2018年9月、演出家・小川絵梨子が新国立劇場の演劇部門芸術監督に就任、10月4日にはカミュの『誤解』(演出・稲葉賀恵)で新シーズンスタートした。小川新芸術監督に、新国立劇場のあり方やシーズンラインアップについて、率直な思いを存分に語ってもらった。

――まず、新国立劇場はどうあるべきか、どうあって欲しいと思っていらっしゃるか、というところからお聞かせ願えますか。

現代舞台芸術を上演する唯一の国立の劇場ということで、いろいろな使命があると思っています。お客さまに対しては、年齢的にも地域的にも、幅広い観客層に来ていただけるようにすることが必要。子供から大人まで、幅広い世代の方に来ていただけるようにしたいですし、地方へのツアー公演も増やしていきたいと思っています。もう一つは、国の機関として、実験的なこともやっていく必要があるのではないかと。ありがたいことに、民間の劇場やグループとは違い、ここでは実験的なことも取り組んでいくことができる。実験しつつ始めていって、今後、それが広がっていったら素敵だと思うんです。新国立劇場は今年20周年を迎えましたが、運営を含め、回っていくようにすることがまず大変で、歴代芸術監督の方々も大変な苦労をされてきました。私はありがたいことに、ある意味すでに安定したところでやらせていただくことになったので、その上で、新たに何をやっていくべきか。そこを考えたときに、実験的なことも含めて挑戦させていただきたいですし、それが自分の務めだなという気がしています

――新国立劇場の芸術監督に……という話をお聞きになったときのお気持ちは?

二年半ほど前になりますが、最初にお話をいただいたときはあまり実感が湧かないというか、よくわからない状態で。私はフリーでやっている演出家ですが、前任である宮田慶子芸術監督時代にこちらで二本演出をさせていただいたんです。それで、宮田さんと全然方向の違う方が次の芸術監督になられたら、もう呼んでもらえないんじゃないか、ああ、仕事減るな、同じ方向の人だといいな、なんていう話をしたりしていて(笑)。だから、最初にお話をうかがったとき、まったく想像していなかったので、ちょっとびっくりというか、何をおっしゃっているのだろう?という感じで(笑)。「よく引き受けたね」と言う友人もいて、それを聞くと、あ、それだけ大変なことなんだ、と。私、日本で演出の仕事をいただけるようになってまだ6、7年なんです。その経験の浅さ故の無知で、引き受けさせていただいたのかなという気はします。「よく引き受けたね」と言ってくれたその人はずっと劇団でやってきていて、新国立劇場の重要性だとか、意味だとか、日本の演劇の流れとか、すごく実感している方なので、そういう意味では、新参者がふっと入ってきたというか、ある意味違う文脈から来たフットワークの軽さみたいなものが自分にはあったのかなって

――これまでフリーでやっていらっしゃいましたが、組織を背負う立場となっていかがですか。

これまで団体に属したことがほぼなくて、一人はすごく気が楽だったんですよね。今回、初めて組織に入っていくことになって、やっぱりよくわかっていないこともあるなと思いました。でも一緒に考えていってくださる方々との人間関係だったり、自分の勉強も含め、準備期間をいただけたのはありがたかったですね。歴代の芸術監督の方にそれぞれお話をうかがったときに、皆さん、自分の作品が批評されるよりも、新国立のラインアップが批評されたり、この演目がよかったと言ってもらえたりしたときに、非常に嬉しかったり悔しかったりしたということをおっしゃっていたんです。なので、きっとこれからだと思うんです。小川に代わって、新国立劇場、どうなの? って言われて、がーんとなったりして、そのときに、私はここの一員なんだ、責任を負っているんだと、そこはこれから実感していくことなんだろうなと思っています

まずは、一人でも多くの方に来ていただくことと、システムの実験、その二つを大きな柱として据えていて、そのことが見た目にもはっきり伝わるといいなと。特に実験的なことに関しては、何十年かしたら、そんなことは声高に言わなくても当たり前になっていたら嬉しいですけれども、残念ながら今はまだそうはなっていないので。せっかく年に7、8本の作品について考えさせていただけることを思うと、公共の劇場として、両極端をちゃんとやりたい、やってみようという感じですね。お客さまを一人でも多く!という作品もあれば、まず“実験をする”という作品があってもいいかなと。後者の場合でも、もちろん一人でも多くのお客さまに観ていただきたいわけですが

公演をする際、いい作品を作るということは当然の前提なので、何を優先してそのプロジェクトを立ち上げたかということを、我々がちゃんと意識してやっていこうと。そうじゃないと後で内省して考えるときに、何を基準点にしているのか迷ってしまう。どんな作品でも、終わるとある程度の達成感って得られちゃうんですよ。それで満足して終わってしまうと積み重なっていかないので、表には出さないにせよ、私たちの中では、これはこういう基準でやった、ここを目指した、それはどう達成されたか、されなかったか、そんなことを学びながらやっていきたいなと思っています

――海外の劇場で、モデルや参考にされていることはありますか。

オーディションはやはりいいなと思います。それから、私も「こつこつプロジェクト」と銘打ったディベロップメント・プログラムを始めますが、例えばイギリスナショナル・シアターでは、150から200のプロジェクトが常時動いているんです。その中から、「このプロジェクトは上演作品に上げられる」と思ったときに上げる。ディベロップメントのためだけの建物まである。作品がいつ舞台に上がるのかわからない、作り手たちがただ創作しているという環境が、建物から存在していて、プロデューサーは4人しかいないんだけれども、それだけの数のプロジェクトが動いていて、国からお金も出ている。レジデンスでアーティストがそこにずっといるということもあるし、演出家中心のプロジェクトもあれば劇作家中心のプロジェクトもある​。

私が見学させていただいたのはサウンドデザイナー中心のプロジェクトで、プロデューサーが「あの演出家は解雇したから」なんて言っていて(笑)。そのプロジェクトももう5年目に入っていて、そろそろ舞台に上がるの? と聞いたら、いや、まだホンが弱いからだめなんだよね、と。作品を育てていくという姿勢があるんですよね。それだけいろいろなことをやってみて、トライして、考えたり、ときに詰まったり。日本みたいにとにかく一カ月で形にしなくちゃいけないということではないんです。やっぱり、体力がある作品を作っていくということはそういうことなのかなと思いました。プロジェクト打ち切りもあるんですよ。それはその4人のプロデューサーで相談して決めているそうで、難しい決定ではあるんでしょうけど。そういったことはすごく素敵だし、いいな、すごくやってみたいことだなと思いました​。

――日本では、そうして作った作品をロングランするというシステムでもないですしね。

消費されてしまいますよね。もちろん、歌舞伎などですとまた違うんでしょうけれども。日本だと、劇団でもない限り、一カ月超の稽古ってなかなか難しい状況ですよね。でも、人間関係を作るところから始めての一カ月では、私の能力ではちょっと難しいな、何となく形にして終わってしまったな、と思うことも多いんです

オーディション制度については、いっぱい機会があれば、役者さんにもその作品、その演出家を選んでいただけますよね。この作品をやりたいから来てくださっている、私の演出でもOKなんですね、と。そして、私は私で、この方にお願いできるんだという、言わずもがなの契約がそこですでに結ばれる。すごく平等で、健康的だなといつも思っていて。役者さんたちにとっても、オーディションがあって自分でこの作品を選んだんだということで、気持ちも違うんじゃないかなと。

私は演出しかしないので特にそう思うんですけど、舞台がどうなるかは60パーセントから90パーセントキャスティングで決まると思うんです。それは別に、その役者さんが売れているとか売れていないとかっていうことではなくて、自分が作りたい方向、思い描いているもの、それを体現してくださる役者さんと出会えるかどうかが大きくて。例えば絵を描くときって、水色の絵の具と黄色の絵の具が必要だなと思って、描いているうちにそれを混ぜてみたらよりおもしろくなったり、今、紫は必要ないなとか、あ、でも、このマゼンタ、考えたことなかったけれども、意外と、ここに入ったらこの絵すごくよくなるんだろうなとか、そういうことなんじゃないかなって思うんです。画家の人が絵の具を選ぶように……演出家にとっても、ですけれども、役者さんにとっても自分の色を一番きれいに出してくれる演出家と出会えて、そうしたらその仕事は楽しいですよね、きっと。なんて言ったら、ちょっと上から目線みたいでえらそうに聞こえてしまいますか

――作っている会社によって、同じ色の絵の具でも違う色出しだったりしますしね。

そうなんです。やってみて違ったということももちろんあると思いますけど。「これだけ使って描いてください」と言われると可能性が狭まらざるをえない。それでも、何カ月もあればもちろんまた違ってくるとは思うんですけれども、上演までに一カ月しかないって、やっぱり結構しんどいんですね。オーディションには基本的に演出家がいますので、役者さんも「こいつとは気が合わないな」と思ったら、やめるという選択の余地がある。それもすごぐ大事なことです。とても健康的な感じがするんですよね、オーディション制度は。そこがいいなと思って

演劇は興行ですから、券売ということを考えないといけませんよね。そうすると、どうしても今って、ほぼ「誰が出ているか」で決まってしまうんですよね。蜷川幸雄さんほどのスター演出家だったらまた別なんでしょうけれども、多くの場合はキャスティングに拠っている。お客さまの大半も「この人を観たいから」という目的で劇場に来てくださる。それはとっても大事なことなんです。大事なことなんですが、「この人を観たいから」が一番だとしても、それに対して「この作品を観たいから」の割合がものすごく低いのではないかと。野田秀樹さんのように劇作もやられる場合だとまた違いますけどね。私も野田さんのファンだから観たい観たいって常に思ってますけれども。「この作品を観たいから」の割合がもうちょっと上がっていってもいいんじゃない?という気持ちがすごくあるんです。それをどうやったら変えて行けるのかなって、その実験を今、始めているところです。物語なり作品に、何かしらおもしろいところがあったらもっと観てもらえるようになるんじゃないかなとか。ただ、一気に変えて行くのもまた難しい。そのバランスを探って、実験している感じですね。劇団公演が主流で、プロデュース公演自体が大変だった時代、テレビや映画で名前がある人が舞台に出ると、あ、この人そっちで売れなくなったのねと思われていた時代から、舞台ならではの良さがあることに気づいてくれた世代のプロデューサーたちには、大変なご苦労と勇気と、そして大きな功績とがあると思います。それを引き継いだ我々は、じゃあ何をしていこうか、いや、何をしていけるのか、ということだと思っていて。そこには大きな功績と同時に、私たちが乗り越えなきゃいけない弊害もある。どんなことにもその両面はあるとは思うんですけれども。その功績をリスペクトしながら、どう乗り越えていくか、より伸び伸びとした、健康的な空気はどう作っていけるのか、それを実験している感じですね​。

――今シーズンラインアップにある『誰もいない国』『スカイライト』は、「ナショナル・シアター・ライブ(NTライブ)」でも上映されていましたが、意識されたりは?

来た、その質問(笑)。『スカイライト』は、私自身「NTライブ」で観て、超おもしろい、いつかやりたい! と思っていた作品です。そういう意味ではアイディアをいただいています。でも、ピンターの『誰もいない国』はもともと好きな戯曲だったんです。パクったのは一方だけなのに、『誰もいない国』も「NTライブ」でやるんだ、嘘でしょ?!っていう感じでした(笑)。でも、うちで上演するならと、「NTライブ」でも再上映があったりして、ありがたかったです​。

――「NTライブ」のような、世界に向けて発信していくという試みについてはいかがですか。

いいなあ、素敵だなあと思いますよね。海外は近いと言っても、行こうと思ったら何だかんだでお金もかかりますし、ああやって見せてもらえるのってすごいことですよね。ナショナル・シアターの方たちとお話しさせていただく機会が何回かあったんですが、新国立劇場ができて20年という話をしたら、「まだベイビーだね」って(笑)。まあそうですよね。フランスコメディフランセーズなんか、できて300年以上経ってますしね。演劇を根付かせるためには、それだけ時間はかかるし、かかっていいんじゃないかと。忍耐強く続けていくこと、そこに楽しみを見つけながら、次の世代に渡していけたらすごく光栄だなと私は思っています。コメディフランセーズのグリーンルームに絵がかかっていて、誰の作品なのか聞いたら、普通に「ドラクロワだよ」って言われるし、劇場の歴史上、フランス革命がどうのとか言われても、ケタが違いすぎて、私にはちょっともうよくわからないって(笑)。もちろん日本だって、能や歌舞伎といった歴史も長いすばらしい文化があるわけですけれども。いわゆる古典ではない作品を上演する劇場としてはまだまだベイビーだし、大変なこともあるだろうけど、楽しいことがいっぱいあるから、がんばってね、ということを言っていただいて、その通りだなって素直に思いました。西洋の真似だけではなくて、ずっと続いてきたものもあれば、輸入してきたもの、そこから練り直して自分のものにしていったもの、そこから生まれていったものもたくさんあるので、その豊かな歴史をちゃんとつなげていくということが大事なんじゃないかなと思っています​。

――今シーズンラインアップは、10月、稲葉賀恵さん演出によるカミュの『誤解』でスタートが切られました。

稲葉さんは前々から名前を聞いていて、作品を二本拝見させていただいて、「すごくいいなあ、役者さんは伸び伸びしているし、こんな難しい戯曲をこんなにおもしろく演出しているんだ」と思って。センスもすごくかっこいいし、でも、決して奇をてらうわけでもなく、まっすぐなのがいいなと。芸術監督一年目は若い方との作品作りも大事にしたかったので、「稲葉さんにお願いできたら嬉しいな」とお声がけしたところ、ありがたく受けてくださった。稲葉さんが「ずっとやりたかった」とカミュの『誤解』を出してくださって。演出家によっていろいろな視点はあるんですけれども、戯曲を読むと普通にわかりやすいミステリーだなと思って、稲葉さんの『誤解』、これは観てみたいなと。夏に自分で演出したサルトルの『出口なし』も、ミステリーなんですよね。この人たち、何、何? っていうところに、実存主義が絡む。もともと実存主義が好きだったりするので、是非これで、とお願いをしました

――先日稲葉さんにインタビュー取材をさせていただいたところ、非常に喜んだと同時に、「私『どこの馬の骨?』みたいになっていませんかって、何回か小川さんに確認した」とおっしゃっていました(笑)

受けていただいて、私たちの方がうれしいし、ありがたいと思っているんです。でも、言われてみたら、オープニングってプレッシャーだったかなって、後からふと思ったくらいで。大丈夫母さん何があっても一緒だから、という感じです(笑)

――11月に上演されるのは、寺十吾(じつなしさとる)さんの演出によるピンターの『誰もいない国』。

寺十さんは俳優として三回くらいご一緒させていただいてるんですが、大好きな役者さんなんです。演出を拝見していると、本当に役者さんを大事にされていて。私が演出でご一緒したことのある役者さんが、寺十さんの演出の作品に出ているのを観たら、すごく魅力的で、ああ、これ私できないわと思ったり。演出作を観ていても彼の素敵なところを感じるし、役者さんとしても、私の好きなことを好きでいてくれる人だ、という勝手な思いがあって、是非にと。『誰もいない国』もいつかやりたいなと思っていた作品なんですよね。これはもうコメディだと思っていて。ピンターっぽい難しいイメージじゃなくて、普通にやったら良さが出ておもしろいんじゃないかなと。それを寺十さんがやってくださるというのが大きくて。寺十さんの感覚と作品が非常に合っているなと思いますね

――12月にはご自身演出の『スカイライト』。

本当にすごい戯曲なんですよね。あれだけしゃべるけれども、根本にあるのはシンプルな人間関係のことなんだけどなあ、と思っているんです。もちろん、ハラスメントだとか、格差社会だとか、いろいろな要素があって、社会的に非常に重要なこともちりばめられているんですけれども。ずっとシーソーが揺れ動いていくような、上質なドキュメンタリーのようなおもしろさがあって、とても信頼する俳優さんたちに集まっていただけることになったので、私も今から楽しみにしています​。

――来年(2019年)4月には、全役オーディションで選出したことも話題を呼んでいる、鈴木裕美さん演出のチェーホフの『かもめ』が上演されます。

この作品については、まずオーディション企画をやりたい、というのが先にあったところ、裕美さんも前からフル・オーディションをやりたいとおっしゃっているというのをお聞きして、これは渡りに船と思って。作品としては、オーディション企画第一号、どんな方でも経験問わずにしたかったので、我々としては戯曲が手に入りやすいものを、と考えていたんです。それを裕美さんにご相談したら、フルオーディションをやるなら、これをやりたいと思っていたんだよね、と、何作か出してくださって。その中から、近くに何でも揃っている本屋がなくても『かもめ』なら普通の本屋に割と置いてあるし、何より裕美さんが演出する『かもめ』を観たい!と

――そして5月には、天野天街さん率いる名古屋の劇団「少年王者舘」が新作『1001』で新国立劇場に初登場します。

天街さんはもう、私が本当に好きだから、のみです!! 独特ですよね。野田さんもそうですけど、独特の、この人にしかできない世界観がある。そして、めちゃくちゃかっこいい。そういうのに、中学生ごろからずっと憧れてきたので。昔から劇団中心で観ていたし、その劇団の作・演出の方たちが作り上げる世界を、すごいな、おもしろいな、かっこいいなと思っていて。今だったら、「イキウメ」とか「ハイバイ」とか。自分はまったくできないけれど、こういうのかっこいいわ~、憧れるわ~というのを一年に一本はやらせてほしい、と劇場の方にお願いして。寺十さんが出ていた天街さんの作品も「めっちゃかっこいい!、どうやったらこんなにおもしろいもの作れるのか一個もわからん」と。野田さんもそうなんですけど、何がどうなったらこうなっているのか一個もわからないけどめっちゃおもしろいという、そういうのに憧れてきたんですよね。それで、天街さんに是非にと​。

少年王者舘主宰 天野天街 (撮影:吉永美和子)

少年王者舘主宰 天野天街 (撮影:吉永美和子)

――6月は、上村聡史さん演出で、アイスキュロスの『オレステア』を中心に、ロバートアイクが翻案した『オレステイア』。

上村さんは大尊敬する同世代の演出家の方で、個人的にもよくお話しさせていただいたりもして。今シーズン、中劇場での公演はこれ一本しかないんですが、割と広めの劇場で是非、上村さんにお願いしたかったということと、古典作品も欲しいなというのがあって。上村さんとご相談させていただいて、翻案ですがこの作品に決まりました。

――7月が、劇団「パラドックス定数」の野木萌葱さんの書き下ろし作品をご自身で演出する『骨と十字架』。

新作も一本はやりたくて、前々から野木さんの戯曲を読んでいて、すごくドストレートなんだけど、物語っておもしろいよね、会話っておもしろいよね、というところがすごくいいな思っていたんです。無理を承知でお願いしたら受けていただけて。話がすごく変わるんですけど、私、実家が本屋だったんですが、芥川賞受賞作を読むと自分がかっこよくなった気がするんだけれども「ちょっと自分の中で、何を感じていいのかしら私?」みたいなときもあって(笑)。でも、直木賞受賞作を読むと「超おもしろい!」と思えて。高尚な方にも憧れるけれども、どうも私、わかりやすいものが好きなんだって(笑)おしゃれフランス映画よりも『スパイダーマン』とか『スター・ウォーズ』が好きだな、とか。でも、わかりやすいとされているものを作ることって実は非常に難しいと思うんです。真新しいどうのこうのではなくて、そういうものを普通に研ぎ澄まされた感覚で作っていくことのかっこよさ、すばらしさに対してすごく尊敬の念があって、その一人が野木さんだったんですよね。どうやってこんなもの思いついて書くんだろうって。しかも全部手書きで書かれているんですよ。受けてくださって本当にありがたくて​。

――手法の先鋭化、その追求ももちろん非常に大切なんですが、その一方で、観客にとってのその意味とは? と考えたりもします。

エッジィで新しい演劇形態はすごく大事ですし、憧れもあるんですけれども、他の公共劇場がけっこう担ってくださっているところがあるので。公共劇場としての幅広さというものを考えたときに、すごく真摯でまっすぐな素敵さというものもあっていいじゃないか、と思っています。昨年、フランスの国立劇場を回らせていただいたんですが、5つあって、それぞれ担当分野が違うんです。新作だけとか、ダンス系に強い演劇だけとか、いわゆる古典劇中心とか、分業していて、芸術監督同士でよく話していると。そういうのって素敵だなと思って。それぞれのお客さまがいらして、好きなところに行っていただけるのっていいじゃないですか​。

――それより全体のパイを増やした方がいいですよね。

そうなんですよ。観客数という分母を増やしたいと思いますよね。演劇でお金が回っていくこともすごく大事だから、全体の観客数を増やさないと。すごく貧乏でまったく食べられないのはいやだかど、そんなお金持ちにはならなくてもいい。けれど、経済は回そう、回していこうという。演劇界全体で、民間も公共も劇団も、とにかくそれぞれ独立はしていて、互いにリスペクトしてやっていく、それがいいなって思います

――こうしてシーズンラインアップをご覧になって、いかがですか。ご自分らしさが発揮できましたか。

自分らしさ、ですか。全体的にすごくありがたい流れだったですね。「いや、できません」という方が一人もいなくて。皆さんに受けていただけてすごくうれしかったです。この戯曲がおもしろい、この演出家が、この役者さんが素敵、観てみたい!と思っていた、私がこの劇場でやっていこうとしていることと方向性が重なっている方々にお願いできたなって、すごく自信を持てるラインアップになりました。やってみて、あとでわかることもいっぱいあるだろうし、落ち込むこともきっとあるだろうし。でも、まず、一緒にやってくださいませんかとお願いして、やりましょうとなって、実際にそれをやり始めていただけている、それってすごくうれしい、贅沢なことなんだなって、それはすごく実感としてあるんです。そのうれしさ、ありがたさは、絶対忘れちゃいけないと思いましたね。新国立劇場だからってみんなが出たい、やりたいと思ってくださっているわけじゃない。そこを、絶対にこの劇場に出たい、やりたいと思っていただけるようにこちらがしていかなくてはいけないと思うんです​。

潤沢なお金があるわけでもない中で、一緒にやっていただけるというのは本当にありがたいですよね。そこは、世代なんかは関係ない。劇場スタッフともたとえば若い方に対して、ここでやらせてあげるという感覚は絶対もたない、ということを常々確認しあっています。独立した一人一人の方々に対してリスペクトと感謝をもつということで、健康的に、ある種の社会上の平等性を大事にしてやっていきたいなと思うんです

――でも、組織なり団体なり、必ずそこには先輩と後輩という関係性があり、重鎮がいたり。

大変だよなあ、えらいなあ、よくそこをサバイブしてきたんだなって、同世代の演出家の方に対して思いますよ。タフですよね。私はもう、一人が楽で、それを選んできてしまったので。人間関係が近くなりすぎてしまうと、それはそれでやりにくくなることもあるだろうし。そのあたりやっぱり、海外のほうが、個人であるということが実感として強かったかなという気はします。演出をやるとなったら、稽古場では、英語がしゃべれなかろうが、見た目がアジア人であろうが、演出家であるということが最初に優先される事項なんですね。別に演出家がえらいとかっていうことではなくて。日本においては、ビジネスとしての関係以上に、若いからとか、年齢が上だからとか、そういうことが態度を決めているように見える時があって、ちょっと気になるというか。今回はもう、本当に、演劇人としても、人間としても大好きな方々に受けていただけたのがうれしいです

――他劇場との連携についてはいかがですか。

国内外を問わず、演劇の団体がいっぱいあるわけで、そこに新国立劇場という劇場があるということを知っていただくことがまず大事だと思うんです。何かを一緒に作っていくというのはその次のステップであって、まずはそこ。さまざまなところと協力体制をとれるような関係性を築いていきたい。国内ではプロジェクトの絡みでいろいろ話をうかがわせていただいたり、海外に行ってそこの芸術監督の方といろいろお話ししたり。まず知り合う、ご挨拶するということを続けていきたい。そこから何かが生まれて行ったらもちろんありがたいことですけれども​。

――オペラ部門の大野和士芸術監督バレエ部門の大原永子芸術監督と連携しての試みの予定は?

やりたいですね。めちゃめちゃおもしろい方です、大野さん。大野さんと大原さんと三人でしゃべる機会があるといつもおもしろくて笑ってしまう。大野さんが先頭に立ってくださっていて、今、いろいろお話をしている最中です。きっと次シーズン以降には何がしかをお知らせできると思うので、ご期待ください​。

取材・文=藤本真由(舞台評論家
写真撮影=荒川潤
小川絵梨子PHOTOのみ

2018/2019シーズン 演劇 ラインアップ
●『誤解』[新訳上演]
●『誰もいない国』
●『スカイライト』[新訳上演]
●フルオーディション1『かもめ』 [新訳上演]
●少年王者舘『1001』[新作]
●『オレステイア』 [日本初演]
●『骨と十字架』[新作]

●こつこつプロジェクト ―ディベロップメント― リーディング公演
・『スペインの芝居』
・『リチャード三世』
・『あーぶくたった、にぃたった』
 
小川絵梨子 新国立劇場 演劇 芸術監督