「運動後の栄養補給」をテーマに、体内でのメカニズムやとるべき方法などを探っている。取材に応じてもらったのは、運動後の栄養補給の方法について研究している、立命館大学の総合科学技術研究機構で専門研究員を務める東郷将成(とうごう・まさなり)氏だ。管理栄養士としてアスリートたちの栄養補給のサポートにも取り組んできた。
前篇では、運動後のエネルギー補給がいかに大切か聞いた。特に激しい運動などをした後、体内で利用されたエネルギー源を回復するためには、運動直後から糖質それにタンパク質や脂質を組み合わせた補給が好ましいとされる。
後篇では、運動のさまざまな目的に照らし合わせてみて、どのように栄養を補給すべきか、引き続き東郷氏に話を聞く。
疲労回復には糖質と脂質の組み合わせを
――「運動後の効果的な疲労回復を図りたい」と考えている人は多いと思います。運動後の栄養補給の方法について心がけるべきことは、どのようなことでしょうか?
東郷将成氏(以下、敬称略) 前篇でお話したことのおさらいになりますが、運動した直後から筋グリコーゲン回復のため、体格に見合った糖質を補給することが前提となります。
また、糖質とタンパク質を同時摂取して血中のインスリン分泌量を増加させることにより、体内で減少または枯渇した「筋グリコーゲン」が回復することが明らかとなっています。
さらに近年では、糖質と乳化した脂質を組み合わせた摂取も、インスリンの分泌量を高め、筋グリコーゲンの早期回復に有効であると報告されています。
前篇でも言いましたように、私自身は糖質と乳化した脂質の組み合わせた食品であるアイスクリームの回復効果を追究しています。現在は、一般社団法人のJミルクより研究助成金を受けて、運動後のアイスクリーム摂取による回復効果と、それがその後の運動パフォーマンスに与える影響を調査しています。
この研究では、アイスクリームの糖質と脂質に加えてタンパク質のバランスを調整しました。運動後の筋グリコーゲンの、より効果的な回復効果につながる結果が明らかとなれば、運動後にどのような栄養組成の食品の摂取が好ましいかを明示できる根拠となると考えられます。
トレーニングの効率向上には事前のエネルギー源貯蔵を
――持久力を高めるためにランニングするといったように、トレーニング効果を高めることを意識して運動する人もいます。
東郷 はい。トレーニングの効率を高めるには、エネルギー源が体内にちゃんと貯蔵されている状態でしっかりと追い込めるような運動環境が望ましいといえます。
前篇でも言いましたが、糖質が消化・吸収されるまでには30分以上はかかることを踏まえ、2時間前か1時間30分前には、おにぎりやバナナなどを摂る。より直前の時間帯であれば、負担の少ない糖質ゼリーなどを摂るといったことがよいと思います。
こうした運動に臨む時間帯の補食が難しい場合は、夕方の運動に向けては昼食、夜の運動に向けては夕食といったように、運動する直近の食事で糖質量を増やすなどして、運動によるエネルギーの消費を想定した食事の摂取を心がけるとよいでしょう。
運動後の栄養補給については、先ほどと同様に運動で消費したエネルギーの回復のために運動直後から体格に見合った糖質およびタンパク質、脂質を含んだ食品を摂取することが好ましいです。食欲が上がらない場合は、糖質飲料の“チョビチョビ”摂取で、筋グリコーゲンが回復しやすい環境を整えてあげることも重要です。
――昼間に仕事をしているような人は、どうしても夜に運動することが多くなります。夜の遅い時間帯に運動するときは、どう栄養補給すればよいでしょうか?
東郷 まず、夜に運動をすることが決まっていれば、それを見越して昼間や夕方に、運動しない日よりも多めに糖質量が多いご飯や麺、おもち、パンなどを食べておくなどの工夫が考えられます。
夜に運動した直後は、まだ食欲がわかないかもしれませんが、翌日の食事までのつなぎとして、おにぎりなど糖質の多い食品を少しでも摂っておくことを勧めます。もし、何も摂らずに寝てしまうと、翌日の朝食まで数時間も絶食することになりますよね。朝食抜きなら、さらに長時間の絶食となります。
長時間にわたり糖質を摂らないと、身体がエネルギー源を別のところから得ようとして筋肉(タンパク質)を分解しはじめます。それは避けるべきです。
大会前にはグリコーゲン・ローディングを
――マラソン大会に出場して、よいパフォーマンスをしたいという目的の人は、運動と食事の兼ね合いをどうするとよいですか?
東郷 一般的に「グリコーゲン・ローディング」と呼ばれる方法が好ましいといえます。本番に臨むとき、体内のグリコーゲン量を多くしておくという効果を狙ったものです。以前は本番1週間前から取り組むべきといわれていましたが、現在は本番3日前からでも同様の効果が得られると報告されています。
――具体的には・・・。
東郷 ひとつあるのは、3日前に激しい運動を行い体内のグリコーゲンを枯渇させてから、糖質を多めに摂取して、グリコーゲンの量を飛躍的に多くする、といった方法です。グリコーゲンを枯渇させると、身体は「グリコーゲンを貯め込もう」と糖取り込みが促進され、筋グリコーゲン量を増加させます。
それ以外に、普段どおりの生活を送りながら、食事や補食などから摂取する糖質の量や摂取頻度を多くしていくという方法。また、練習量を軽めにして消費エネルギーを抑えつつ、糖質の摂取量を多くしていくという方法もあります。
どの方法にするかは、選手の練習スケジュールや状況によって変えることがあります。たとえば、3日前から雨が降って通常の練習ができなければ、練習によるエネルギー消費量は通常よりも少なくなるため、単純に糖質摂取量を多くしていくといった方法にする、といった具合です。
糖質は、筋肉にグリコーゲンとして貯蔵される際に水分も取り込まれるので、グリコーゲン・ローディングの成功の有無を確認するには、体重の増加量で評価することが簡便です。また、体重が増えて、本番時に膝などに負担がかかる人もいます。ふだん運動をさほどしていない方などは、この点に注意が必要です。
ダイエットでも適切な糖質摂取を
――最後に、人々の運動をする目的として「肥満解消やダイエットのため」というのがとても多い気がします。この目的を重視すると、栄養補給の方法はどのようになりますか?
東郷 体重は1日の中でも変動が多く、女性の場合は月経周期によっても体重が増減するため、短期的な体重変動ではどの要因により減少したか判断しにくいといえます。短期的に目先の体重を減らすのでなく、長期的な視点をもって、運動の前後にやはり糖質を適切に摂取し、しっかり運動できる体の状態を保つことが大切だと私は考えています。
糖質制限によるダイエット法が流行していることを、私も認識してはいます。実際、糖質を摂取することで筋グリコーゲンの量が増えて体重が増えるというのは事実でしょう。逆に糖質を摂らなければ、体重は減ることにはなります。
けれども、知っていただきたいのは、筋グリコーゲンを貯蔵するとき、ブドウ糖1gに対して、水分2.6〜2.7gも加えて筋肉に貯蔵されるという事実です。糖質を摂らなければ、この水分の取り込みがなくなるため、“見かけ上”の体重は減ることになります。糖質制限で短期的に体重が減ったとしても、体内の水分が低下しており、それは“見かけ上”の減少ということになります。
それに、糖質制限をすると「ご飯、パン、麺は食べずに、肉などのおかずを食べる」といった食事、つまり「糖質は摂らずに脂質は摂る」といった食生活になると思います。けれども、脂質1gを摂取したときエネルギーになる量は9kcalで、糖質1gを摂取したときのエネルギー量4kcalの倍以上あるのです。
食事における脂質の摂取重量や割合が増えるということは、脂質からのエネルギー量を多く摂取してしまい、かえって太る(脂肪を蓄える)ことにつながります。また、体内の糖質量が減るということは、筋肉の分解を進めてしまうことを意味します。筋肉量の減少は脂肪の燃焼を妨げる結果となるため、体脂肪を増加させる悪循環の原因となります。
糖質制限をして急速に減量するといった方法では、一気にリバウンドする場合もあります。闇雲にダイエットに挑むのでなく、計画的に、いつまでに体重あるいは脂肪量をどのくらい減らすか目標を立てて取り組むのが適切な方法だと考えています。
[もっと知りたい!続けてお読みください →] 運動直後が効果的! 糖質補給でグリコーゲンの回復を
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