日本でも広く売られている中国のお菓子「月餅」。中国では「月餅券」なるものが出回り、贈答品になると同時に、ダフ屋の商売のネタになっているという。メーカー、販売代理店、ダフ屋、消費者の誰もがおいしい月餅券商法のカラクリとは? 上海在住の山田珠世氏がレポートする。(JBpress)
変わり種の月餅が続々登場
旧暦の8月15日は中秋の名月(十五夜)の日で、今年(2018年)は9月24日だった。
中秋の名月の日の起源は、唐代に中国で始まった「中秋節」とされる。中国では中秋節が近づくと、お世話になった人や親しい友人に月餅(げっぺい)を贈るのが習慣となっている。
月餅とは、月に見立てた丸くて平たい形をした中国の伝統的なお菓子で、地方によって大きさ、形、色、そして中に詰まっている餡がそれぞれ異なる。
上海でよく見られるものに、広東式の茹でた鹹蛋(シエンダン。アヒルの卵を塩水に漬けたもの)の黄身が入ったものや、小豆餡、ハスの実、ナツメ餡、ココナッツ餡などがある。肉入り月餅も人気だ。
月餅は直径10センチを超える大きめのものも多く、さらに甘くてずっしり重たいことなどもあり、好き嫌いが分かれる。実は筆者も、甘すぎとも言える餡が苦手で、あまりおいしいと思って食べたことはなかった。
ところがここ数年、抹茶餡やチョコ餡、ハム入り、肉松(ロウソン。肉でんぶ)など変わり種の月餅が出始めた。
また白玉粉で作った皮に餡が入ったもの、アイスで作られたものなども販売されるようになり、幅広い年齢層の“月餅ファン”を増やしつつある。
気軽に贈れる「月餅券」
そんな中国の月餅市場に新たに出現したのが「月餅券」(中国語では「月餅票」)だ。期間限定で月餅に交換できる商品券で、企業が従業員への福利として、または顧客への贈答品として、利用されることも多くなった。
取引先などから大きな箱に入った月餅セットをもらった場合、持ち帰るのに居心地の悪さを感じる人も多いに違いない。その点、月餅券はかばんに入れてしまえば、誰にも知られずに済む。
月餅券の普及には、月餅券を売り買いする“ダフ屋”の存在も欠かせない。
筆者が住む上海では、今年も中秋節の1カ月ほど前になると、街にダフ屋が出没し始めた。
ダフ屋はだいたい、額面の4~5割程度で月餅券を買い取ってくれる。例えば額面が200元(約3200円)であれば、80~100元(約1280~1600円)になる。
月餅券をもらった場合、月餅が好きでなければ交換しなければいい。もちろん誰かにプレゼントしてもいいし、ダフ屋に売ることもできる。プレゼントする方も、月餅券であれば、相手が月餅を好きか否かに関わらず、気兼ねなくプレゼントすることができるというメリットがあるのだ。
ダフ屋は月餅券を誰に売る?
さて、筆者には月餅券に関して前から一つ気になっていたことがあった。ダフ屋が消費者から大量の月餅券を買い取るのは、リスクが大きすぎるのではないか? という問題だ。大量の月餅券がコンスタントに捌けるとは限らない。
ところが調べてみると、月餅メーカー、月餅券の販売代理業者、消費者、ダフ屋がともに“おいしい思い”ができる仕組みとなっていることが分かった。中国のウェブメディアのコラムに、分かりやすい例が示されていたのでご紹介したい。
月餅メーカーが、1枚100元の月餅券を65元で販売代理業者に売ったとする。販売代理業者はそれに15元上乗せして80元で消費者Aに販売する。
消費者Aは100元相当の月餅を80元で買うことができるというメリットがある。それを月餅に交換して友人にプレゼントこともできるし、月餅券をそのまま贈ることもできる。
消費者Aが月餅券を友人である消費者Bに贈ったとしよう。消費者Bはもらった月餅券をダフ屋に40元で買い取ってもらう。ダフ屋は10~15元上乗せして、また別の消費者に販売する。
では、ダフ屋が買い取った月餅券が売れ残った場合はどうするのか?
月餅メーカーに50元で販売するのだという。そうすれば、ダフ屋は1枚当たり10元儲けることができる。また、月餅メーカーは65元で売る月餅券を50元で手に入れることになるので、月餅を生産せずに1枚当たり15元の儲けを出すことができる。
消費者が月餅券を利用しないまま、券の有効期限が来てしまうことも多いにありえる。その場合、月餅メーカーはまるまる65元を儲けることになる。
上海ガニ券も同様の仕組み
この構図は、これからがシーズンの上海ガニにも当てはまるようだ。上海ガニにも上海ガニ券なるものが存在する。
上海ガニはタラバガニなどとは異なり、生きたまま調理する必要があるため、当然ながら月餅以上に贈り物にしにくい。もらった人は、数日のうちに食べてしまう必要があるからだ。カニが死んでしまえば捨てることにもなる。
ところが、上海ガニ券であれば、自分が好きなときにカニに交換することができる。ほかの誰かに券をプレゼントしてもいい。
上海ガニ養殖業者は、上海ガニの季節が終わるころに、上海ガニ券を低価格で回収すれば、月餅券同様にカニを用意せずにお金を儲けることができる。
月餅セットや上海ガニのセットを贈る側にとって、相手が食べてくれるかどうかは関係ない。重要なのはこれらの券を贈って「あなたにはこれだけの額のものをプレゼントします」とアピールすること。メンツを特に気にする中国では、メンツが立つことにつながる。
この点を考えても、月餅や上海ガニの実物より、活用方法の多い商品券をプレゼントした方が喜ばれる可能性が高いだろう。商品券の活用は、みなが幸せになれる一番の方法なのだ。
リスクを恐れず、「儲かる」に賭ける
ただ、メーカー側にもリスクはある。どの程度月餅を生産すべきかという問題だ。
券を月餅に交換しない人の確率や券の回収率が高いと踏んで、少なめに生産すれば、消費者が引き換えに来た際に在庫がないという状況に陥る可能性も高い。その一方で、引き換えに来る消費者のことを考慮し、生産量を多めにすれば、在庫を抱えることになる可能性が高く、自分の首を絞めることになる。
今年も、「月餅券を交換しに店舗を訪れたが、該当する商品はないと言われた」とする消費者の声や、「月餅5万セット分の在庫が残っている」とするメーカー側の声がニュースになっていた。
賞味期限が切れた後の在庫分は非正常損失とみなされ、増値税(付加価値税)を追加納税する必要があり、納税コストが増大するという。メーカーにとっては大きな痛手となる。
だが、それでも月餅券はなくならない。メーカー側がそれらのリスクを想定した上で、月餅券を発行しているということなのだろう。
ある証券会社のリポートによると、中国における2017年の月餅販売額は前年比8%増の146億元(約2336億円)だったという。この巨大な月餅市場のシェア獲得に向け、ここ数年は、世界のコーヒーチェーン大手やアイス大手なども月餅販売に乗り出している。
中国でのビジネス展開はリスクが高いと言われる。それでも大きく儲けることにかける――。中国ビジネスの醍醐味はここにあるのかもしれない。
[もっと知りたい!続けてお読みください →] いつの間にか空が青いんだけど本当にここは中国?
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