夫と別居した後、すぐに離婚することが最善策とは限らないようです。「今すぐ離婚する妻」「とりあえず別居する妻」のどちらが有利なのか、具体的なケースを元に筆者が解説します。今回はその後編です。

母子家庭のための3つの優遇装置

「娘、息子のために、まだ離婚しない方がいいと思っていて…」

 智子さんは苦しい胸の内を吐き出しましたが、離婚と別居の違いは何でしょうか。離婚する前、夫婦は同じ戸籍に入っており、同じ住居で暮らしているのですが、離婚した後、妻(結婚時に夫が妻に戸籍に入った場合は夫)が夫婦の戸籍から抜けるという形で婚姻を解消します。

 そして、同居していた住居から夫または妻が出て行く、もしくは住居を引き払うという形で同居を解消するのですが、離婚の場合、戸籍と住居のどちらも移動します。一方で、別居の場合はどうでしょうか。「住居の移動」は離婚でも別居でも起こりますが、別居に限り「戸籍の移動」が起こりません。

「離婚して母子家庭になれば、いろいろ恵まれているのは事実です」

 私は智子さんにありのままを伝えましたが、妻が未成年の子を引き取れば、母子家庭として扱われ、各種の優遇措置を受けることができるのは離婚のメリットです。しかし、別居の場合、すでに夫婦の体を成していないにもかかわらず、まだ同じ戸籍には入っているので母子家庭として扱われず、優遇措置を受けることが難しいのです。

 母子家庭に用意されている3つの優遇措置について見ていきましょう。

 1つ目は児童扶養手当です。これは子が18歳に達するまでの間、親権者に対して最大で毎月約4万円の手当が支給されるのですが、両親が離婚している場合に限るので、今回の場合、手当は全く支給されません。今回のケースでは、手当は毎月約2万9000円ですが、夫が離婚に応じないせいで妻は手当をもらい損ねるのです。

 2つ目はひとり親医療費助成制度です、これは病院などに医療費を支払った後、市町村の窓口でその医療費に相当する金額の還付を受けることができる制度ですが、今回の場合、やはり離婚していないので医療費は自分で負担しなければなりません。

 前述の通り、長男が「てんかん」という病気を患い、医療費として合計1万1000円を支払っていたのですが、夫が離婚に納得すれば、この制度を利用し、医療費の還付を受けることができたのだから、妻は歯がゆい思いをしていたそうです。

 3つ目は児童手当です。子の出生から3歳の誕生月まで毎月1万5000円、3歳の誕生翌月から中学校卒業まで毎月1万円の手当が支給されるのですが、厳密にいえば児童手当は母子家庭に限った優遇措置ではなく、両親が離婚する・しないに関係なく支給されます。

 もちろん、両親が離婚し、妻が親権を持てば、離婚前に手当の振込先を夫名義の口座に指定しても、夫の同意を得ずに、市町村の窓口で振込先を妻名義の口座に変更できます。両親が離婚せず、別居している間、振込先を変更するには夫の同意が必要なので智子さんは二の足を踏んでいたのです。

離婚の決断は「お金」だけではない

「娘、息子のことを考えると離婚した方がいいのでしょうか?」

 そんなふうに智子さんは頭を悩ませますが、現在、「別居を続けて離婚しないか」「別居をやめて離婚するのか」の選択権は智子さんが持っています。私も智子さんの気持ちを尊重したいのですが、やはり言うべきことは言わなければなりません。「離婚しないならしないで、お金が回るようにしておかないと」。

 私はそんなふうに智子さんを諭したのですが、優遇措置の有無という点で、別居中の母子は離婚後の母子よりもお金の面で厳しいのは確かです。だからこそ別居中の生活が成り立つよう、家計の収支を計算しておく必要があります。残念ながら、智子さんの収入だけで娘さん、息子さんを育てることは不可能だという現実から目を背けることは許されません。

「旦那さんに助けを求めるしか手はなさそうですね」

 私は智子さんをいさめたのですが、とりあえず、毎月13万円の赤字を解消するのが先決です。もはや背に腹は代えられないので、夫に対して13万円の支払いを頼むよう智子さんの背中を押しました。

 児童手当は名前の通り、子どものための手当なので、子どもを引き取っていない夫の口座に入り、夫が自由に使うことができるのはおかしいでしょう。確かに市町村から直接、智子さんの口座に振り込んでもらうことはできませんが、いったん市町村から夫の口座に振り込まれてきた手当を、夫が智子さんに対して渡すことは可能といえば可能です。

「日向、翼はこっちにいるんだから、児童手当はこっちに渡してよ!」

 智子さんは決死の覚悟で伝えたのです。夫は最初のうち、「俺の金は俺の金、お前の金も俺の金」という感じでまじめに聞かなかったのですが、紆余曲折の末、夫が毎月15万円(生活費13万円+児童手当2万円)を支払うという約束を取り付け、智子さんは急場をしのぐことができたのです。

 このように、母子家庭の優遇措置という点では別居よりも離婚の方が有利なので、智子さんのように、二者択一に揺れるケースは非常に多いのです。憎き夫に頭を下げなくても、児童手当の振り込みを妻の口座に変更した上で新たに児童扶養手当を手に入れ、さらに、医療費は免除されるのですが、何より大きいのは、離婚が成立すれば「どうやって離婚すればいいのか」という悩みから解放されることです。

 ただ、離婚の決断を左右するのはお金だけではありません。智子さんの場合、娘さんは14歳、息子さんは9歳でまだまだ未熟です。何とか「離婚の意味」を理解できる程度の子どもから父親を奪ってもいいのかどうか、このような人生を二分する選択を母親の立場で行うことが許されるのか。

 こうした心の葛藤が伴う以上、どうしても気持ちの整理がつかないのなら、別居のままやり過ごすのも一つの選択肢でしょう。ただし、将来のこと(離婚後)に気を取られて、現在のこと(別居中)がおざなりなるのでは本末転倒です。

露木行政書士事務所代表 露木幸彦

「今すぐ離婚」「とりあえず別居」、どちらが有利?