ジョン・レノンによる1971年のアルバム『イマジン』の、140曲にも及ぶリミックス、リマスター、ライブ、アウトテイク等を収録した4CD+2ブルーレイ入りボックス・セットを含む、『イマジンアルティメイト・コレクション』がリリースされた。この豪華なスーパー・デラックス・エディションについて触れる前に、まずは『イマジン』が制作された背景を紹介し、ジョン・レノンその人の本質について考察していきたい。

過去の苦悩から解放され誕生したアルバム『イマジン』

ビートルズの解散後、精神的に大きなダメージを受けたジョンは、妻オノ・ヨーコと共に「プライマル・スクリーム(原初療法)」と呼ばれる治療を受けた。これはアメリカの心理学者、アーサー・ヤノフ博士が作り出したもので、人が心の奥底で長く苦しんでいた精神的苦痛を呼び覚まし、幼少期の記憶まで遡って全て吐き出すというもの(英国グラスゴー出身のバンド、プライマル・スクリームの名前の由来は勿論ここから)。これを受けたジョンは、幼い頃に交通事故で母を失ったことなどを思い出し、大声で泣き叫んだという。 アルバム『イマジン』の前年にリリースされた『ジョンの魂』には、そのプライマル・スクリームの過程で生み出された楽曲が並んでいる。例えば、父親が蒸発し、母親の元を離れてミミ伯母さんに預けられた頃の心の傷を歌う“マザー”や、その母の死を歌う“母の死”、そして『神は苦痛の度合いを測るための概念でしかない』『僕はビートルズを信じない』などと歌われる“神”などがそうだ。リンゴ・スターレコーディングに参加し、極力オーヴァーダビングを施さずに作り上げられた、サウンドも歌詞もむき出しのこのアルバムは、ビートルズ・ファンのみならずシーンに計り知れない衝撃を与えた。 『ジョンの魂』は1970年の暮れにリリースされ、翌年6月から『イマジン』のレコーディングがスタートした。アルバム・ジャケットには、泣き腫らして放心状態になっている子供のような、無防備な表情のジョンの顔が空の写真と“二重写し”になっている(撮影はヨーコ)。「プライマル・スクリーム」により全てを吐き出した彼が、真っさらな状態からこのアルバムを作り上げたという意思表示にも感じられるものだ。
Photo by Nic Knowland Photomontage by Sinisa Savic © Yoko Ono
レコーディングは前作同様、アスコットの自宅に併設されたスタジオにて行なわれた。プロデューサーはジョンとヨーコ、そしてフィル・スペクターの共同名義で、ジョージ・ハリスンをはじめ、ニッキー・ホプキンス(ピアノ)やクラウス・ボアマン(ベース)、キング・カーティス(サックス)ら多くのゲスト・ミュージシャンが参加している。

楽曲“イマジン”が発信し続ける世界平和の輪

タイトル曲“イマジン”は、ジョンのキャリアの中でもとりわけ人気が高い。シンプルなピアノとジョンのボーカルから始まり、徐々にバンドやオーケストラが重なり壮大になっていく構成は、例えばオアシスの“ドント・ルック・バック・イン・アンガー”をはじめ、多くの楽曲に影響を与えた。メロディはビートルズ在籍時代には書き上げており、1969年の「ゲット・バック・セッション」でも取り上げられていた。 本人も、「やっと(ポール・マッカートニー作の)“イエスタデイ”みたいな曲が書けた」と喜んでいたという美しいメロディもそうだが、何より印象的なのはその歌詞だ。『天国も地獄も、国境も宗教もない世界を想像してごらん?』と歌われる歌詞には、宗教や国境、人種の壁によるヘイトの連鎖を断ち切り、世界平和を祈るジョンのメッセージが込められている。 こうした思想が生まれた背景の一つはベトナム戦争だ。アメリカも軍事介入したこの戦争は泥沼化し、深刻な社会問題となっていた。ジョンとヨーコは一貫して反対の立場を貫き、様々な平和運動を行なっている。後にクリスマス・ソング“ハッピー・クリスマス”の歌詞にもなった、『WAR IS OVER! If You Want It(戦争は終わる、もしあなたが望めば)』の街頭広告キャンペーンもその一つ。“イマジン”と同様、想像力の重要性を訴えたこのメッセージは、ヨーコの詩集「グレープ・ジュース」から多大なる影響を受けたものだった。 Imagine (Ultimate Mix) restored, remixed & remastered
作品における政治的な色合いは、翌年のアルバム『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』でさらに濃くなる。2人は平和運動の重要人物として見なされ、保守派の人々から強いバッシングを受けるようになった。のちにジョンが認めているように、“イマジン”にも共産主義的な思想が強く反映されているため、ラジオやテレビでもしばしば放送禁止となった。2001年に起きた「911アメリカ同時多発テロ」直後は、アメリカ全土が一気に保守寄りとなり、ラジオ局の放送自粛リストに“イマジン”も入っていたという。しかし、多くの国民からリクエストが殺到し、ニール・ヤングが事件直後にチャリティ番組でこの曲をカバーするなど、「平和」を象徴する曲として今なお歌い継がれている。 また“イマジン”には、ジョンの宗教(とりわけキリスト教)に対する懐疑の念が、色濃く反映されている。ビートルズ時代、「僕らはキリストよりも有名だ」とジョンが発言したことで、米国のバイブル・ベルトを中心に「排斥運動」や「殺害予告」がなされるほどの騒動となり、後に謝罪会見を開くという出来事があった。そのトラウマも相当大きいと思うが、もともと彼はキリスト教の厳しい戒律に不自由さを感じており、ヨーコと出会ってからは日本の「神道」にも強い関心を寄せるようになった(71年に2人は靖国神社伊勢神宮を参拝している)。キリスト教の二元論とは全く違う、「神は万物に宿る」という神道の考えは、確かに“イマジン”の中に内包されている。

皮肉や嫉妬など自分の「リアル」を追求・表現したジョン

タイトル曲だけでなく、本アルバムには『兵隊にはなりたくない』や『真実が欲しい』など政治色の強い曲が並んでいる。が、同時にジョンの人間らしさ、すなわち脆さや弱さ、矛盾が反映された楽曲も目立つ。中でも、最も強烈なのが“ハウ・ドゥ・ユー・スリープ(眠れるかい?)”だ。 この曲は、ポール・マッカートニーを辛辣にこき下ろした楽曲として、ファンの間ではあまりにも有名である。元々は、ジョンが『ジョンの魂』収録の“I Found Out(悟り)”でポールを揶揄し(『キリストからポールまで様々な宗教を見てきた』)、意趣返しとしてポールがセカンド・ソロアルバム『ラム』(1971年)の“トゥ・メニー・ピープル”や“3本足”で、残りの3人(ジョン、ジョージリンゴ)を遠回しに非難したことから始まる。 まず、“ハウ・ドゥ・ユー・スリープ?”という曲名からして当てつけだった。ビートルズの中で最も目が大きかったポールは、他のメンバーに「寝ている時も目が開いている」「どうやって寝てるんだ?(How do you sleep?)」などからかわれていたという。また、歌詞の中でも『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』や『イエスタデイ』『アナザー・デイ』などポールの曲を引用し、『あのフリークスどもはお前が死んだと騒ぎ立ていたが、どうやら本当だったみたいだな』と、「ポール死亡説」(ビートルズ時代、まことしやかに流れた陰謀論)まで持ち出して、徹底的にこき下ろしている。 しかもレコーディングには、ポールと最も仲の悪かったジョージをゲストに呼ぶというタチの悪さ。スタジオを訪れたジョージにジョンが、この曲をピアノで弾いて聴かせる当時の映像が残っているが、その時のジョンの悪意に満ちた表情と言ったら……。レコーディングされた音源は、これでもだいぶ“控えめに”なったようだが、曲作りをそばで見ていたリンゴは、そのあまりの下品な内容に不機嫌になりながらジョンを諌めたという。 さらにアートワークでは、豚を捕まえるジョンの写真が掲載されているが、これはポールが『ラム』のアートワークに、羊を捕まえている自分の写真を掲載していたことへの当てつけ。“イマジン”で平和を訴えた、その舌の根も乾かぬうちに、かつての親友をここまで腐すジョン。「世界平和のためにできることですか? まず家に帰って家族を愛しなさい」と語ったマザー・テレサが彼を見たら、一体なんて言うだろう? しかしながら、このような矛盾を抱えているところが、ジョンという人間の魅力でもあるのだ。
photo by Iain Macmillan © Yoko Ono
『過去を思い出して、心臓の鼓動が速くなる 君を傷つけるつもりはなかった』『俺はただの嫉妬深い男さ』と、自らの嫉妬心や、過去の過ちを悔いる気持ちを率直に綴った“ジェラス・ガイ”も、ジョンの人間的な弱さ、脆さが顕在化した曲だ。メロディは“イマジン”同様、ビートルズ時代に書いてあったもの。インドのリシュケシュへ赴き、マハリシ・マヘーシュ・ヨギのアシュラムで「TM(超越瞑想)」の修行中に書かれた、数多くの楽曲の一つである。その時は“チャイルド・オブ・ネイチャー”と名付けられ、歌詞も全く違うものだった。アレンジはフィル・スペクターで、美しいメロディを彩るピアノはニッキー・ホプキンスによるもの。 他にも、ヨーコへの愛を歌った“オー・ヨーコ”など赤裸々な歌が並ぶ。ビートルズ解散後、『ジョンの魂』、そして『イマジン』と、まるで私小説のようなアルバムを作り、「リアルであること」を何よりも重んじたジョンのアティチュードは、後のロックシーンにも大きな影響を与えた。逆に、「リアルでなければ、ロックではない」というテーゼが打ち立てられたことで、それをどう乗り越えるかも大きな課題になったのである。

『イマジン』の“すべて”を再編集したアルティメイト・コレクション(スーパー・デラックス・エディション)の魅力は?

さて、冒頭にも述べたように、『イマジンアルティメイト・コレクション』は、そんな『イマジン』が出来上がる過程を膨大な音源と資料で解き明かしていくものだ。リミックスはヨーコ監修のもと、アビイ・ロード・スタジオにて行なわれた。その際、心がけたことは、「オリジナルに忠実で、オリジナル音源に敬意を表したものであること」「全体的にクリアな音にすること」「ジョンのボーカルをより明瞭に聴かせること」の3点だったという。 また、2枚組のCDには、オリジナルのリミックス・ヴァージョンの他に、ストリングスのみのリミックスや、ピアノ弾き語りのデモ音源、ファースト・テイクが収録されており、この曲がどのように完成していったのかが垣間見られる。他の曲も同様に、デモ音源や未発表テイク、特定の楽器のみを抽出したエレメントミックスなどが用意されている。 さらに、2本の映像作品『イマジン』と『ギミ・サム・トゥルース』は、オリジナルのネガを1コマずつ手作業で修復した後にHDでリマスタリングされたもの。『イマジン』は今回初のDVD、ブルーレイでの発売、『ギミ・サム・トゥルース』も初のブルーレイで発売である。 今回、上記の未発表&レア音源を集約し、4CD+2ブルーレイでまとめたスーパー・デラックス・エディションが堂々登場。最新ステレオ・リミックス&5.1chサラウンドで楽しめるとともに、他にはない“テイク10”も収録。120ページに及ぶ詳細なブックレットも読み応え充分で、まさにこれまでにない『イマジン』の集大成がここに誕生した。
スーパー・デラックス・エディション
世界平和」への真摯な思いと、妻ヨーコへの激しい嫉妬、そして旧友への断ち切れない執着や愛憎が、そのまま収められたアルバム『イマジン』。本作に真っ直ぐ向き合えば、ジョン・レノンは決して「平和の使者」でも「聖人君子」でもなく、矛盾も葛藤も抱えた「ただのジェラス・ガイ」だということが分かるだろう。

RELEASE INFORMATION

イマジン:アルティメイト・コレクション

NOW ON SALE ジョン・レノン 1,スーパー・デラックス・エディション <4CD+2ブルーレイ(音源のみ)収録、豪華本付ボックス・セット輸入国内盤仕様/完全生産盤> UICY-78855 ¥12,000(税抜) CD1:アルティメイト・ミックス(ディスク1) CD2:アルティメイト・ミックス(ディスク2) CD3:ロウ・スタジオ・ミックス CD4:エヴォリューション・ドキュメンタリー ブルーレイ1:イマジン: アルティメイト・ミックス ブルーレイ2:イン・ザ・スタジオ・アンド・ディーパー・リスニング <日本盤のみ> SHM-CD仕様、英文ライナー翻訳付/歌詞対訳付 2,2CDデラックス・エディション UICY-15758/9 ¥3,600(税抜) CD1:リミックス・アルバム+シングルズ&エクストラ CD2:エレメンツ・ミックス+アウトテイク <日本盤のみ> SHM-CD仕様、英文ライナー翻訳付/歌詞対訳付 3,1CD UICY-15760 ¥2,500(税抜) CD1:リミックス・アルバム+シングルズ&エクストラズ <日本盤のみ> SHM-CD仕様、英文ライナー翻訳付/歌詞対訳付 4,2LP <輸入国内盤仕様/完全生産盤> UIJY-75091/2 ¥5,500(税抜) LP1:リミックス・アルバム LP2:アウトテイク <日本盤のみ> 英文ライナー翻訳付/歌詞対訳付 5,2LPクリア・ヴィニール <UNIVERSAL MUSIC STORE限定/輸入国内盤仕様/完全生産盤> PDJT-1015/6 ¥6,000(税抜) LP1:リミックス・アルバム LP2:アウトテイク <日本盤のみ> 英文ライナー翻訳付/歌詞対訳付 詳細はこちら

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