沖縄県知事選挙で玉城デニー氏が大勝したことにより、アメリカ海兵隊普天間航空基地を辺野古に移設させる日米政府間の取り決めに反対する民意のほうが依然として優勢であることが示された。これにより、辺野古新基地建設作業は再び困難な状況に直面せざるを得なくなった。

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 ただし、玉城新知事が「辺野古新基地建設の阻止に向けて全身全霊で取り組む」と決意を表明した際に語ったように、アメリカの軍事組織であるアメリカ海兵隊の運用は、あくまでもアメリカ側の軍事的問題である。

 したがって、普天間基地移設問題を考察する大前提として、当事者であるアメリカ海兵隊(以下、海兵隊)を含めてアメリカ軍関係者たちが、海兵隊の沖縄駐留に関していかなる軍事的な考え(賛否両論)を持っているのかを理解しておくことが必要といえよう。

沖縄に駐留する軍事的根拠

 海兵隊普天間航空基地移設は日米間の高度に政治的な問題となっているため、海兵隊関係者とりわけ現役の指導者たちは、少なくとも公的には「軍隊は連邦議会の決定やホワイトハウスの命令に従うだけである」というシビリアンコントロールの大原則を口にするのが常である。ただし「海兵隊がなぜ沖縄に駐留する必要があるのか」という問いに対する軍事的な説明は積極的に語る。

 そこで本コラムでは、海兵隊がいかなる軍事的理由で沖縄に駐留する必要があると考えているのかを列挙する。

 なお、それらは筆者が海兵隊関係者たちから耳にした見解であり、海兵隊が公式に声明したものではない。だが、もし海兵隊の指導者たちに「沖縄に駐留する軍事的理由」を尋ねたならば、下記の説明のうちのいくつかを耳にすることになるはずである。

[補註:本コラムでは、米軍関係者などの“本音の声”をしばしば紹介することもあるが、それらの情報元には現役の軍関係者(その多くが大佐レベル以上の軍人・シビリアン)あるいは退役していても公職に就いている人々も少なくないため、原則として「関係者」あるいは「戦略家」などといった表記をすることにしている。これは、今日においても戦闘任務に投入されている軍関係者たちの“本音の声”を紹介するに際しては当然の措置と考えられるからである。しかしながら、陸上自衛隊関係者がJBpress論説において本コラムで紹介した米軍関係者たちの「所属と階級」を示すよう要求した。そこで、以下の海兵隊関係者たちによる「海兵隊が沖縄に駐留する軍事的理由」に関しては“本音の声”といっても公の場でも幾度となく語られているという事情もあるため、すでに海兵隊を退役している指導者たちのうち数名の「所属と階級」(現役時)を今回に限って列挙する。下の写真の左から太平洋海兵隊司令官キース・シュタルダー中将、太平洋海兵隊司令官デュアン・キースン中将、大平洋海兵隊司令官テリー・ロブリング中将、太平洋海兵隊司令官ジョン・トゥーラン中将。いずれも筆者とともに写っている]

【大平洋の西に前進拠点が必要である】

 海兵隊はアメリカの国益が脅かされるような緊急事態に対処するため、大統領命令により出動する緊急展開軍として位置づけられている。アメリカ本土から東アジア南アジア方面に緊急出動するには大平洋ならびにインド洋を渡る必要があり、ヨーロッパや中東それにアフリカ方面に緊急出動するには大西洋ならびに地中海を渡る必要がある。そのため、海兵隊は主要部隊をアメリカ大陸の西海岸(第1海兵遠征軍)と東海岸(第2海兵遠征軍)に配置してある。

 ただし、大西洋に比べると太平洋は広大である。そのため、米西海岸から太平洋を渡った西側に前進部隊を配置しておけば、東アジアはもちろんのこと南アジア方面にも海兵隊部隊を迅速に展開させることが可能となる。そこで、太平洋の西側に位置し、かつ極めて政治的経済的に安定した同盟国である日本の沖縄に第三海兵遠征軍が配置されているのである。

【日本防衛と極東平和維持に関する確固たる姿勢を明示する】

 沖縄は、日本列島に対しても、朝鮮半島に対しても、台湾に対しても、南シナ海沿岸域に対しても、まさに「扇の要」に位置している(下の地図)。このような要衝の地にアメリカの先鋒部隊である海兵隊部隊が展開していることは、アメリカが日本の防衛ならびに太平洋インド洋沿岸地域の平和維持に全力を挙げて取り組む姿勢を明示することになる。

【対日軍事攻撃に対する抑止力となる】

 日本領域の沖縄に海兵隊が本拠地を置いているにもかかわらず、中国が沖縄に軍事攻撃を加えたならば、その瞬間に中国は日本だけでなくアメリカに対しても敵対行動をとったことになる。この論理は中国も北朝鮮ロシアも十分承知している。したがって、沖縄に海兵隊が駐留していることは、日本に対する軍事攻撃の意図を挫く抑止効果を発揮することになる。

非戦闘員退避作戦に緊急出動】

 緊急展開能力と水陸両用能力に優れている海兵隊は、非戦闘員退避作戦(軍事紛争地域、政情不安地域、大規模自然災害地域などから自国民を救出し安全な地域に引き揚げさせる作戦)のエキスパートである。海兵隊が「扇の要」である沖縄に駐留することによって、日本だけではなく東アジアそしてインド洋沿岸域で様々な緊急事態が勃発した場合に、アメリカ国民ならびに場合によっては同盟国市民を救出するための非戦闘員退避作戦に緊急出動することが可能となる。

【人道支援・災害救援活動による国際貢献】

 水陸両用能力と緊急展開能力に優れている海兵隊は、大規模自然災害での救助救援活動や人道支援活動にも縦横無尽の活躍をする。たとえば東日本大震災でのトモダチ作戦に沖縄の海兵隊が投入されたことはまだ記憶に新しい(注:拙著『写真で見るトモダチ作戦』並木書房を参照)。沖縄を本拠地とする海兵隊部隊は、日本だけでなく東南アジア南アジアでの人道支援・災害救援活動に緊急展開し、国際貢献を果たすことができる。

北朝鮮の体制崩壊に備える】

 北朝鮮で独裁支配体制が崩壊の危機に見舞われるような事態が生起した場合に、アメリカ軍韓国軍が対処する作戦構想が「CONPLAN 5029」(概念計画5029号)である。この計画によると、北朝鮮で戦争には至らない危機的事態が勃発した場合、沖縄の海兵隊部隊が朝鮮半島に緊急展開し、航空施設や港湾施設の占拠、核兵器や核施設の確保、兵員や物資の補給、戦術航空支援、地域の安定化作戦、海上阻止作戦など極めて重要な役割を果たすこととなっている。

北朝鮮軍の韓国侵攻に備える】

 北朝鮮軍が南北国境線を越えて韓国に侵攻した場合を想定して韓国防衛のためにアメリカ軍韓国軍が策定した軍事作戦が「OPLAN 5027」(作戦計画5027号)である。この計画によると、沖縄から緊急出動する海兵隊部隊は、国境線を超えて南下する北朝鮮軍の側面ならびに背後を攻撃したり、侵攻部隊後方の兵站能力を破壊するための作戦能力を備えているため、北朝鮮軍は正面攻撃に全力を割くことができなくなる。このように沖縄から海兵隊部隊が緊急展開できるという事実そのものが、北朝鮮軍の侵攻を鈍らせる要素となっている。

沖縄駐留に対する軍事的疑義

 上記のように海兵隊関係者たちが主張している「海兵隊が沖縄に駐留する理由」に対して、海兵隊と同じく沖縄に嘉手納航空基地という重要拠点を保持している米空軍関係者をはじめ、海兵隊と行動を共にする機会の多い米海軍関係者、それに海兵隊自身の中からも、「在沖縄海兵隊の現状に関する軍事的視点からの疑義」が漏れ聞こえてこないわけではない。それらのうちのいくつかを列挙する(ただし、それらは筆者の意見とは無関係である)。

・在沖縄海兵隊の配置状況は「MAGTF」の原則に反する

 海兵隊は「司令部部隊」「陸上戦闘部隊」「航空戦闘部隊」「兵站戦闘部隊」から構成される「海兵空地任務部隊(MAGTF)」という独自の戦闘組織構造を生み出した。それら4つの構成要素を出動事案に対応させ自由に変化させて、数百名から2万名以上の規模までの作戦部隊(規模によって海兵遠征隊、海兵遠征旅団、海兵遠征軍と呼ばれる)を編成するという仕組みがMAGTFという組織構造だ。そのため、それぞれの構成要素はできるだけ近接させて配置しておくことが原則である。

 ところが沖縄に司令部を置く第3海兵遠征軍の配置状況は全く異様である。下の図に、在沖縄海兵隊MAGTFの構造を示した。

 司令部部隊と陸上戦闘部隊の主力、それに兵站戦闘部隊の主力はキャンプ・バトラー(沖縄各地に点在する海兵隊施設の総称)を本拠地にしており、航空戦闘部隊の一部である各種ヘリコプター部隊とオスプレイ部隊、ならびに兵站戦闘部隊の一部は沖縄の普天間航空基地(キャンプ・バトラーとは別扱いになる航空関連施設)を本拠地にしている。これらは何ら問題ない配置である。ところが、航空戦闘部隊の一部である戦闘攻撃機空中給油機などの固定翼機部隊は普天間基地から970キロメートルも離れた山口県の岩国航空基地を本拠地にしている。この距離は、同一のMAGTFの配置状況とは考えがたい。それだけではない、陸上戦闘部隊の一部、兵站戦闘部隊の一部、航空戦闘部隊の一部は沖縄から7500キロメートルも離れたハワイ州オアフ島の海兵隊ハワイ基地を本拠地にしているのだ。

 このように、在沖縄海兵隊のMAGTF構成要素の本拠地が沖縄、岩国、オアフ島に遠距離分散されている状態は、常に緊急出動に備えるべき海兵隊が迅速かつ柔軟に緊急展開部隊を編成するというMAGTFの基本原則に照らすと、異様な状況であると言わざるを得ない。

・緊急出動に沖縄は適しているのか?

 海兵隊が出動する場合、作戦部隊は各種航空機や装甲車両その他の装備資機材とともに米海軍水陸両用戦隊の揚陸艦(基本的には強襲揚陸艦、ドック型揚陸艦、ドック型輸送揚陸艦の3隻)に乗り込み「水陸両用即応群」を形成して出動することになる。そのため、揚陸艦の母港が出動する海兵隊部隊の本拠地に近接していればいるほど、素早い緊急展開が可能になる。

 在沖縄海兵隊先鋒部隊である第31海兵遠征隊が出動する場合には、佐世保を母港とする米海軍第11水陸両用戦隊の揚陸艦(強襲揚陸艦ワスプ」を旗艦として、ドック型輸送揚陸艦「グリーン・ベイ」、それにドック型揚陸艦ジャーマン・タウン」あるいは「アッシュランド」)が沖縄に急行し、ホワイトビーチ米海軍施設で出動部隊が積載されることになる。

 佐世保からホワイトビーチまでは450海里ほど離れているため、揚陸艦が急行しても航海だけで丸一日以上は要してしまう。したがって、緊急出動命令が発せられてから沖縄の海兵隊部隊がホワイトビーチで揚陸艦に積載されるまでには2日近く擁することになり、“海兵隊本体が沖縄で、海軍水陸両用戦隊が佐世保”という配置は、海兵隊に課せられている緊急展開にとっては極めて都合が悪い状態であることになる。

・嘉手納空軍基地こそが「扇の要」

 沖縄は距離的には東アジアの「扇の要」に位置していることは事実である。たとえば沖縄から台北まで600キロメートル、上海まで800キロメートル、ソウルまで1250キロメートル、東京まで1500キロメートル、北京まで1800キロメートルといった距離だ。しかし、海兵隊であろうが米陸軍であろうが陸上自衛隊であろうが、いかなる陸上戦闘部隊にとってもそのような距離を数時間で移動することはできない。ところが、米空軍にとってはその程度の距離ならば数十分から2時間もあれば移動可能である。

 したがって、米空軍は嘉手納航空基地を名実ともに「扇の要」として日本、韓国、そしてグアムの航空基地をネットワーク化して使用することができる。すなわち、嘉手納航空基地を拠点とすることによって、米空軍は沖縄の地理的条件を軍事的優位性に転化することができるのである。これに対して、いくら海兵隊が沖縄に陣取っているからといっても、基本的には地上移動軍であり、空軍のようにスピードを伴わない海兵隊は地位的条件を軍事的優位性に転化することはできない。

 このように、沖縄を名実ともに「扇の要」として軍事戦略的要衝として活用できるのは在沖縄海兵隊ではなく嘉手納航空基地の米空軍戦力である。自力では沖縄から一歩も出撃できない海兵隊部隊が沖縄に配置されているからといっても、果たして中国人民解放軍が恐れおののいて対日軍事攻撃を思いとどまらせるほどの効果があるのであろうか? 日本侵攻を企てる勢力が恐れるのは強力な航空部隊であり、屈強な歩兵部隊ではないのだ。

日本防衛の視点からの説明も必要

 かれこれ20年以上にもわたってアメリカ海兵隊普天間航空基地移設を巡る問題が日米間の懸案であり続けている大きな要因の1つは、日本国防当局が海兵隊の沖縄駐留に関する説得力を持った説明を日本国民になさずにいることにあるといえよう。

 日本政府は、ホワイトハウスペンタゴンのメッセンジャーではないのであるから、日本独自の視点で沖縄に海兵隊が駐留する軍事的意義を、分かりやすい言葉で日本国民に提示する義務がある。

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普天間基地のオスプレイ(写真:米海兵隊)