北朝鮮金正恩委員長は、日本との直接交渉を促すトランプ大統領や韓国の文在寅大統領らに対し、日本には拉致問題で「多くの譲歩」をしており、交渉停滞の責任は日本側にあると反論した――。

共同通信は15日、韓国の拉致被害者家族の会代表で北朝鮮内に独自の情報源を持つ崔成龍氏からの情報として、北朝鮮当局が上述のような説明を党内で幹部らに行っていると伝えた。

歴史問題で韓国に味方

今年に入り金正恩氏と首脳会談を行ったトランプ氏と文在寅氏はいずれも、金正恩氏が「日本とも対話を進めたい」と語ったと明かしている。しかし正直なところ、金正恩氏が本当にそのように語ったとして、現段階でどのくらい真剣になっているのか、また日本人拉致問題をどれだけ重要視しているかは、はなはだ疑問だ。

むしろ北朝鮮はこの間、過去の歴史問題と絡み、韓国と歩調を合わせるようにして日本を非難している。

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また拉致問題を巡っても、北朝鮮メディアは言いたい放題だ。

たとえば朝鮮中央通信は5月12日の論評で、北朝鮮と米韓の間で対話が進展する中、日本が拉致問題を巡り対北圧力の維持を訴えるのは「縁談に葬式の話を持ち出すということわざのように、(中略)国際社会が一致して歓迎している朝鮮半島の平和気流をあくまでも阻んでみようとする稚拙で愚かな醜態だと言わざるを得ない」と非難した。

また朝鮮労働党機関紙の労働新聞6月29日付の論評で、「『拉致問題』はすでに2002年当時、日本首相の平壌訪問と歴史的な朝日平壌宣言の発表を契機に完全に解決された問題である」と主張。さらに、日本政府が拉致問題を強調するのは「過去に希世の大罪を犯した加害者から『被害者』に変身して朝鮮の尊厳ある対外的イメージをダウンさせ、朝鮮民族に働いた罪悪をうやむやにして覆い隠し、過去清算を回避しようとする」ためだと決めつけた。

北朝鮮メディアはこのところ、米韓に対する非難を控えており、このような激しい非難をぶつける相手は日本だけになった。

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その背後には言うまでもなく、同国のメディア戦略を直接指揮している金正恩氏がいる。

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北朝鮮メディアがこのような激しい論調を展開していても、金正恩氏のホンネは別の所にあるといった可能性もゼロではない。しかし今回は、北朝鮮拉致問題について、あくまで「解決済み」で押そうとしているように見える。

というのも、日本人拉致についてはすでに故・金正日総書記が小泉純一郎総理(当時)との首脳会談で謝っており、いまから主張を変えたら、「偉大な領導者」の謝罪を無にすることにつながるからだ。

それに比べ、核問題は性格が異なる。北朝鮮は、朝鮮半島の非核化は故・金日成主席の「遺訓」であるとしている。それにもかかわらず核武装したのは、米国から核の脅威を受けているからであり、それを取り除くために核兵器を持つことが必要だった――というのが彼らの主張だ。また、核戦力を完成させたのは金正恩氏だから、それを放棄する決断も彼自身が下すことができる。

このような考え方を持つ北朝鮮にとって、米国の軍事的脅威を取り除いた上での非核化はまったく不名誉なことではないが、拉致問題についてはそのように考えていないのだ。

とはいえ、北朝鮮がまったく折れなければ、日本政府としても対話を続けることは不可能だ。それくらいのことは、金正恩氏もわかっているはずだ。なのでどこかの段階で、日本側の要求を一定レベルで受け入れる余地はやはり残っている。

しかしそのとき、相手の主張を受け入れるべき立場に立たされるのは、北朝鮮だけではないだろう。もしかしたら金正恩氏は「わが国はその主張を受け入れる。だから貴国はこれを認めろ」という風に、過去清算問題で大きな「ディール」を仕掛けてくる気なのではないだろうか。

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金正恩(キム・ジョンウン)氏