「副業」の推進など、さまざまな施策が挙げられている働き方改革。その目的や成果をどのように捉え、どのような制度設計をするべきなのか――。

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 前編では、今年(2018年)6月に副業ガイドラインを導入した外資系製薬会社のMSDに、副業の推進と長期休暇の導入に共通する狙いを聞いた。同社は、これらの取り組みに加え、日数制限のない在宅勤務制度を運用、全社員の9割が自由な勤務時間で働くなど、柔軟な働き方を実現する企業でもある。

 後編では、こうした先進的な「働き方改革」を同社が実行できた背景についてお伝えする。

【前編】「『長期休暇』導入と『副業』推進に共通する最終目的」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54215

2時間働いてあとは副業もOK!?

 MSDでは、2016年4月に在宅勤務の日数制限を撤廃し、事由不問で在宅勤務ができる制度を導入。現在毎月約500人が利用している。中には、出社が必要なときを除き、すべて在宅勤務をする「年間フル在宅」で働く社員も存在する。

 また、全社員の9割が、裁量労働制などによる自由な勤務時間で働く。そして、在宅勤務と自由な勤務時間を組み合わせることによって、時間と場所にしばられない柔軟な働き方を実現している。

 そのため、数時間業務を中断したり、仕事を早めに切り上げて病院や学校行事といった子供のための用事をしたり、住居点検対応の日は在宅勤務をするといったことも可能だ。

 また、海外との早朝や深夜での打ち合わせが多い新薬開発の部門などは、帰宅後に夜の会議をして次の日は遅く出社、早朝であれば家で会議を済ませるといったような働き方をしているという。

 一方、前編で触れたとおり、副業も推進中である同社。このような状態では、従業員が平日の日中に副業をしてしまうといった懸念も出そうなものだが、「働き方改革」を担当する人事部門人事グループマネジャー萩原麻文美(はぎわら・まふみ)氏は「裁量労働制という働き方は、日々の労働時間の裁量は個々の社員にあります。極端な話、2時間しか働かない日があったとしても、最終的に期待されているパフォーマンスを出すことができれば何ら問題ないのです。本業以外の時間で副業することに問題はありません」という。

 たしかに裁量労働制は、実際の勤務時間を問わない制度であるため、勤務時間が短くてもよいわけだが、この割り切りには驚く。

 このような「働く時間も場所も選べて副業も可」という、会社員としては「自由すぎる」とも思える働き方は、「結果がすべて」という考えが徹底されているからこそ実現できると言える。

 萩原氏は、同社の仕事に対する考え方を次のように説明する。「本業において期待されているパフォーマンスを発揮し、期日までに成果を上げられるのであれば、時間の使い方は問わないということです。逆に、副業などによってもし期待された成果が上がらなくなったら、その分、低い評価を受けることになります。仕事の評価は『結果』がすべてなのです」。

成果は「最終ゴール」への貢献度

「期待されたパフォーマンスを発揮できるか」は、MSDにおいて柔軟な働き方を選択するために必要不可欠なことでもあり、在宅勤務における条件にもなっている。オフィスでなければ集中できない、という従業員もいるためだ。

 逆に条件はこれのみで、職種や等級などの細かな規制は一切設けず、個々の判断は現場に任せている。これは、前編で触れた副業ガイドラインと同じ考え方である。

 同様に、「成果」に関しても、人事主導ではなく現場で基準を決めている。そして、その成果とは「会社が目指す最終的なゴール(ミッション)」に対する貢献度とゴール達成に向けての進捗度としているのが特徴的だ。

 たとえば、人事の「働き方改革」という業務の場合、「社員と組織の自律性を高める」などの「目的」をどの程度達成しているのかということが評価対象で、副業や長期休制度の導入といった「手段」に対する達成度には重きが置かれていない。

「新制度を導入したり、副業したり長期休暇取得した社員が多ければよいということでなく、社員が制度の趣旨をよく理解し、制度が適正に運用されていなければなりません。でも、それだけでもやはりダメで、社員がどれだけ自律性を持った行動ができるようになり、企業文化や組織風土が変革されたかが大事なのです。人事は成果の評価が最も難しいともいえる業務領域のひとつですが、会社が目指す長期的なゴールに貢献することを、常に意識しています」(萩原氏)

「手段」ではなく、最終的な「目的」を重視する結果志向の考え方は、普段の仕事に対する日常的な評価も同様だという。たとえば、「社内プレゼンの資料がきれいに作れている」といったことは評価対象にはならない。時間をかけて完璧に仕上げた大量の資料で伝わらないプレゼンをするより、ポイントを掴んだ資料で(たとえ多少の誤字脱字があったとしても)、しっかりと内容が伝わるプレゼンが良い、ということである。

「誤字脱字で成果は変わるのか」

 社員の「自律性」を重んじ、結果志向の考えが定着しているのは外資系だから当たり前にできている(日本企業とは別世界の話)のでは、と思う節もある。しかし、実は以前からそうだったのではないのだという。

「外資系企業同士が合併した当社ですが、日本人の新卒採用を続けていたこともあり、外資的とは言えない組織風土だった時代もあります。たとえば、社内資料はもちろん、社内メールであってもビジネスマナーと形式を厳格に守るよう気を遣うなどです。上司の指示を待つ姿勢も強く、主体的に取り組む姿勢があるとは言えない傾向にありました」(萩原氏)

 そうした状況を変え、現在の組織風土形成に大きく寄与したのが、2010年の合併後に立ち上がった新しいカルチャー作りの活動だ。組織風土に関する社員意識調査などをもとに、社員主体のプロジェクトが立ち上げられ、今に続く権限移譲、結果志向、自律性を高めるなどの目標などもここで設定された。

 最初は必要に応じて経営陣や人事部門が介入。たとえば、経営に対して遠慮がちな社員の「提案」を促すために、経営陣自らがアドバイスを行ったり、社員の主体的な行動を後押しするといったことだ。そして、その後に社員主体の活動へと徐々に進化させ、5年ほどの歳月をかけて軌道に乗せた。

 この間、それまでの「手段」に労力をかける仕事のやり方を変える社内活動も行われた。「たとえば、社内メールに正式な役職の敬称は禁止といった、メール作成に時間をかけないための具体的なルールなども作られました。最初はそこまでしないと習慣は変わらないのです」と萩原氏は説明する。

 そして、カルチャーづくりのプロジェクトの立ち上げに加わり、社内活動を後押しした同氏自身も、成果のあり方や「結果志向」を改めて強く意識させられた言葉があったという。それは合併前後に着任した役員の次のような言葉だ。

「(社内文書の)誤字脱字で最終成果は変わるのか。それをなくすための時間とエネルギーは、他のことに使うべきだ」

「この言葉を聞いて世界が180度変わる思いがした」と振り返る萩原氏は、一連の社内改革とその後の働き方改革の関係に関して次のように語る。「カルチャーはずいぶん変わりました。社内活動で育んだ自律性や結果志向の風土のもとに、柔軟な働き方がスムーズに浸透していったという面も大きいです」。

 同社が思い切った「働き方改革」を実行できたのは、「外資系」だから当然にできたというわけではなく、その裏にはこうした地道な社内改革の努力があったのである。

[もっと知りたい!続けてお読みください →]  「長期休暇」導入と「副業」推進に共通する最終目的

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