虚しい独り相撲…ため息を付きながら夜の帰宅

亡き親友の妻・女二の宮(落葉の宮)への片思いをこじらせ続ける夕霧。しかし、彼のせいで母御息所が勘違いの挙げ句に死んだと思う宮は、ますます夕霧を嫌うばかり。小野の山里まで足を運んでも何の成果もない、虚しい独り相撲。今日も手ぶらで家路につく夕霧の目に、荒れた邸が見えます。

そこは宮と柏木が新婚生活を送った一条邸でした。柏木の死後、徐々に荒れてきていたものの、御息所の療養で小野に滞在するようになってからますます人気がなくなり、築地は崩れ、草ぼうぼう。ただ庭に流れる遣水だけが、月の光に輝いています。

「柏木がよくこの庭で音楽の宴を催したものだった……」と、夕霧はしみじみと思いを馳せながら、自邸に帰宅。帰ってきても月を眺めてはため息ばかりで、心ここにあらずです。女房たちが「あんなに真面目だった殿さまが……」「こんな遅くまで……」「みっともない……」とぶつぶつ言っているのが、神経の尖った妻・雲居雁にも聞こえてきます。

同じベッドで背中合わせ……夫婦のすれ違い深刻に

まさに“魂が抜け出た”状態の夫を見て、雲居雁は情けないやら腹立たしいやら。

「夕霧はお父様の光源氏と奥様方の六条院での暮らしを、『世にも素晴らしい理想の生活』と褒めては、私がすぐ怒るとか心が狭いみたいなことを言うけど、最初からそういう生活ならともかく、いきなりこんな風に変わられてどうしろっていうの!」。やっぱり夕霧もお父さんみたいにしたいんだなあ……。

真面目だと思っていた夫が中年に入ってまさかの浮気。源氏と違い、幼馴染恋愛から現在の一夫一婦制結婚に非常に近い形で結婚生活を送ってきた雲居雁のこの苦悩は、現代人としては共感しやすいところです。

でも現代と違うのは、重婚が許されている点。妻の側としては、夫が新たな妻を迎えるのを止める手立てがないのです。ここがまた、話を一層ややこしくします。

子供をたくさんもうけたおしどり夫婦も、今となってはベッドに入っても一言も言葉をかわさず、お互いに背を向けて横たわっているだけ。背中合わせのこの夫婦のすれ違い感、重苦しい。

夕霧は明け方になるといそいそ起きて、また手紙。細々と何やら書きつけながら、夫がつぶやく一言が妻の耳に入ります。「“夢が覚めたら”とおっしゃいましたが、一体それはいつでしょう。僕はいつお訪ねすればいいのですか……お返事もないのに」。

手紙を使いに渡す様子をこっそり見ながら、妻は「どれくらい進展してるのかしら。知りたい……」と気をもんでいます。

既読スルーでも嬉しい!?重症化する夫の恋心

日も高くなった頃、小野から使いが戻ってきました。いかにも真面目そうな感じ、毎度おなじみ小少将のレポートです。「またダメか……」と思いつつ読んでみると、やはり宮本人はうんともすんとも言ってくれなかった様子。

ところが「宮さまがお手紙の端にすさび書きした独り言をこっそりお入れします」小少将は気を利かせて、その部分を破いて入れてくれていたのです!ラッキー!

まともな返事でなくとも、彼女が「見てくれた」というだけで夕霧は飛び上がるほど嬉しくなりました。要するに、未読スルーではなく既読スルー。作者は「それで喜ぶとは情けない話だ」と無情に突き放していますが、でも恋する身には、好きな人の反応があったらそれだけでもう嬉しいとなるのも仕方ないことです。

「朝夕に泣く音を立つる小野山は 絶えぬ涙や音無の滝」朝夕に声をあげて泣いている小野の山では、私のとめどない涙が音無の滝になっているのかしら、とあります。何とも悩ましげな、切ない心情です。

宮の美しい乱れ書きを見て、夕霧の心はますます「ああ、もうどうしようもない。他人の恋路を見ては『バカバカしい、みっともない』なんて思っていたけど。いざ自分がなってみると、こうまで理性を失ってしまうものなのか……わかっていてもこの想いは止められない!」

夕霧は30歳を目前に、ヤキモキするような片思い、理性では抑えきれない恋い焦がれる気持ちを初めて体験したのです。雲居雁と引き離されたときとはまた違う切なさ。中年の恋は手の施しようがないといいますが、玉鬘にお熱だった髭黒といい、若い頃に免疫をつけられなかった夕霧もかなり重症です。

女性のより良い生き方とは?作者がヒロインに託した想い

夕霧と落葉の宮の一件は、源氏の耳にも入ってきました。「冷静沈着、品行方正な息子と親ながら誇りに思ってきたのに。特に恋愛については、私の若い頃の“遊び人”の汚名を雪いでくれるものと期待していたのになあ。

今回のことは、雲居雁にも落葉の宮にもお気の毒なことだろう。何より頭の中将もどう思っておられることか。あの子だって馬鹿じゃないんだから、それくらいのことはわかるだろうに。

でも恋は前世からの縁だと言うから、とやかく言っても仕方のないことだね……」。

更に源氏は、自分の死後、紫の上が落葉の宮と同じような境遇になることを危ぶみます。きっと誰か他の男が言い寄ってくるだろうと、そんな心配までする夫に、紫の上は恥ずかしさと情けなさで顔を赤らめてしまいます。

でも本当に、女ほど生きるのが難しいものはないわ。何を見ても聞いても知らんふりして、ただ引きこもって暮らすだけなら、何のために生まれてきたのかわからないじゃない。

生きている喜び、楽しさがあるからこそ、この世の悲しみや苦しみも慰められるのに……。何も知らない、わからない、感じない、そんな人間になってほしいと、育てた親だって思わないはずよ。

物事の善悪がわかっているのに、それを表に出せず、ひたすら胸の中だけにしまっているなんてつまらないわ。どうしたらちょうどよく、生きていけるのだろう……」。

作者の紫式部は、博学なところを見せびらかすと反感を買うだろうと、漢字の“一”という字も読めないふりをした、という話が伝わっています。彼女自身「わかっているけど知らないふり」をせざるをえなかった経験がいろいろとあったのでしょう。

ときに嫉妬や絶望を感じても、自分の意志で生きていくことの叶わなかった紫の上。その心情からは、抑圧された女性たちの生きづらさがにじむようです。

彼女がこんな風に思うのも、手元には孫の女一の宮がいるからでした。彼女は今上帝の皇女として、これからを生きていかねばなりません。女三の宮のようでも困るし、今回の落葉の宮のような出来事が起きるかもしれない。そう思うと心配の種はつきません。

孫の行く末を案じる祖母となった彼女に、作者は自分の想いを託しています。

誘導尋問もスルー……思いつめる息子に父の説教は?

噂をすれば影、夕霧が六条院に挨拶に参上しました。源氏は世間話風に切り出します。「もう御息所の忌中は明けたかね。惜しい方を亡くした。それにしても月日が立つのはあっという間だね。私も出家したい、したいと思いつつ時間ばかりが過ぎていくよ」。

夕霧は甥の大和守が葬儀から四十九日まで引き受けていると報告。源氏はちょっとカマをかけます。

「そうか。御息所は優れた才媛で、兄上(朱雀院)も寵愛された方だった。兄上もたいそう悲しまれていることと思う。

まして、御娘の女二の宮(落葉の宮)はさぞお嘆きだろうね。兄上もここの三の宮の次にお可愛がりになった皇女と聞いている。きっと、人柄も素晴らしい方でいらっしゃるのだろうね」。

夕霧はすぐにピンときて「さあ、詳しいことはわかりかねます。御息所とは何度かやり取りをさせていただきましたので、故人が申し分のないお方だというのはよく存じ上げておりますが」。と、落葉の宮に関する話題にはノーコメント

当たり障りのない話題から入り、サラッと誘導尋問に入る源氏はまるで芸能記者のようですが、賢い夕霧にはこの作戦は通用しなかった模様。しかし、彼の頑なな態度はかえって事の深刻さを表しているとも言えます。

「こんなに真面目一途な男が思いつめているのだ。私が何を言っても聞く耳を持ちはしないだろう。ここでお説教なんかしても仕方がない。本人だって、どうしようもないんだろうからな」。

いつも夕霧の恋愛に関しては二言三言口を挟みたい源氏パパですが、今回ばかりはお説教モードに入らず静観の構えです。

複雑すぎる四十九日……出家を願う娘に父の一言

夕霧は大和守と協力し、御息所の四十九日法要を営みます。その様子を聞いた頭の中将は「なんと、やはり夕霧は落葉の宮と一緒になるつもりなのだな。亡き柏木の妻でありながら、宮はなんと軽率なお方なのか……」と、宮を非難。

頭の中将側からみれば、亡き長男の妻が落葉の宮、次女(雲居雁)の夫が夕霧なのですから、この縁組ははなはだ不快。でも、暴走しているのは夕霧なのに。なんだかなあ……。

四十九日ですから、当然頭の中将家からも息子たちが参列。この家らしい派手な寄進も行います。夕霧、源氏、頭の中将など大物貴族があれこれと手を尽くしたおかげで、この法要は非常に立派なものになりました。でも内情はものすごく複雑。嫌だ、こんな四十九日

宮はもう身の置所もなく、やはりこのままこの山の中で一生を送りたいと強く決意します。ところが誰が知らせたのか、そのことが父・朱雀院の耳に入ったらしく、こんなお手紙が届きました。

「出家などとんでもない。私も出家し、妹の三の宮も出家してしまったのに、あなたまで出家しては……。

身寄りのない皇女が出家しても、前よりかえって苦労が多くなることも多い。修行どころか生きていくことすら難しくなってしまっては本末転倒だ。

今のこの境遇が辛いのはわかるが、それから逃れようとして出家するのもまた浅はかなこと。とにかくもう少し待って、心を落ち着かせてからお決めなさい。妹と争うように出家していくのはよろしくない」。

朱雀院は宮に気を使って夕霧の名を出さずぼかして書いていますが、もちろんこの一件をお聞きになってのことです。

皇女という身分柄、父としても再婚を勧めたいものではありません。が、ここで宮が早々に出家してしまうと「夕霧と関係したけどしっくりいかなくて、世をはかなんで出家した」みたいになってしまうのも余計にマズイ。なので、できればもう少し辛抱するようにと説得したのでした。

波紋が広がり続ける中、夕霧は「少し強引だけど、御息所のお許しがあったということにして、宮をここに連れ戻して結婚しよう」と決意を固め、ボロボロになった一条邸を改築。日程を決めて、大和守に宮を小野から連れ戻すように指示します。全部、彼が勝手に決めたことです。

簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/

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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか

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