元柏U-18所属の管野氏がパフォーマンスアップチーフトレーナーとして指導

 今年4月、湘南ベルマーレの経営権をフィットネスジム事業などを幅広く展開する「RIZAPグループ」が取得した。2020年までの3年間で戦略的投資は10億円以上、そのメインには「選手の育成/環境の構築」が掲げられている。ファンやサポーターをアッと驚かせた発表から約6カ月、その具体的な取り組みと成果を訊くべく、6月からパフォーマンスアップチーフトレーナーとしてチームに加わったRIZAPトレーナーの管野翔太氏を直撃した。

 RIZAPと言えば、「結果にコミットする」というキャッチフレーズとインパクトの強いテレビCMが印象的だろう。ダイエットや肉体改造のイメージが強い分、選手たちは少なからず不安があったようだ。キャプテンのFW高山薫は「サッカーに活用できるかは未知の部分があった」と明かす。しかし、その心配も杞憂に終わったという。

「ダイエットとサッカーをどう結びつけるんだろうと、正直最初はネガティブに受け止めていました。でも、そのイメージは全く違っていた。トレーナー(管野氏)は知識もあるし、それをどうサッカーに生かせるか考えてくれるので、すごく頼りにしています」

 管野氏は、かつて柏レイソルU-18に所属し、2歳年下の日本代表DF酒井宏樹ともプレー。元日本代表FW工藤壮人(現サンフレッチェ広島)やDF輪湖直樹(現アビスパ福岡)らも輩出しているリーグ屈指の下部組織で積んだ経験が、トレーニングの“入口”となる信頼関係を築くうえで大きな役割を果たした。

サッカーの理屈やフィジカル以前に、人として関わるうえでサッカー選手だったことは非常に大きなアドバンテージになりました。例えば、水泳をやっているトレーナーの話と、柏レイソルユースでプレーしていたというトレーナーの話は、どちらが良い悪いではなく、同じ内容を喋っていてもやはり聞き手の入り方が違うはずです。そういう意味では、サッカーをやっていて良かったなと思います(笑)。実際に入ってみて感じたのは、湘南ベルマーレには、練習をはじめ何事にも選手が一生懸命取り組むというパーソナリティーがあるということです」

日本人選手は膝下、膝周りを使うのが上手い反面、怪我しやすいなどのデメリットも…

 では、管野氏はRIZAPのノウハウをどのようにサッカーのトレーニングに落とし込んでいるのか。チーム練習と並行し、怪我のリスクを回避しながらの個人メニューの実施は、ダイエットとは異なるスポーツならではの難しさがあるという。

RIZAPが身体作りのベースにしているのは、『運動(トレーニング)』『食事』『寄り添い』です。サッカーの現場における大きな違いは、コンセプトではなく手段。食事、運動、寄り添いでサポートするというコンセプトは変わりませんが、選手に必要なトレーニング、選手に必要な食事、選手のパーソナリティーに合わせた自分の在り方や人との接し方が大事になります。RIZAPであれば、例えば『糖質を控える』『筋トレをやる』となりますが、サッカーのパフォーマンスが上がるための食事の摂り方、トレーニング方法を個別に作っていく形です。

 ダイエットをはじめとしたボディーメイクは、お客様とトレーナー(RIZAPではカウンセラーと呼ぶ)の間でおおよそ全てが完結する関係性なので、比較的チャレンジしやすい環境と言えます。一方で選手の場合、チーム練習や試合があるなかで個別トレーニングを行う必要があります。例えば、選手に伝えたいことが100あったとしても、今は10にしておこう、20にしておこうだったり、トレーニングの強度、負荷などはとても気を遣っています。なかには試合の結果や感触がふるわない場合に、疲れていてもトレーニングすることでストレスを解消しようとする選手もいるので、メディカルトレーナーやコーチと現状の疲労感やコンディションの状態に関して、密にコミュニケーションをとっています」

 サッカー選手の一般的なイメージは、走力や俊敏性が優れているのに対し、ジャンプや柔軟性は必ずしも得意分野ではない、といったところか。なかでも、日本人選手は“膝周り”に特徴があると管野氏は話す。

「正直、『サッカーに必要な筋肉』と限定するのは非常に難しいです。例えば、GKとFWでもトレーニング方法は変わってくるので、選手別、ポジション別で考えています。日本人のサッカー選手は、膝下、膝周りを使うのが上手で、強いのが特徴だと思います。敏捷性や細かい動きの素早さは大きなメリットである反面、パワーを出しきれないことや怪我しやすいという部分では、膝を使うことでのデメリットも日本人特有と言えるかもしれません」

DFは「1対1」、中盤は「対人」、サイドは「スタミナと効率的な走り方」などを重視

 “ポジションレス化”が進む現代サッカーにおいて、各選手に求められる役割は多岐にわたり、その内容もチーム戦術で変わってくる。管野氏は「個別で課題も違い、定義づけは難しいですが…」と前置きしたうえで、各ポジションに必要、ないしは重視する要素の“ヒント”を提示してもらった。

<DF>
1対1におけるジャンプ、スピード
強化箇所例:殿筋群、背中周り、体の使い方(使い方は要検討)

ボランチ・中盤>
フィジカルコンタクトに当たり負けしない体、ボディーバランス
強化箇所例:殿筋群、体幹周りなど

サイド
豊富な運動量に耐えられるスタミナ、効率的な走り方
強化箇所例:腸腰筋、殿筋群、背中周り、体幹周り

<FW>
フィジカル能力全般 ※湘南の1トップの場合
強化箇所例:殿筋群、肩、肩甲骨周りの柔軟性、体幹、腕など

<GK>
俊敏性
強化箇所例:下半身、背中周りの筋肉、肩甲骨周りの柔軟性など

「全体練習ではチーム戦術やチームプレーがメインなので、私の担当するトレーニングは“マス”では見れない個別の課題に対して取り組むことが多いです。この選手はこういうプレーが弱いからこういうプレーができない、こういうプレーが強みだからもっと伸ばそう、と。例えば、足が遅くても素晴らしい選手はいるし、体の当たりが弱くても素晴らしい選手はいますから。フィジカルはあくまでサッカーのパフォーマンスの一部でしかありません。パフォーマンスというのは監督の戦術、その日のモチベーション、天候、体調といろいろなものを加味して弾き出されるので、そのパフォーマンスを最大化するために、フィジカル面での確率を1%でも上げられるようにと思いながら選手と接しています」

主将・高山も成果を実感「身体の使い方、走りのフォームとかが良くなった」

 ダイエットとは異なり、選手たちはもともとアスリートのため、その効果を短期間で目に見える部分に反映させることは難しい。しかし週に1回、1時間~1時間半の個別トレーニングを行っているMF秋野央樹は、目的意識が定まったことは大きいと話す。

「これまでもトレーニング自体はしていましたが、どういう目的でやるか明確ではありませんでした。例えば、スクワットはこういう目的でやるんだ、デッドリフトはこのためにやっているんだ、と意識してやるのとやらないのでは全く違う。なんのためにやっているか確認しつつ、取り組めるのは意味があると思っています。メニューは体を大きくとか、筋肉を隆々にするのではなくて、“体の使い方”が一番のメインですかね。初速部分、初めの一歩を意識していますが、始めて3カ月目、今までの基礎から応用編に取り組んでいこうと思っています」

 また、スピードと走力を生かしたスタイルの高山も、少しずつ変化を感じているという。

「僕は力強い速さを上げていきたいと言っていました。正直、身体の“どこ”とは自分でも明言できないんですけど、身体の使い方、走りのフォームとかが良くなったという手応えはあります。管野さんは選手の感覚に近い存在なので、時間があればトレーニングしてもらっている光景をよく見かけるし、個々が自分の体の使い方を分かってきたかな、と」

 プロジェクトを始動するにあたっては、全選手がスピードやフィジカルレベルのテストで数値を測ったという。今後は定期的にデータを収集するなかで、「過去の自分」と「現在の自分」を比較してどうなっているかを分析し、次のステップを見据えることになると管野氏は語る。

「スポーツでは常に同じ成果を得るのが難しいです。例えば前回は100点のプレーができたけど、前回の100点と全く同じプレーを出せるかは確約がない。そのなかで、パフォーマンスの再現性を高める方法の一つがデータになります。なぜパフォーマンスが悪いのか、どうして良かったのかをしっかりと可視化できて、前回の良いプレーを再現化する強みが生まれると思うので、私が今やっているトレーニング、データ、食事、普段の練習、試合の結果を全部紐づけていくと、いろいろなものが見えてくるはずです。

 日本人選手は体の中心部や、上の方をもう少し上手く使えると、外国籍選手のようなパワフルさや球際での伸びが出てくると思います。サッカー界ではいわゆる体幹トレーニングやお尻周りのトレーニングはトレンドですが、『体幹が大事』という言葉だけが独り歩きすると、アプローチが偏ってパフォーマンスが上がっていかない。体幹だけとっても、選手たちには3~4つの鍛え方を提示して、自分に足りない部分はどこなのか考えたうえでやろう、という話はしています」

湘南×RIZAPが掲げるのは、2020年までの「タイトル獲得」と「収容率ナンバーワン

 RIZAPは経営権取得発表の際、「湘南ベルマーレRIZAPグループのコミット」と題して、2020年までの目標を二つ掲げている。一つが「タイトル獲得」、もう一つが「満員のスタジアム(収容率ナンバーワン)」だ。ルヴァンカップ(旧ナビスコカップ)では22年ぶりのベスト4進出を果たしており、初年度での目標達成も視野に入る。

「湘南スタイルに携われることは、トレーナーとしても、一時期プレーヤーを目指していた人間としても思いはひとしおで、本当に楽しいです。3年以内にタイトル獲得と収容率1位を目指すなかで、走っている選手を見た時に影響を受けてサポーターが増えていってほしいな、と」

 最後に、RIZAPでトレーナー教育長も務める管野氏に、スポーツとパーソナルトレーナーの今後について訊いた。

RIZAPとしては、パーソナルトレーナーの価値をもっともっと広めたいと考えています。日本はスポーツがメジャーでありながら、治療の分野が発達しているのに対して、体を作る分野に関してはまだまだ発展途上です。個人の課題、長所・短所を見ることができて、そこに対して処方できる役割は需要があるし、選手にとってもすごく価値があります。湘南ベルマーレはもちろんのこと、(2020年に)東京五輪もあるので日本のスポーツ界に良い影響を与えていきたいと思います」

 湘南とRIZAPが進める革新的なプロジェクトは、まだ始まったばかりだ。

 [PROFILE]
管野翔太(かんの・しょうた)/1988年5月16日生まれ。かつて柏レイソルU-18に在籍し、日本代表DF酒井宏樹マルセイユ)ともプレーRIZAPのトレーナーとして湘南とのプロジェクトにおけるリーダーを務める。現在はトライアスロン日本女子代表やボクシングヘビー級日本チャンピオン選手などのトレーニングも担当。(Football ZONE web編集部・小田智史 / Tomofumi Oda

J1湘南ベルマーレ【写真:湘南ベルマーレ】