平成30年北海道胆振東部地震」に関する自衛隊の被災者支援活動のなかに、「しらせ」の名前がありました。なぜ南極観測船として知られる同船が北海道で支援活動に従事していたのかというと、実はたまたまそこに居合わせたから、という理由でした。

苫小牧港沖停泊中に被災した「しらせ」、そのまま初の災害派遣参加へ

オレンジと白に塗られた大きな船体が特徴の南極観測船「しらせ」が、北海道胆振東部地震において災害派遣に参加しました。現在の「しらせ」は2代目にあたりますが、災害派遣に参加するのは初めてのことです。

「しらせ」は、文部科学省国立極地研究所が南極地域観測隊の輸送や研究目的で建造した船ですが、実は海上自衛隊に所属する艦艇なのです。文部科学省と極地研究所は「南極観測船」と呼び、海上自衛隊は「砕氷艦(さいひょうかん)」と呼んでいます。

「しらせ」は例年11月ごろに、東京にある晴海ふ頭を出港して、オーストラリアを経由してから南極へ向かいます。南半球では夏となる氷が薄い時期に、自重を使って南極海の氷を割りながら進んでいきます。南極にある昭和基地に到着すると、観測隊の交代や、燃料、食料などの補給活動などを、しばらくのあいだ行います。そののち4月頃に東京へ戻り、必要な整備をしたあとに、総合訓練として日本各地の港に立ち寄ります。この時に公開される「南極の氷」は、南極で直接採取された物で、イベントに訪れた多くの来場者が、直接氷に触れたり、氷が溶けた時に発生する「パチパチ」と弾ける音を聞いて楽しんだりしています。ちなみに、観測隊の隊員が個人的に持って帰れる氷の重さは、ひとり10kgまでだそうです。

そのような「しらせ」が、今回、北海道胆振東部地震にて初の災害派遣を経験したわけですが、なぜ参加することになったのでしょうか。その理由は「偶然そこに居合わせた」からでした。

2018年9月6日地震発生時、「しらせ」は総合訓練の一環として、翌7日に行われる一般公開のために、苫小牧港の沖合いで停泊していました。地震の揺れは海の上でも感じたそうで、地上での揺れ方と違い、船体全体が横に揺れるような感覚だったそうです。

震源地から近い位置にある苫小牧港ですが、地震による港湾施設の破損はありませんでした。そのため「しらせ」は苫小牧西港区南ふ頭に接岸し、被災者支援のための災害派遣活動を開始しました。

支援活動のさなかの「しらせ」、艦内の様子は…?

「しらせ」が行った災害派遣活動は、被災者への給食支援、入浴支援、携帯電話などの充電サービス、そして医療相談などでした。

給食支援では6日のうちに、おにぎり約2100個を船内で握り、陸上自衛隊の支援を受けて、被災地となった安平町やむかわ町に送り出しました。

入浴支援では避難所と「しらせ」のあいだに、陸上自衛隊などのマイクロバスがシャトルバスとして両者を結び、多くの被災者が入浴に訪れたそうです。このとき、普段は観測隊の公室として使われている部屋が住民に解放され、そこでは「しらせ」のスタンプやパンフレットなどが用意されていました。各テーブルには延長コードが設置され、持参した充電器を繋げば、携帯電話などの充電もすることができます。

公室の奥には「しらせ」乗員の海上自衛隊衛生隊員たちによる医療支援も行われていました。ただし、本格的な医療行為をするわけではなく、あくまでも健康相談程度のことを行ったそうです。

そのような活動のさなかにもかかわらず、取材を申し込むと、「しらせ」側は快諾してくれました。案内してくれたのは「しらせ」通信長の竹内1等海尉(取材時)です。

船内に入ると、まず目に付いたのは入浴者を管理する受付テーブルと番号札でした。ここで受付を済ませ、番号札を受け取ると、さらに奥に案内されます。

奥には観測隊公室があり、「しらせ」利用者はそこを休憩所として使えるようになっていました。観測隊公室は、観測隊が会議や食事などをする場所となっていて、航海中は常に利用されている部屋だそうです。

浴場に移動するには、エレベーターを使います。実は、海上自衛隊の艦艇で人員用のエレベーターが付いているのは「しらせ」だけのレアなものだそうです。

案内されたのは「第2士官浴室」でした。入り口には洗濯機と乾燥機も備え付けられています。ただし、乾燥は時間がかかるため、被災者の利用は洗濯機のみに制限されているそうです。

浴室は広く、一度に6名ほどが利用できるようになっています。海上自衛隊の艦艇のお風呂というと、海水を温めた湯船に浸かると聞きますが、「しらせ」では真水が使用されています。

「しらせ」、実は武器庫アリ

被災者支援で入れるのは公室、浴場のみですが、今回は特別に観測隊が使用する居室や「しらせ」の厨房も取材することができました。

観測隊が使用する居室は2名部屋となっていて、二段ベッドに多くの収納スペース、そして折りたたみ式の作業机もありました。この広さは護衛艦の艦長室よりも広いそうです。

厨房に行くと、ちょうど夕食の準備が行われていました。手際よくおかずを準備する隊員と、大きな釜を掃除する隊員たち。「しらせ」の食事は海上自衛隊の艦艇の中でも上位に入る美味しさだそうです。

「しらせ」は調査・研究船であるため、ミサイルなどの固定武装は持っていませんが、艦内には武器庫があり、テロや海賊対処のための最低限の武器が搭載されています。極地への運航という特殊な任務もそうですが、万が一の時には、乗艦している研究者や船を守るため、武器を使用することが想定されているのも、海上自衛隊が「しらせ」を運航するひとつの理由でしょう。

2018年10月13日現在、「しらせ」は母港である横須賀港にいます。例年11月ごろには、南極へ向けて出港するため、乗員たちは次の出港に向けた準備をしているのでしょう。

南極には定住している人がいません。そのため自然の保存状態が良好で、様々なデータを取るのに最適な環境だそうです。氷に閉じ込められていた空気などを採取することで、過去に地球で起きた気候変動の様子などがわかるといいます。

我々が暮らす地球の未来の環境を予測するための研究・調査などを行う観測隊の活動を支えるのが、この「しらせ」の本来の役目なのです。

【写真】実は激レア! 「しらせ」のエレベーター

苫小牧港に停泊する「しらせ」(矢作真弓撮影)。