政府が推進する副業だが、労働政策研究・研修機構の調査(2018年9月11日発表)*では、75.8%の企業が副業・兼業の許可について「予定なし」と回答するなど、多くの企業が前向きとは言えない状況だ。

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 そうした中、今年6月に副業ガイドラインを導入し、副業推進の姿勢を強く打ち出したのが外資系製薬会社のMSDだ。

 同社は、同時に長期休暇制度も正式導入した。実は密接に関係しているという2つの取り組みの狙いについて、「働き方改革」を担当する人事部門人事グループマネジャーの萩原麻文美(はぎわら・まふみ)氏に聞いた。

* http://www.jil.go.jp/press/documents/20180911.pdf

従業員3500人に向け副業を推進

 MSDが6月に導入した副業ガイドラインは、副業を会社として禁止していないこととともに、副業をするための注意事項と申請フローを示したもの。それ以前も、副業を禁止していたわけではなかったが、就業規則は副業に対して消極的と捉えられる内容だった。そこで、今回の副業ガイドラインによって、約3500人の社員に向けて、副業を推進する姿勢を改めて示したということである。

 萩原氏は、「副業する際の判断基準と申請フローを示すことで、従業員が隠れたり申し訳ないという気持ちを持たずに、堂々と『副業している』と言える状況にしたい」と、ガイドライン策定に込めた意図を説明する。

 具体的には、副業をしたい従業員は、上司へまず申請し、承認を得た内容を人事が把握するという流れで、承認時の判断基準は、副業先企業にフルタイムで雇われないことを前提とした次の4つとなっている。

(1)副業の仕事が自社に利益相反しないこと
(2)機密保持の義務を守ること
(3)本業に支障が出ない、健康管理上問題のない業務量であること
(4)会社の名誉を棄損するような仕事でないこと
 

 利益相反や機密保持が製薬会社としては最も神経質になる事項だといい、誓約書を兼ねた副業申請書を提出させる。また、業務量や副業の目的に関しては、上司としっかりとした話し合いを求めている。

 ポイントは、職種制限をはじめとした細かな規定は作らず、原則となる判断基準のみを示しているということだ。その理由を「細かなケースを挙げはじめた途端、そのリストに当てはまるかどうかだけを考え、社員やその上司がそこで思考停止してしまうからです。リストにあるかどうかでなく、この原則に抵触しないか、自分の頭で考えてほしいということです」と萩原氏は説明する。

 現在、このガイドラインに沿って副業をしている社員は数十人。最も多いのは、業務に関する専門知識を生かした大学での非常勤講師やセミナー講師などだ。趣味に関するものは、スノーボードインストラクター、イベント通訳、ワインソムリエ、料理本の執筆、音楽イベントのプロデューサーなど、バラエティに富んでいる。

 さらに、ベンチャー企業の研修制度設計の仕事、NPOで防災関係のセミナーインストラクターなどが挙がる。職種制限はないというが、社員が自身のスキルを生かしたと思われる高度な仕事がほとんどだ。

40日分の休暇の分割取得も可能

 副業ガイドラインと同時に導入した長期休暇制度は、勤続1年以上の社員が既存の休暇制度とは別に、年間最大40日まで休暇が取得できるというものだ。取得理由は問わない。

 いわゆる「サバティカル休暇(理由不問の長期休暇制度)」だが、同社では「ディスカバリー休暇」と呼ぶ。そして、まとめて40日休暇をとることも、40週にわたって週1日休暇をとることができるのとしているのが特徴的だ。2016年度から試験的に導入し、すでに資格取得や大学院通学、海外ボランティアなどで15名程度が利用している。

 副業ガイドラインとディスカバリー休暇制度を同時に導入した理由を、「最終的な目的が共通するこの2つは、セットで考えているからです。共通する目的とは、社員と組織の自律性を高めることと、イノベーションの促進、生産性の向上です」と萩原氏は説明する。

 目的の中でも、特に重要視しているのは「自律性」の部分だ。「長期の休暇の取得は、個人として『自律性』の向上を促します。休んでも長期的なスパンで見れば、きちんと『成果』を出せますということを、お客様や周囲のメンバーに説得する必要があるからです。決まった時間に決まった場所に行くことで働いた気になっているような人には、なかなかできないことだと思います」(萩原氏)。

 副業も同様の考え方である。副業をしていても本業で『成果』を出すと言えるには、個人の自律性が必須、というわけだ。

 また、長期休暇の運用は、組織の自律性を高める効果が大きいとみる。なぜなら、個人が長期で休むためには、組織の仕事が個人に依存していては成り立たないからだ。

「休める環境を整えることは、業務プロセスの改善につながります。誰か1人がいなくてもチームとしてパフォーマンスを維持する業務プロセスを、どのようにデザインするかを、日ごろから考えるようになるからです。これは生産性向上にもつながります」(萩原氏)。

 そして、長期休暇取得や副業を通じて新たな知見を得た従業員によって、イノベーションの促進という目的も達成されるという考えだ。

「社内の業務で獲得できるスキルや構築できるネットワークは限られています。だからこそ、社外で仕事をしたり学んだりする経験は、会社にとっても非常に役に立つと捉えています」(萩原氏)。

「会社人間」にならず自律的なキャリア形成を

 ディスカバリー休暇制度によって、副業が促進されることも狙う。「副業の準備や試しにやってみる期間として、ディスカバリー休暇を利用するとよいでしょう。分割取得もできるため、副業準備と親和性が高いと思います」(萩原氏)。

 しかし、ここまでして副業を推進し、社員が社外で活躍できるようになった結果、MSDを辞めてしまうということは危惧しないのだろうか。

 そうした疑問に対し、萩原氏は「社員には『会社人間』を目指すのではなく、『自律的』にキャリア開発をしてほしいという願いがあります。なにより、社員をしばりつけることはできない、というのが私たちの考えです。『MSDでしか働けないからMSDにいる』のではなく『他でも働けるけど、MSDで働きたいからMSDにいる』という人材になってほしいのです」と話す。

 そして、副業や長期休暇を通じて社外で活動する社員の存在によって、他の社員が刺激を受け、社内が活性化することも大きな狙いの1つだという。「ディスカバリー休暇を使って短期の語学留学をするという女性社員の話を聞いたある男性社員が、自分たちも休んで何かしないといけないのか、やりたいことがなくてどうしようと言っていたと聞き、狙い通りだと思いました。副業や長期休暇の利用を促すことが、社員が自身を見つめなおす良いきっかけにもなるということです」(萩原氏)。

 このように、副業や長期休暇を強く推進する同社。それだけに、ビジネス環境の変化の激しい昨今、社員が過去の延長線上で仕事をすることに対する危機感が強いともとれる。

 実際、これから求める人材像は、「変化に柔軟かつスピーディに対応でき、それを楽しめる自律性の高い人」だと言う。そうした人材へと社員を成長させるために副業や長期休暇が必要というわけだ。もちろん、制度整備を通じて、優秀な人材を惹きつけられるという面もあるだろう。

 萩原氏は、今後の展望を次のように語る。「副業しているのは、3500人中のまだ数十人、長期休暇の利用者もまだまだ少ない。副業や長期休暇取得が当たり前となるくらい、もっと浸透してほしいです」。

後編へ続く)

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