京都大学の本庶佑特別教授がノーベル生理学・医学賞を受賞することが発表されました。本庶氏の研究成果をもとに開発された抗がん剤オプジーボ」は、中堅製薬メーカー・小野薬品工業(大阪市中央区)が製造・販売しています。株式市場はさっそく好材料とみて反応し、受賞決定の翌日である10月2日には、年初来高値を更新しました。

オプジーボを手がける小野薬品への期待は高まりますが、財務の観点からみたときに懸念材料はないでしょうか。決算資料などをもとに分析します。(執筆・李顕史税理士)

●薬価引き下げで売上高の伸びが鈍化

2014年3月期以降で見ると、営業利益には波があるもののしっかり営業黒字を確保し、売上高はおおむね右肩上がりです。直近の2018年3月期は、売上高の伸びが鈍化しているのが特徴です。2017年3月期は売上高が前期比で52.7%増えましたが、2018年3月期は前期比で7%にとどまりました。

これは、オプジーボの出荷量は順調に増えている一方で、2017年2月に薬価が50%も引き下げられたことが影響しています。つまり、出荷量が増えても、薬価が半分になってしまえば売上高を大きく伸ばすことは困難だということです。小野薬品の2018年3月期の決算短信によると、薬価引き下げに伴い、オプジーボの売上高は前期比138億円(13.3%)減の901億円になりました。

オプジーボ「頼み」いつまで続く?

小野薬品の有価証券報告書によると、売上高の約半分をオプジーボロイヤルティー収入含む)が稼いでいます。しかし、こうした「特定の製品への依存」が経営に重要な影響を与える恐れは捨てきれません。

最近では薬価の50%引き下げが経営に大きなダメージを与えました。予期せぬタイミングだったこともあり、製薬業界にも驚きが広がったようです。新薬で利益を得ようとしても、突然の薬価改定で必ずしも利益を確保できないとすれば、製薬メーカーが新薬開発にかける「機運」がしぼんでしまわないか少し心配です。

さらに簡単なことではないですが、オプジーボに続く新薬をライバル社が開発する可能性もあります。がんに苦しむ患者にとって治療の選択肢が増えることはありがたいですが、オプジーボ開発のために相当な経営資源を投じてきたことが報われなくなるかもしれません。

●世界にはケタ違いのライバルが存在

業界では新薬開発の成功確率は年々低下し、研究開発コストが増大しているといいます。2018年3月期に小野薬品は688億円(前期比19.7%増、売上高2618億円の26.3%)を研究開発費にあてていますが、これだけの規模でも、ライバルたちと比べれば必ずしも多額とはいえません。たとえば、国内の製薬最大手である武田薬品工業は同じ期に3254億円(前期比4.2%増、売上高1兆7705億円の18.3%)を投じています。

世界に目を転じると、さらに大規模な製薬メーカーが存在します。2017年のアニュアルレポートによると、ロシュ(スイス)の売上高は約6兆730億円で研究開発費は1兆円超と「異次元」の額が投じられています。ファイザー(米国)でも8000億円超の研究開発費が使われているのです(売上高は約5兆8935億円)。

●創業300年、今後の成長に期待

小野薬品が身を置いている医薬品業界は、ケタ違いの規模をもつライバルがひしめく厳しい競争環境です。製薬メーカーが別の製薬メーカーをのみこむ「M&A」も珍しくありません。すでに指摘したように、突然の薬価引き下げなどのネガティブな要素も排除できません。

本庶教授のノーベル賞受賞で、小野薬品にはこれまで以上に注目が集まっているかもしれませんが、社内の皆さんはむしろ「そんなに甘い世界じゃないんだ」と気を引き締めているのではないかと思います。1717年に創業し、創業300年という節目を迎えた歴史ある小野薬品のさらなる成長に期待しています。

【プロフィール】

李 顕史(り・けんじ)税理士

李総合会計事務所所長。一橋大学商学部卒。公認会計士東京会研修委員会副委員長東京都大学等委託訓練講座講師。PwCあらた有限責任監査法人金融部勤務等を経て、2010年に独立。金融部出身経歴を活かし、経営者にとって、難しいと感じる数字を分かりやすく伝えることに定評がある。また銀行等にもアドバイスを行っている。

事務所名 : 李総合会計事務所

事務所URL:http://lee-kaikei.jp/

(弁護士ドットコムニュース)

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