別役実144本目の書き下ろし新作『ああ、それなのに、それなのに』が、下北沢・劇小劇場B1で上演中だ。この劇場は、かつて渋谷の山手教会の地下にあったジァン・ジァンとよく似た構造をしており、地下劇場で、ふたつの方向から舞台が見られるのが特徴だが、それだけでなく、かたつむりの会や演劇企画集団66などが、別役の新作を上演していた当時を思い出させるのである。年齢を重ねるとともに自由度を増していく別役劇を演出をする眞鍋卓嗣に意気込みを聞いた。

 

劇作家・別役実による144本目の新作

──『ああ、それなのに、それなのに』は、別役実さんが書き下ろした144本目の新作です。ご病気で入院された後に書かれたものですが、全盛期の作品と比べても遜色ない内容に仕上がっています。別役劇らしいナンセンスが随所にちりばめられた作品であり、同時に、現在の別役さんの境地が、男1に見え隠れするように描かれている感じがしました。演出されるにあたって、意気込みを聞かせてください。

眞鍋 ぼくは別役作品について、それほど詳しくはないんです。名取事務所さんから『壊れた風景』を演出してみないかといわれて、それでやったのがきっかけです。

 もちろん、別役実さんは知ってはいましたが、ぼくは俳優座の人間なので、そこで別役さんのテキストを使って勉強したり、発表会みたいなことをしたくらい。作品としては『受付』とか『いかけしごむ』とか『病気』とか。それぐらいぼくは別役劇については知らないんです。

 その程度で、他のことはわからないまま、名取事務所さんに機会をいただいて、『壊れた風景』をやることになって。次に『象』を、同じく名取事務所さんでやらせていただいて、今回が3作目になります。

──わたしにとって、名取事務所公演の『象』の舞台は新鮮でした。上演されたのが2016年でしたが、戦後70年以上が経過した後の『象』になっていると思いました。『象』は敗戦後しばらく経ったあとの、ひとりの被爆者の行動を描いていますが、当時の状況に戻すのではなく、いまの時点から当時起こったことを新たに確かめていくところがよかったと思います。

眞鍋 そうですね。

──被爆者について、もう一度、2016年の時点からとらえ直す作業をされたような感じがしました。その意味では、別役劇に新しい照明を当てていただいたと思います。ですから、『ああ、それなのに、それなのに』についても、期待しています。

眞鍋 ありがとうございます。そういうことで、ぼくが上演する意味があればうれしいなと思っていました。いま、精一杯やらせていただいてる最中です。

 

別役劇は不条理ではなく、さらなるリアリズムを追求した世界

──別役劇といえば、イコール不条理劇みたいなところがありますが、新作に挑戦されてみて、いかがですか。

眞鍋 その不条理というのが……不条理は不条理でも、結局、いまの世の中を本当に見ようとすると、そうなってしまうということで、ある種のリアリズムの、もっともっと掘った先か、もしくは見えた状態のものを直接的に受けとめたもののような気がしています。ぼくはそういうとらえかたをしているんですけど……。

──リアリズムをさらに過激に追求したイメージですかね。

眞鍋 そんなイメージですね。だから、『ああ、それなのに、それなのに』も、どこかとどこかがこういう関係になっているとか、裏でもいろいろあるんだろうけど、そういうことは表面上はわからないまま進んでいく。きっと、いまの世の中もそうですけれど、こことここがこんな関係になっているとか……たとえば、相撲協会とか……。

──背後の目に見えないところで、綱引きがおこなわれているんじゃないかとか……。

眞鍋 角界の歴史のなかで、想像もつかないような力関係とか、脅威がもっとあるんだろうなとか……。

──表には出てこない、さまざまな裏事情があると……。

眞鍋 そうですね。それとか……もっといってしまえば、アメリカと日本の関係とか、そういったことも含めてですけど、いまの世の中を見ているとそうなっていますし、すべてがつながって見えることはないと思います。

名取事務所公演『ああ、それなのに、それなのに』チラシ表。

名取事務所公演『ああ、それなのに、それなのに』チラシ表。

別役劇へのアプローチ

──そういう目に見えない世界を、舞台ではどのように具体化されるんでしょうか。

眞鍋 ただ、演じるとなると、それは大変ですよね。役者たちは条理というか、つながりがわからないものですから、どう演じたらいいのかわからなくなると思うんです。いわゆるスタニスラフスキー・システムの手法で追いかけていくと、それはわからなくなってしまう。そこの作業が難しいと思います。

──それをうまく具体化するための工夫はありますか。

眞鍋 まず、リアルを突き詰めること。ちょっと話はごちゃごちゃしてしまうかもしれませんが、具体的には、あまり感情とか、自分が持っているドラマとか、そういうものを表現しないでほしいといっています。

 その理由は、ぼくら自身もさまざまな葛藤を抱えていますが、会話のときは、理屈で話し合いますよね。そこで、なにかちぐはぐなことが起きれば「それちがうんじゃないの?」「ええ? おれ、さっきいったよ」「ええ? いついったの?」みたいな会話をしていると思うんです。

 そういった会話を成立させたいと思っています。そのためには、自分が相手をどう思っているかとか、どう憎んでいるかとか、どう訝(いぶか)しく思っているかということは必要ない。逆に、そういったものが出されると、もっとわけがわからないものになってしまう。

──日常生活レベルの、浅い部分でのやりとりに終始しているように見せたいと……。

眞鍋 見せたいですね。

──で、気持ちの奥にあるものは、できるだけしまっておく。

眞鍋 そうです。なにか思惑を持って隠している人は、絶対に隠していることを出さないので、ニコニコしているかもしれないし、ふつうにしゃべっているかもしれない。そういうところを、ちゃんと抽出するというか、表現できれば……。

 そういったずれとか、会話の妙みたいなものを、やっていこうとしています。ただし、日常といっても、リアルといっても、ふつうの会話だとおとなしすぎる感じがするので、この作品の場合は、またちょっとちがうかなと。だから、どうしても気持ちが隠せないところだったりする場面については、全体のバランスをとりながら、みんなが興味を持って物語を見てもらえるようにしたいと思ってるんですけど……。

 

宮沢賢治の童話とハロルド・ピンターの戯曲が下敷きに

──冒頭で、バケツと物干竿を持った男1が『ああ、それなのに』を歌っているところに、テルテル坊主を自称する男2が現れ、ふたりはぼそぼそとしゃべりつづける。劇の途中で、おたがいにベン、ガスと呼び合うことで、ふたりはハロルド・ピンターの『料理昇降機(ダム・ウェイター)』の登場人物ベンとガスで、『料理昇降機』を下敷きにしていることがわかる。でも、そういう設定は意識しないで演出されるんですか。

眞鍋 そうですね。『料理昇降機』に登場する人物だということは、ぜんぜん。

──そういう関連づけはしないで、『ああ、それなのに、それなのに』に書かれているひと言ひと言を成立させていくことの積み重ねで、別役さんが考えている背景にある大きなものも、いっしょにつなげて表現しようとする感じですか。

眞鍋 そう思ってます。

──しばらくすると、豚コレラという家畜の病気が出てきます。別役さんがこの戯曲をお書きになられたのは去年なので、この病気についてはあまり知られていないときだったと思うんですが、今年の9月9日に岐阜の畜産農家で豚コレラが発生したのが見つかりました。

眞鍋 びっくりしましたよね。

──いまでも天然の猪が、この病気にかかって死んでいます。しかも、このウイルスの遺伝子を調べたところ、外国由来らしいことが明らかになり、どういう感染経路で岐阜の畜産農家の豚が発病したかわからないというミステリもあるんですが、豚コレラという道具立ても、不思議に予言的というか……。

眞鍋 そうなんですよね。ぼくらもびっくりしました。

──コレラですから、ものすごい疫病のような印象を受けるんですが、豚と猪ぐらいしか感染しない。だけど、豚コレラにかかった家畜は殺処分になる。それから、『ああ、それなのに、それなのに』には、宮沢賢治の「注文の多い料理店」と「どんぐりと山猫」も下敷きにされています。別役さんには宮沢賢治由来の作品がいくつかあります。

眞鍋 お好きなんですよね。

──困ったり、アイデアに詰まると、別役さんはベケット、カフカ宮沢賢治にいったん戻られ、そこで充電される。新しい作品を書かれる源泉になっている感じがします。

眞鍋 なるほどね。お好きな理由は、それらにご自分と共通してる部分を感じていらっしゃるんですかね。

──そうかもしれないですね。たとえば「どんぐりと山猫」で語られる、なんでもない、でくのぼうがいちばん偉いという考えかたには、ご自身も共感されているところが大きいような気がしています。

名取事務所公演『ああ、それなのに、それなのに』チラシ裏。

名取事務所公演『ああ、それなのに、それなのに』チラシ裏。

小カゴが空から降れば……。

──ミステリ仕立てですから、ネタバレしない程度に、見どころについて聞かせてください。

眞鍋 なんていえばいいんですかね。期待どおりのことが起こらないで、それが次々に裏目に出るみたいな……全体的にとらえると、そういうお話かなと思っています。意味をつないで追いかけていくと、どんどん前提がくつがえされていって、本当にカオス状態になる。ひと言でいうと、そういう物語かなと思うんですけど、それはいまの空気とか、気分とか、別役さんが見ている世界みたいなものを思って書いていらっしゃるのかなという気もするんですけど、いかがですか、そこらへんというのは。

──わたしが思ったのは、劇中で男1が「ああ、それなのに、それなのに」と歌った瞬間に、上空から小カゴがするすると降りてくる。あの場面をどう演出されるかが、とても楽しみです。料理昇降機は食堂やレストランで料理を運ぶための小さなエレベーターみたいな装置なんですが、そんなものが上空から降りてくるとなると、わたしはどうしても別役さんが作詞した歌『雨が空から降れば』を連想して、その歌をうたいたくなってしまう。これは元は『スパイものがたり』の挿入歌ですけど。

眞鍋 (笑)

──上空から降りてきたものに命令が書いてあり、それを実行させられる。しかも、それを実行させられる者には、その意図さえわからない。わからないまま、忠実に実行しようとする哀しい殺し屋が男1と男2ですよね。ピンターの『料理昇降機』では、小さな密室の片隅でやりとりされていた行為が、別役さんの『ああ、それなのに、それなのに』になると、いきなり上空から降りてきてしまう。このスケールの壮大さ、しかも、共同体そのものが変わっていくところは、やっぱりものすごいなと。

眞鍋 どうやったら書けるんだろうと思いますね。

──とにかく劇のなかほどまでは、男1と男2が『料理昇降機』に登場していたふたりであることはわからない。ベンとガスという固有名詞が出てきて、ようやく気づくんですが、それは戯曲を読んでるからわかるだけで、読んでいない人はわからない。副題の「料理昇降機」で気づく人は、ある程度、イギリス演劇を知っている人ですよね。

眞鍋 わからない人は多いと思います。

──そういう細部はわからないけれど、いまの社会の仕組みとか出来事……たとえば、上から「首相の意向」が降りてくると、官僚たちはそれぞれ「忖度(そんたく)」して動きはじめ、公文書さえも改竄(かいざん)してしまう。やっぱり似てますね。

眞鍋 そうですね。誰かがこうしなさいといって、悪になっているわけではなく……まあ、悪なんですけど……それを忖度してやる人間の心理とか、そういったものも問題になっていて、複雑です。それを描こうとしていらっしゃるということと、こういうかたちで表現できるということには感服しますね。

──別役さんは、米ロ関係とか、国際関係の秩序には常に関心を持っていて、ある枠組みが頭のなかにできている。そういう枠組みを物語のなかに落とし込んで……今回は宮沢賢治の童話とピンターの戯曲ですが……表現することがお好きなのかもしれない。

眞鍋 米ロ関係か、なるほど。そこもなんですね。

──別役さんが大学生のころは、学園紛争華やかなりし時代でしたし、かつての東西の冷戦構造の行方だけでなく、最近の米中の貿易摩擦についても、強い関心を持っていらっしゃっるのではないかと思います。そういったものが時間とともに抽象化され、純化されて、作品のなかに、具体として飛び出してくる。

眞鍋 『ああ、それなのに、それなのに』は、過去の別役作品のなかでも、最盛期みたいな感じの復活を果たしたいい作品だとおっしゃってましたが……。

──比べてみても、まったく遜色ないと思います。別役さんの作品はどれも粒ぞろいですが、脂が乗っている時期の作品に近い感じがしますし、あるイメージからもうひとつイメージへと飛躍する力も、けっして当時のものと変わらない。もしかすると、過去の作品を凌駕しているんじゃないですか。

眞鍋 そうですよね。すごいですよね。

──誰も先の展開を予測できないし……。

眞鍋 ぼくもそう思うんです。めちゃくちゃ若くないですか。若いっていったら変ですけど、すごくいまっぽい。

──だから、『ああ、それなのに、それなのに』の上演が楽しみですし、できれば、もう1作書いてほしい。現役バリバリな劇作家ですから、小品でもいいので、ぜひ続けて新作を上演してくださるようお願いします。

取材・文/野中広樹

名取事務所公演『ああ、それなのに、それなのに』演出を手がける眞鍋卓嗣。