埼玉県で初となる公立夜間中学校が2019年4月、川口市に開校する。2017年3月、同市の奥ノ木信夫市長が表明し、現在は入学説明会の開催など、開校に向けた準備が進められている。

この決定に、並々ならぬ思いでいる人物がいる。市民団体「埼玉に夜間中学を作る会(以下・作る会)」の代表として、30年以上にわたって夜間中学の設置を求めてきた野川義秋さん(70)だ。

そもそも、夜間中学とは何か。中学校に設置されている夜間学級で、戦後の混乱期に、さまざまな理由で中学校教育を受けられなかった人を対象とした、中学校の特別課程である。近年は不登校や外国籍の生徒も在学。特に外国人生徒の増加は著しく、約8割が外国籍となっている。現在、夜間中学は全国8都府県に31校あり、約1700人が学んでいる。

今回、野川さんに「作る会」の活動を始めたきっかけや、川口市で夜間中学が開校に至った経緯、そして解決すべき課題などを取材した。(ジャーナリスト/肥沼和之)

●自主夜間中学、30年で生徒は1000名以上

ーー野川さんが「作る会」の活動を始めたきっかけを教えてください

「『作る会』は1985年9月に発足しました。きっかけは、私たちが当時、埼玉県で行った調査により、以下のような結果が出たことです。

1)埼玉県義務教育未修了者は1万人以上に上る

2)小・中学校の不登校児童の人数が、全生徒の1%を占めるまでに増加している

3)在日朝鮮人や引揚者(戦後、日本に帰国してきた海外在住の日本人)などがたくさん在住しているが、日本語教育などの行政施策が十分になされていない

4)毎年15~20人の生徒が、都内の夜間中学に越境通学をしている。特に川口市からは、11名もが都内の夜間中学へ通学している

この結果から夜間中学の必要性が明らかになり、『作る会』を発足したのです」

ーー「作る会」の活動と並行して、「川口自主夜間中学」も開催しています

「『作る会』の発足集会の模様を、テレビや新聞が取り上げてくれたんです。すると、『勉強したい』『教師のお手伝いをしたい』という声が寄せられて。その年(85年)の12月から、毎週火曜・金曜日に、川口市で自主夜間中学校をスタートさせたのです。

現在、生徒は60から70名、スタッフは25から30名。年齢は10~80代まで。生徒は不登校引きこもりの若者、形式卒業者(病気などで学校に通っていないものの、形式的に卒業証書はもらっている)、外国人などが通っています。授業料は無料で、これまでの約30年間で、1000名以上に学ぶ機会を提供してきました」

●最近は、約7割が外国籍の生徒

ーー自主夜間中学を30年以上続けてきて、ニーズはどのように変化していますか

「時代によって、通う生徒や教室の風景は変遷しています。最初は日本人の生徒6名でしたが、不登校の若者でにぎわったり、ベトナムの難民や中国からの引揚者、南米の日系人労働者が増えたりした時代もありました。近年は中国をはじめとしたアジア人が多く、約7割を外国籍の生徒が占めています」

●「正式な学校」と認められなかった「夜間中学」の歴史

ーー30年以上経って、ようやく川口市に公立夜間中学の開校が決まりました。どのような背景があったのですか

「これまで川口市は、『夜間中学を必要としている人は県内全域に在住しているから、広域行政として県が対応すべきだ』と主張し、開校に否定的でした。そもそも文部科学省も、夜間中学を正式な学校だと認めてこなかったのです。

風向きが変わったのは、2016年12月に『教育機会確保法(正式名称・義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律)』が可決・成立してからです。

翌年2月に施行令が出て、いち早く動いたのが千葉県松戸市です。同月に松戸市議会が、2019年4月に夜間中学を開校することを表明。その翌月、埼玉県川口市の奥ノ木信夫市長も夜間中学の開校を発表しました。開校場所は川口市ですが、県内の周辺市町村や、日本人・外国人の区別なく生徒を受け入れるという、教育機会確保法の理念に基づいた方針を示しました」

ーー川口市に公立夜間中学校ができることで、県民や市民にはどのようなメリットがありますか

埼玉県に夜間中学がないため、わざわざ東京まで越境通学していた県民は、延べ1000人に上ります。学びたい意欲を持った方が、県内で夜間中学に通えるようになることがまず大きなメリットです。

また埼玉県には、一度も学校に通っていない、あるいは小学校を卒業していない未就学者が4787人います。その方たちの学びを保障する受け皿として、夜間中学の果たす役割は大きいでしょう」

ーー奥ノ木市長は開校を決めた理由の一つとして、川口市には県内で最も多く外国人が在住していることを挙げ、「ニーズに応えるため」「開校の意義は大きい」とコメントしていました

川口市では国籍や分野の区別なく、同じ地域のなかでたくさんの方が暮らしています。しかし日本語が不自由な外国人は、それだけで生活が不便になります。基礎的な日本語を学び、同時に日本の文化を知ることで、地域住民との共生も円滑になるでしょう」

●今後の課題

ーーこの先には、「すべての都道府県に一校ずつ夜間中学を作る」という一つのゴールがあるかと思いますが、その実現のために訴えたいことがあればお願いします

「私たちは『埼玉県に夜間中学を作る会』です。川口市だけでなく、県内全域での学習保障を目指し、2校目、3校目の開校も求めていきます。

国勢調査の学歴区分で、卒業の対象となる学校として、現在は小学校と中学校がひとくくりになっています。現行で『小学校に行っていない(卒業していない)』方は、未就学者として算出されます。

しかし、『小学校は卒業したけれど中学校には行っていない(卒業していない)』方の人数はわかりません。『小学校』『中学校』を分離させ、義務教育未修了者の人数を確実に把握することが、新たな夜間中学の開設を加速させることにつながります。

2020年に実施される国勢調査までに実現できるよう、全国の夜間中学団体や自主夜間中学と連携して国へ働きかけています。皆様もぜひ、こういった現状を知っていただければと思います」(以上、お話は野川さん)

●目指すゴールはまだ遠い

憲法ですべての国民に保障されている、教育を受ける権利。しかしさまざまな理由でその機会を奪われ、義務教育を修了していない人は、全国に100数十万人いるという。読み書きや計算などができず、社会生活にも支障をきたし、精神的・経済的に苦しい思いをしている人も少なくない。また日本語ができない外国人たちも、不自由さを感じながら生きている。

そういった人たちの学びの場として、夜間中学は絶対に必要である。そう信じ、声を上げ、行動し続けてきた人々の思いは、埼玉県で一つの悲願を達成する。しかし、目指すゴールはまだ遠い。野川さんらの活動は、これからも続いていく。(ジャーナリスト/肥沼和之)

【取材協力】野川義秋さん(70)。「埼玉に夜間中学を作る会・川口自主夜間中学『33周年集会』」を10月21日(日)13時30分~「かわぐち市民パートナーステーション、M4階・会議室」にて開催予定

【著者プロフィール】肥沼和之。1980年東京都生まれ。ジャーナリスト、ライター。ビジネス系やルポルタージュを主に手掛ける。東京・新宿ゴールデン街のプチ文壇バー「月に吠える」のマスターという顔ももつ。

(弁護士ドットコムニュース)

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