今年、東芝がスポンサーから降りて、打ち切りの噂まで広まった国民的アニメサザエさん」。結局、スポンサーが変わって、継続しているが、戦後の日本社会とともに歩んできたサザエさんは、大きな変化の波に晒されているようにも見える。

このような流れを受けて、長年、「サザエさん」の研究を続けてきた「東京サザエさん学会」は、ベストセラー「磯野家の謎」以来25年ぶりの新著「磯野家の危機」を今年、宝島社から出版した。

磯野家は果たして今後も愛さ続けるのだろうか。東京サザエさん学会の代表で、慶應義塾大学名誉教授の岩松研吉郎さん(74)に聞いた。(小川陽平)

アニメは「変わらない昔の良さ」、漫画は「変わりゆく時代の流れ」

ーー今回なぜ「磯野家の危機」を執筆することになったのでしょうか?

「前作『磯野家の謎』を書いてから25年が過ぎ、出版社からの提案もあったことから、社会や家族の大きな変化を『サザエさん』を通して考え直そうと思いました。東芝のスポンサー降板をきっかけに、時代に合わなくなったと言われる磯野家は今後どうなるのだろうか、という気持ちもありました」

ーースポンサーでいうと、Amazonが加わることが話題になりました。「磯野家の危機」の帯でも、「三河屋のサブちゃんはどうなる?」と書かれていますが、三河屋ひとつを例にとっても、社会の変化は感じられますか?

「サブちゃんは、アニメのほうで出てくるキャラクターなのですが、ネット販売のようなものは、サザエさん自体の設定としては、馴染まないでしょう。ただ、都市でも、特に地方では少子高齢化で商店がなくなっていて、サブちゃんのような御用聞きが消えてしまう時代になっています。そうすると、嫌でもネット販売、通信販売に向かっていくんでしょうね」

ーーアニメにはちゃぶ台を囲む家族のような、昔ながらの描写が出てきますが、変化の激しい現代でも人々の心をつかんでいるのはなぜでしょうか?

アニメは確かに、現実社会に追い越されてしまった面があります。子育てや介護など、現実の問題を切り離し、シナリオが構成されているからです。逆に言うと、だからこそ、磯野家はのんびりしていて安心感があり、現代の人々にも受け入れられているのかもしれません。

会社員と専業主婦の二世帯家族である磯野家は、家族のあり方や夫婦の家庭内の役割も含め、高度経済成長期の『一億総中流』と呼ばれた時代の代表的な家族像でした。今の時代に合わない部分も含めて、『あの時代は良かった』と感情移入する人も多いでしょう」

ーーアニメと原作漫画に違いはあるのでしょうか?

アニメは単純な『一億総中流』が描かれていますが、漫画はその当時の時代状況に対応していました。時代の変化を敏感に捉えて、ちゃぶ台に代わってテーブルとイスが登場するようにもなるのです。今でも連載が続いていれば、磯野家はマンションに建て替えて、そのワンフロアーに住んでいたかもしれません。

読者の生活水準の変化に合わせつつ、一方で変わらないものも同時に描くことで、漫画の『サザエさん』は多様性を持った作品となりました。戦後社会の表面は変化しても、社会全体が一元的に変わるわけではありません。磯野家の存在は、変わりゆく時代への不安を和らげ、人々を安心させる役目もあったのではないでしょうか」

波平は「DV親父」か「子ども思いの父」か

ーー「磯野家の危機」では、怒鳴ってばかりいる波平は『DV親父』と新参者のご近所から勘違いされる可能性もあると指摘しています。波平を例にすると、家族のあり方はどう変わってきたのでしょうか?

「厳しくも優しく、うっかりな面も併せ持つ波平は、家族との関係が濃厚な父親です。子どもを大声で叱りつける場面がよく登場しますが、戦後の新民法になったとはいえ、家父長制の名残が残っていた時代ですから、当時は怒鳴ったりしていても大したことではありませんでした。『子どもを思うがゆえの厳しさ』でしょう」

ーー現代の父親とはどう違うのでしょうか?

「今の父親は仕事で忙しく、なかなか家族で過ごす時間がないために父子関係が希薄です。現代の父親は、子どもと穏やかな関係を保つしかない場合が多くなるでしょう。また、『ブラック企業』のような長時間労働の会社に勤めていれば、父親が家族と過ごす時間がなくなってしまいます。

一方で、波平は夜にマスオさんと飲み屋に行って、仕事以外で帰りが遅くなることはありますが、長時間労働に追われる様子はありません。だいたい定時の17時上がりで、18時前に帰宅した後は皆で食卓を囲み、家庭で過ごす時間を大事にしています」

女性の活躍、長谷川町子さんの時代と比べて変わったのか

ーー逆に、漫画連載時の時代背景とはどう関連しているのでしょうか?

「『サザエさん』の連載が始まったのは1946年で、戦後の復興期から、やがて高度経済成長期を迎えます。

作者の長谷川町子さんは女性初の連載漫画の作者として活躍しました。また、池田勇人内閣(1960年)では初の女性大臣(中山マサ厚生大臣)が誕生しました。女性の地位や権利の向上に関心が高まってゆく時期に、サザエさんが全国紙(朝日新聞)の連載を飾ったことは、戦後日本の民主主義の中で大きな意味をもつものでした。

今回(2018年10月2日)の安倍改造内閣では女性閣僚が1人しかいないなど、実は今も、サザエさんの連載が続いていた時代とそれほど変わらない現実があります。確かに女性の就業率が数字の上では上がったり、『働き方改革』など労働環境の整備は進んだと宣伝されています。しかし変化の速度がまだ遅すぎて、危惧すべき社会状況が続いています」

今後の研究テーマは、磯野家の年代記

ーー今後、取り組んでみたい研究テーマはありますか?

「磯野家の年代記に取り組んでみたいですね。マスオさんの実家の系譜や、静岡にいる親戚の実情など、磯野家にはまだまだ謎がありますから」

ーー先生が代表をつとめる「東京サザエさん学会」とはどんな組織なのでしょうか?

「私の家族や大学の後輩が属する、完全に私的な組織です。漫画の『サザエさん』を全巻揃えているので、いつでも気軽に読むことができます。

みんなサザエさんが大好きなので、家族との生活でも、``サザエさん用語``を使うこともあります。

例えば、漫画の中で、客が来て、波平が寄せ鍋をごちそうした後に、『結構な寄せ鍋でした』と言われる場面があります。そのお客さんの表情がおかしいので、鍋じゃなくても『結構な寄せ鍋でした』というそのセリフを家族みんなで言ったりすることがありますね(笑)

『磯野家の危機』(宝島社

時代に合わない「サザエさん」、今後も愛され続けるか 「磯野家の危機」岩松氏に聞く