先週土曜(10月13日)、NHKのBSプレミアムで放送されたドラマ「マリオ〜AIのゆくえ〜」は、技術的に急速に発達し、いまや社会にも入り込み始めた人工知能(AI)をテーマとした意欲作だった。

肉体を持ったAIが世間に放たれる
物語はいまから5年後の2023年、職務中の事故で警察官西島秀俊)が病院に担ぎ込まれるところから始まる。このころ、警察内では「マリオ」という人工知能が採用され、その開発者である科学者の時枝(田中哲司)は、本物の人間をつくりたいと考えていた。そこで彼は、意識不明の重体に陥った警官の脳に、その人工知能を埋め込んでしまう。

時枝はさらに、肉体を持ったマリオを世間に放って欲望にまみれさせようとする。煩悩を抱いてこそ本物の人間という考えは、手塚治虫の『鉄腕アトム』で、「アトムは完全ではないぜ なぜならわるい心を持たねえからな」という悪役のセリフがあったのを思い出させた。あれは60年以上も前に描かれた作品だが、テーマとしては、AIが人間から仕事を奪うのではないかなどと懸念されるいま、より実感をもって考えられる時期を迎えていることは間違いない。

肉体を持ったマリオを、鋼のように身体を鍛えた西島秀俊に演じさせたのも面白い。後半のアクションシーンは、まさに彼の肉体あってこそだった。

物語は、時枝と別れた息子・至(福崎那由他)とマリオのあいだに芽生えた友情を軸に展開する。その出会いは、至がいじめに悩んで自宅マンションから飛び降りて自殺しようとしていたところに、マリオが遭遇したことだった。マリオは至を止めようとはしなかったが、死への興味から至にあれこれと質問する。

マリオ「あなたは死を理解していますか?」
至「そんなこと知らないよ」
マリオ「恐怖は感じている?」
至「当たり前だろ」
マリオ「でも死を望んでいる。不思議です。理解できないものを恐れ、恐れているのに望んでいる。とても不合理です」

そんなやりとりから、すっかり死ぬ気をそがれた至は、マリオの正体がAIと知ってがぜん興味を抱く。マリオもまた、煩悩だらけだと言う至を師匠と仰ぎ、すっかり意気投合したのだった。

マリオは至と付き合うなかで、食事をおごってもらったり、人間の金銭欲に触れたりしながら、しだいに煩悩に目覚めていく。いったんは警察に至と一緒に捕まったが、すぐにクルマを盗んで逃げ出し、二人で街をうろつく。このとき、マリオが突如として「五感への刺激が私の中に次々と何かイメージを想起させる。これは衝動というものかもしれない。感覚的で取りとめのない、浮かんでは消える、何か断片的な……」と何かに目覚めた。これに至が「それって、煩悩じゃない?」と返すと、初めてマリオが笑顔を見せる。街ではまた、フーゾク的なお店を見つけたマリオが、「至は経験ありますか。どうでしょう? 一緒に。肉欲の罪を経験しないと。大人の人間になるには必要でしょ?」と言って至を誘うのだが、それがいかにも悪いお兄さんっぽくておかしかった。

しかし、このあとマリオは至と別れ、一人で護身術の訓練に明け暮れる。警察はそんなマリオを今度こそ捕まえるべく動き出した。至も交渉に使うため連行する。やがてマリオは居場所を突きとめられるも、彼は逃げるのではなく、至を救うため、あえて警察と戦う道を選ぶ。不合理な選択は、彼がまた一歩、人間らしくなった証しだ。

マリオは結局、壮絶な戦いの末に敗れることになる。捜索部隊のリーダーで、ずっとマリオの命を狙っていた馬場(北村有起哉)を倒し、最後に至との友情を確認したのもつかの間、べつの警官に撃たれて“機能停止”、すなわち肉体としての死を迎えたのだった。

それでもマリオのデータは残り、帰宅した至とコンピュータを通して会話するのだが、「ここは静かです。身体の重さも、食べ物の匂いも、べたつく風も感じない。腹も減らないし、疲れもない」との言葉は、まるで天国から話しかけているかのようだ。

マリオ「でも……どうしてかな。ここは物足りない。また君と街をうろつきたいよ」
至「しっかり煩悩は残ったみたいだね」
マリオ「至、不思議だ。隣りに誰かがいないと生きてる実感がしない」

至との交流から育まれたマリオの魂は、肉体を失ってもなお生き続けるのだった。

AIを描くことは人間を描くことである
それにしても渋いキャスティングだった。主人公の西島秀俊、博士役の田中哲司、敵役の北村有起哉のほか、博士とともにAI開発を進めてきたものの、裏切られて右往左往する警察幹部に渡辺いっけい、カネに釣られてAI移植手術を行なう医師に菅原大吉と、まさに演技派ぞろい。博士の助手として、警察に拘束されながらもひそかにマリオの逃亡に協力する倉科カナの演技も印象に残った。さらに、ある晩、川べりでたたずんでいたマリオホームレスが上着と食事を恵んでやる場面があったが、それを生瀬勝久がまったくセリフなしで演じていたのには驚いた(私はそのことにエンディンでようやく気づいた)。

脚本の前川知大は、劇団「イキウメ」を主宰する劇作家とあって、会話も思索的だったが、一方でアクションシーンもしっかり見せ、劇中でマリオが感じていたように、まさに五感に刺激を与えてくれる作品になっていた。冒頭で、落語家(柳家三三)がAIをネタに噺をしているところから物語へ入っていったのも、意外性があり、思わず引き込まれた。

振り返ってみると、このドラマは友情物語であるとともに、少年がマリオとの交流を通じて成長する物語でもあり、また父親と息子の関係を描いた物語ともとれるところがあった。そして全体としては、それらをひっくるめて、人間とは何かを問いかけていたように思える。AIを描くとは結局、人間を描くことなのかもしれない。

今回のドラマを観ていて興味深かったのは、マリオがある種の関係性、社会性を持つことによって、彼のなかで煩悩が生まれていったことだ。食欲や性欲などはたしかに人間が動物として生来持っているものだが、たとえば、おいしいものを食べたいという欲求などは、やはり親をはじめ人間関係のなかからしか生まれないものなのだろう。

じつはドラマを観る前、副題の「AIのゆくえ」が「アイ=愛のゆくえ」にも読めることにふと気づいたのだが、実際に観終えたいま、その読みは間違いではなかったと確信を得た。
(近藤正高)

マリオ〜AIのゆくえ〜」は現在、NHKオンデマンドで配信中
【脚本】前川知大
【出演】西島秀俊、田中哲司、倉科カナ、福崎那由他、西田尚美、北村有起哉、渡辺いっけい、柳家三三、志賀廣太郎、生瀬勝久
【演出】吉田照幸
【制作統括】出水有三(NHK)、橘康仁(ドリマックステレビジョン

「マリオ〜AIのゆくえ〜」の脚本を手がけた前田知大は、劇団「イキウメ」を主宰する劇作家・演出家。劇団で上演した『散歩する侵略者』は、昨年映画化されるとともに、前田自ら小説化もしている