日本のオープンイノベーション促進には何が必要なのか? 通商産業省経済産業省で貿易振興、中小企業支援などに携わり、現在はベンチャーエンタープライズセンター理事長を務める市川隆治氏が、諸外国の実例とデータに基づき、オープンイノベーションの環境について議論を重ねていく。(JBpress)

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【第4回】「日本の30年先を行くエストニアプログラミング教育」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54268

エストニアのベンチャーの祭典

 前回はエストニアの教育改革について述べたが、2018年5月のエストニア訪問の主目的であるベンチャーイベント「Latitude 59, 2018」*1についても紹介しておきたい。

「Latitude 59」は起業家と投資家など(エンジェル、ベンチャーキャピタル、法律家など)の出会いの場として、エストニアの首都タリンで毎年春に開催されるベンチャーイベントで、2018年は第11回目となる。

 主催者は非営利団体「MTÜ Latitude59」で、参加者は2000人。総勢101人が競ったピッチの優勝者には、1万ユーロの現金、2週間のシリコンバレー視察、法律事務所による法律カウンセリング、17万ユーロのNordic Angel Programからのシード投資が贈られた。

*1:“Latitude 59”=北緯59度の意味。

 5月24~25日にエストニアの首都タリンで開催されたベンチャーの祭典「Latitude 59, 2018」は、驚きの連続であった。

 第一に、起業家や投資家等の総参加者数2000人の中で、日本人がなんと100人を超え、5%を占めていた。従って、あちこちで日本語の会話が聞こえる状態であった。

 第二に、その中で2人の日本人がメイン会場でプレゼンをした。1人は高島宗一郎たかしま・そういちろう)福岡市長。福岡市はこの他にも、サンフランシスコ、テルアビブ、ヘルシンキ、台北などのイベントにも参加しており、今回は特に独自のピッチを実施し、優勝者には福岡での1年間の滞在ができるという賞品が提供されるということで、拍手喝采を浴びていた。

 もう1人はシリアル・アントレプレナー(連続起業家)の孫泰蔵(そん・たいぞう)氏。既に柏の葉でスタートしている「VIVITA」(子供たちに最先端のテクノロジーを自由に使わせ、自分のアイデアをカタチにできるクリエイティブ・コミュニティ)の拠点を、数カ月の間にタリンにも開設すると発表し、これも拍手喝采を浴びていた。

 第三に、福岡市をはじめ、日本のベンチャーがいくつかのブースを開設していた。これだけ日本のプレゼンスのある外国のベンチャーイベントは、他にはないのではなかろうか。

 それは、電子居住権(e-residency)を取得してしまえば簡単に会社設立もできてしまうという、世界最先端の電子国家というブランドが起業家たちに好評だということだ。タリンに拠点を置いて北欧で活躍する日本人VCの存在もある。

独特のピッチ・システム

 既に10年目となるイベント全体にも、他にはないユニークなものがあった。

 逆ピッチ。投資家を登壇させ、ピッチをさせる。3分間の制限時間が来ると、ここぞとばかりストップがかかる。そして質問の嵐。起業家が味わっているピッチの苦労を、投資家にも味わわせようという趣向のようだ。

 スカイダイビングピッチ。実際に、起業家にセスナ機からのスカイダイビングをさせ、その最中にピッチをさせ、それをビデオに撮った映像を見せるというもの。風圧で口のまわりがぶるぶる震えながらの真剣なピッチは、ユニークな試みと思った。

 子供の登壇。母親の起業家が10歳の息子を登壇させた。堂々と自分の夢を語る姿に、エストニアの未来は明るいと感じさせた。

フィンランドの「SLUSH」

 4年前の2014年11月にフィンランドのヘルシンキにおいて、毎年秋、ベンチャーの大規模イベント「SLUSH」が開催されているということで、実際に訪問したことがある。

 ヘルシンキの中心街の少し北寄りのコンベンションセンターには世界79カ国から1万4000人の若きベンチャー経営者や投資家が集い、25年前に隣国スウェーデンから観察していた頃の物静かなフィンランド人たちとは想像もできないほどの熱気が感じられた。

 昨年の「SLUSH 2013」の来場者数は7000人ということなので、正に倍々ゲームで規模が拡大し、1万7000m2のコンベンションセンターでの開催は初めてということである。東京で言えば東京ビッグサイトの大ホール2つ分以上の広さとなるが、そこに5つのメイン会場があり、熱いプレゼンテーションが展開され、通路にも所狭しと各ベンチャー企業のデスクが並び、具体的な商談が行われていた。

 冒頭挨拶はフィンランド首相が行い、「フィンランドはEUの玄関口であるとともに広大なロシア市場の隣にあり、高等教育を受けた勤勉な国民が存在し、そしてSLUSHがある」と、フィンランドの優位性を強調した。また、隣国エストニアは、同じくフィン族の末裔で言葉もフィンランドとほぼ共通しているが、エストニア首相もパネリストとして登場するという力の入れようであった。若干空気が違ったのは、中国の副首相が英語逐語訳の中国語でゲスト挨拶をしたことだ。

 日本からは、楽天の三木谷社長が両首相と共にパネルディスカッションをこなし、また、ガンホーおよびモビーダの孫泰蔵社長が前年に買収したフィンランドのゲーム会社、スーパーセル社とディスカッションを行った。報道によれば、三木谷社長はこの後エストニアを訪問したということである。

 圧巻だったのは、スマートフォンの時流に乗り遅れ、携帯電話機のセールスが退潮している地元ノキアのプレゼンテーションであった。冒頭「Nokia is dead? Nokia is no more?」で始まり、そうではないときっぱりと否定し、新発売のアプリケーション「Z Launcher」および249ドル(+税)という価格の7.9インチタブレットNokia N1」のプレゼンテーションが行われた。アップルのスティーブ・ジョブズばりのプレゼンで、所々で愛国的なフィンランド人たちの歓声が挙がっていた。

北欧のベンチャーの熱気

 どうだろう。規模については会場面積にしても参加者数にしても圧倒的に「SLUSH」の方が大規模だが、「Latitude 59」側としては、「SLUSH」は秋、「Latitude 59」は春の北欧のイベントとして、お互いにパートナーだと位置付けているようである。それがエストニア首相のヘルシンキ訪問にも表れていると思う。

 メイン会場に登壇してのプレゼンテーションは、双方とも日本人は2人と同じであるが、会場を見渡した時に、参加者の中に圧倒的な日本人のプレゼンスを感じたのは「Latitude 59」の方である。いずれにせよ、どちらのイベントも熱気がすごく感じられ、日本の同種のイベントとは比べものにならないほどの格の違いが感じられた。

 ベンチャーは成功率が必ずしも高くないので、裾野の広がりが必要であり、日本もうかうかしていられないとの印象を強くしている。

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「Latitude 59, 2018」の会場風景。