュースのエコシステムについてこう結論づけている。

 「フォックスニュースは、報道したニュースが事実か誤報かを問うよりも、報道した記者たちを徹底的に守ること、報道した事実が誤報でないことを主張すること、誤報だという者を攻撃すること、自らの記者たちに対する部外者からの脅迫に反駁することを信条としている」

 その信条は米国という国があくまでも民主主義と市場経済主義を基軸としたキャピタリズム国家であり、それを守り抜くのがフォックスニュースだという「政治哲学」に基づいている、と著者は分析している。

 海外からは、ニューヨークタイムズワシントンポストといったリベラル中道派のメディアを通して米国という社会を見る機会が多い。

 だが、実際には保守派、極右のメディアサイトは数え切れないほど存在している。

 「The New Revere」*というウエブサイトは、トップ100の保守派ウェブサイトリストを公表している。

 これらサイトトランプ氏を大統領に押し上げ、トランプ政権を支える原動力になっていると言える。

https://thenewrevere.com/2018/09/top-100-conservative-websites-in-september-2018/

 ちなみに、フォックスニューストランプ当選にどれほど貢献したかを示すデータがある。

 超党派の世論調査機関「Pew Research Center」によれば、2016年大統領選投票日の11月8日前に米有権者でトランプ氏に投票した人たちの40%とはフォックスニュース選挙報道を参考にしたと答えている。

 フォックスニュースを参考にしてクリントン氏に票を投じた人たちは8%にすぎなかった。

https://www.politico.com/blogs/on-media/2017/01/study-fox-news-is-no-1-news-source-for-trump-voters-233773

ネット革命に乗じた極右の「プロパガンダ」

 著者は、1970年以降、新技術革命はインターネットを生み落とし、米政治の場ではこれまで受け継がれてきた政治文化に強烈なインパクトを与えてきた点に着目している。

 著者は、そうした状況の中で急速に力を強めてきた保守派メディアの危険性を指摘している。

 「インターネットと現実の政治は相互に作用し合いながら、そのダイナミズムは中道保守派やそれに属する政治家たちを無用化(Marginaized)させ、保守派メディアを尖鋭化(Radicalized)させ、メディア報道に影響を受けやすい有権者を洗脳し続けた」

 「大統領選ではトランプ候補の対抗馬だったクリントン候補にとって不利なフェイクニュースまことしやかに共謀する形で流し、有権者に信じ込ませようとした」

 「『ネットワークプロパガンダ』である。その間を縫って入り込んだのがロシアによる介入だった」

 本書を読み解いていくと、トランプ政権誕生にまつわる「ロシアゲート疑惑」がなぜ起こったのか、ロシアだけでなく、中国やその他の国がハッカーやブット(知的エージェント)を使って選挙キャンペーンにちょっかいを出していた実態が見えてくる。

 ただ著者は、2016年大統領選へのロシアの介入については、「その介入が選挙の結果にそれほど大きなインパクトを与えたとは信じがたい」と結論づけている。

 本書を読んでもう1つ学んだのは、現在進行中の「カバノー錯乱シンドローム」報道でも保守派、特に背後で蠢く極右、(むろん、それに対抗するリベラル派、特に極左の動向もだが)の動向に目が離せないということだ。

 果たして日本のメディアサイトには同じようなエコシステムは皆無なのだろうか。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  前代未聞、全世界に知れ渡った米大統領の下半身

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Network Propaganda: Manipulation, Disinformation, and Radicalization in American Politics By Yochai Benkler, Robert Faris, and Hal Roberts Oxford University Press, 2018