教師が絶対的な権力を持つ学校で起きる性犯罪スクールセクハラ」の実態を浮き彫りにした執念のドキュメントスクールセクハラ』。この本を著者がなぜ書こうとし、編集者がなぜ作ろうとし、書店員がなぜ売ろうとしたのか。その三者の思いをお伝えする。「書かないわけにはいかなかった」と語る著者のやむにやまれぬ動機とは・・・。(JBpress

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 女性からよく聞かれる。「どうして『スクールセクハラ』を書いたんですか」と。

 副題は「なぜ教師のわいせつ犯罪は繰り返されるのか」。その理由を探り、防止する手段を考える本だ。加害者は圧倒的に男が多く、被害者の多くは女性。質問されるたびに「男なのに、本当に被害者の気持ちが分かるんですか」という真意が隠れていそうで、怖い。

 本当のことを言うと、被害者の女性に「大変でしたね・・・」と言いながら、僕がそのつらさをどこまで理解できているのかは、分からない。「あなたには分からないでしょう」と言われたら、「そうかもしれませんね」と答えるしかない。

 ただ、話を聞くうちに、相手の気持ちが少しほぐれてくるのが分かるから、黙って聞く。中には何十年も前の話を「初めて話せた」と言う年配の女性もいて、聞くこと自体が被害者の癒やしになるのかもしれない、と思う。

 書かないわけにはいかなかった。事実を知った者の責任として。その理由を一言で言うと、教え子にわいせつ行為を繰り返している教師たちが、何事もなかったかのように、今日も平然と教室にいることが許せなかったからだ。そして、次の事件を防ぐには、書く必要があると強く思った。

本書の背後にある書けないケース

 この本に出てくるのは、既に解決したケースが大半だ。何をもって解決と言えるのかは難しいが、とにかく、世間的には一応、「一件落着」になったケースが多い。

 懲戒免職になったり、逮捕されて判決が出たり、民事訴訟で賠償金が支払われたり・・・。自分でも「よく書けたな」と思うほど、取材は難航を極めたが、それでも、一応、「片が付いた」問題だけに、ある意味、書きやすい面もあった。もちろん、取材に協力してくださった大勢の関係者の方々がいたからだけど。

 この本を世に出せて、改めて感じるのは、書けないことの多さだ。解決していない問題は、とても書きづらい。そのうえ、被害者が「話を聞いてほしい」と思っていても、「書いてほしい」と考えているとは限らない。

 場合によっては加害者が逮捕されるような微妙な問題だけに「これなら、書いても大丈夫」と、こちらが思えるケースに限ってまとめたのが本書だ。だから、その何十倍も、何百倍もある未解決の問題の、被害者の悔しい気持ちがこの本の背景にはある。

「力の差がある」という想像力が働かない

 教え子にわいせつ行為を繰り返す教師が絶えない原因は、圧倒的な「力の差」にある。学校というシステムの中で、強い権力を持つ教師が、弱い立場の教え子を意のままにできるのが問題の構図だ。

「大人と子ども」「教師と生徒」「部活動の指導者と選手」といった、何重もの力の差でがんじがらめにされた子どもたちが被害に遭っている。

 しかも、たちが悪いことに、私が取材した加害者たちは「自分に権力があるなんて、考えもしなかった」と語る。「子どもと同じ目線」で見ていた、というわけだ。教え子にとっては、圧倒的な強者だと気付かない。

 そして「対等な立場の恋愛だと思った」と言う。「嫌なら、そう言うと思った」と話す。被害者が「ノー」と言えない、という想像力が働かないのだ。

 そこにこそ、この問題の本質がある。各学校はもちろん、文部科学省や教育委員会、教員養成系大学は、教師や教師の卵に「あなたたちには権力があると自覚する必要がある」と研修などできちんと伝えてほしい。

 さらにいえば、「大人と子ども」ではないが、日本中の会社や組織の中にも同じ構図がある。学校だけでなく「セクハラはどんな組織でも力の差から生まれる」と言っておきたい。

 パワハラも同じだ。今、特にスポーツの世界でパワハラ問題が噴き出している。学校の部活動もその一コマと言えるが、権力に無自覚な指導者がトラブルを引き起こしている、と問題提起したい。

その男は今日も教室にいる

 この取材を始めたきっかけは、当時二十代だった横山智子さん(仮名)から「高校生の時、担任の教師に乱暴されたんです」という重い告白を受けたことだった。大学を卒業して働き始めたばかりだったが、つらい経験をした高校二年生の日から人生が大きく狂った。

 三十代になっても両親には内緒にしていて「心配させたくないから、一生話さないと思います」と言う。

 僕は提案した。「その教師を取材することもできます」。五十代になった男は別の県立高校で教師を続けていた。「その男は今日も教室にいる。今も同じことを繰り返しているかもしれない。次の被害を防ぐためにも、取材をするのは一つの手です」と伝えた。

 智子さんはその後、二年も迷い続け、ついに決心した。「その教師と会います。近くで待っていてください。当時のことを話して、向こうが認めたら呼びます」。彼女はそう言った。

 それから綿密に打ち合わせを重ね、一緒に現地に向かった。

 どうなったか。それは本書をお読みください。

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