ラッコが手で顔をもむような行動をとることがある。ネコが顔を洗うように前足でなでるレベルではない。しっかりと顔をモミモミしている。



なぜラッコがこのような行動を取るのか、2頭のラッコを飼育している三重県鳥羽市の鳥羽水族館の飼育員・石原良浩さんに伺った。

毛の中にある空気の層を保つため
ラッコは主にロシアからアラスカアリューシャン列島にかけた沿岸、およびカリフォルニア本土沿岸に生息している。海獣の中にはアザラシのように脂肪を多く蓄えて体温を保つものがいるが、ラッコは皮下脂肪が少ない。そんなラッコが寒冷な海でも生きられる秘密は、たっぷりと生えた体毛に行なう丹念な毛づくろいにある。

ラッコが顔をもむ理由はいろいろと考えられて、人間が何気なく顔を触ることがあるように、かゆくて顔をこすっているなんてこともあると思いますが、多くは全身をグルーミングする一連の流れの中でやっています。ラッコの体毛は、びっしりと生えた毛の中に空気の層があって水を弾きます。すると皮膚に直接水が触れないため、体温を保つことができるのです。そのためラッコは丁寧にグルーミングして毛の汚れをとり、毛並みを整えてきれいな状態を保っています」(石原さん 以下同)

体毛が水を弾く状態を保つためにグルーミングは重要で、例えば、野生のラッコが手に怪我をすると命にも関わるのだという。

「手が流血している状態でグルーミングを続けると毛の中に血を塗り込んでしまい、きれいな状態を保てません。すると水を弾くことができずに体が冷えて、低体温症になってしまいます」

常に10度前後に保たれている水族館の水槽だとしても、毛づくろいができない状態だとラッコの体温は下がってしまうそうだ。

さらにラッコはグルーミングに加えて、餌をたくさん食べ早く消化することで体温を上げている。鳥羽水族館ではラッコのメイとロイズに、イカや魚肉、貝類、甲殻類などを与えている。23キロ〜33キロの体重に対して、一日食べる量は3〜5キロ。小さい体ながらけっこうな大食漢だ。

貝を割って歯磨きする
聞くと、他にもラッコにはユニークな動作が見られるそうだ。

「2頭は与えられた貝殻を小さいサイズに割って、歯ブラシがわりにして歯を磨くこともあるんです」

歯磨きまでするとは、ラッコたちは相当なきれい好きなようだ。こうして道具を使い、さらに使いやすい大きさにカスタマイズできるのは、ラッコの手先が器用だからこそ。ラッコが貝を石で割る動作も、器用だからなせる技でもある。

さらに2頭はお気に入りの貝を大事にしまっておくのだとか。どこにしまっておくのかというと……?

「メイとロイズは自分で割った貝をポケット(脇の下にある皮膚のたるんだところ)の中にたくさんしまっています。ただ、貝が小さいので落ちやすい。メイは落ちないように大きな貝殻で蓋をしています」

ラッコの動作は人間味がある……?
ラッコが一生懸命顔をさすっている様子や、お気に入りのものを大事にしまっておく姿は愛らしい。そんな様子に注目してしまう理由について、石原さんは「人間と同じような行動に共感して愛情を感じるのでは」と話す。

確かにラッコの顔もみを女性が顔をマッサージする様子や、喫茶店で男性がおしぼりで顔を拭く姿に重ねてみると、動きに人間味が帯びてくる。

最後に、鳥羽水族館に訪れる来場者に対して、どのようにラッコを見てほしいか尋ねると、「実際に来てみていろいろなことを感じて楽しんでほしいです。興味を持った方は、ゆっくりと時間をかけて見てみてください」と石原さん。

手のひらに体毛が生えないラッコは、体温を失わないように口で息を吹きかけたり、顔の上に手を当てて寝ていることがあるという。水族館に足を運びしばらくラッコの動作を観察してみると、まだまだユニークな行動を発見できそうだ。
(石水典子)

ラッコの「メイ」 写真提供:鳥羽水族館