医療技術の進歩で、「不治の病」ではなくなった「がん」。入院から外来中心の治療に変わり、がんになった人の経済的・社会的負担が減る一方で、医療者と話す機会が少なくなり、病状や将来に対する不安や疑問を抱えたまま日常生活に戻るがん経験者が増えています。

 そうした人たちに寄り添って解決の糸口を見つける相談支援施設が、東京・豊洲にあります。予約なしで気軽に訪れ、無料で専門家の相談を受けられる施設は今月、開設2年を迎えました。これまでの成果と現状を取材しました。

2年間で1万2000人が訪問

 東京都江東区。先日開業した豊洲市場の最寄り駅、ゆりかもめの「市場前」駅から歩いて約3分の場所に、その施設はあります。2016年10月10日にオープンした「マギーズ東京」。「病院でも家でもない、第2のわが家」をコンセプトに、がん経験者や家族、遺族、友人、医療関係者などがんの影響を受けた全ての人が、リラックスできる環境で看護師や保健師、心理士、管理栄養士ら専門職と話したり、お茶を飲みながら、ゆっくり自分の時間を過ごしたりして、自分の力を取り戻していく場所です。

 マギーズ東京は、英国にある「マギーズキャンサーケアリングセンター(マギーズセンター)」の初の日本版として誕生しました。マギーズセンターは、乳がんで亡くなった造園家で庭園史家のマギー・K・ジェンクスさんの遺志を継ぎ、1996年にできた、がんの影響を受けた人のための施設です。東京を含む各国の施設は、寄付金などで運営されています。

 マギーズ東京センター長の秋山正子さんに聞きました。

Q.開設から2年がたちました。今の率直な思いは。

秋山さん「今は豊洲市場が開場してにぎわっていますが、マギーズ東京の建設が始まった2014年11月ごろは、周りには何もなく野原でした。交通の便もとても良いとは言いがたく、開設後に人が来るのか不安でした。それが1年で約6000人、2年で約1万2000人が訪れてくれたのです。年間で1000人来てくれればと思っていたので予想外でした」

Q.どのような人が訪問しているのですか。

秋山さん「がん経験者が4割、そのご家族、友人、ご遺族が3割です。このほか、医療関係者も訪れています。女性が多く、女性は自分のことを自ら話す傾向があります。一方、男性は訪問するまでの壁がありますが、一度訪問した後の再訪率は高いです」

Q.なぜ予想より多くの人が訪れたのでしょうか。

秋山さん「がん医療が様変わりしているからだと思います。外来での治療が中心となり、入院期間が短くなってきています。治療がスピードアップしていることは歓迎すべきですが、その一方で新しい課題も生まれています」

Q.新たな課題とは。

秋山さん「勤務先や家族に、がんについてどのように話すのか、治療費や生命保険をどうするかなど、治療以外の悩みが多く生まれます。これらをひもとくためには、病気になる前の状況から丁寧に聞いていく必要があります。治療を中心に行う病院では、そのような手間がかかることはなかなかできません」

Q.訪問者はどのような目的で来られるのでしょうか。

秋山さん「当初は『良い先生を紹介してほしい』『セカンドピニオンはどの病院に行けばよいのか』などの相談が多かったです。しかし最近では、現在受けている治療の相談以外に今後の生き方についても聞かれます」

Q.今後の生き方についての相談とは。

秋山さん「例えば、結婚前の健康診断でがんが見つかった人がいました。相手から『健康な人と結婚したい』と言われて破談となり、これから先どうしていけばよいのかという相談がありました。また、がんの治療が終わって職場復職しても、体力が続かず休みがちになり、それによる会社内の人間関係の悩みを相談されることもありました。

世の中では、まだまだ『がんとともに暮らしていく』ということに対して実感がないので、こういう相談が結構あります」

「がんとともに生きる」人を支える

Q.そもそも、マギーズ東京を開設しようと考えた理由は何だったのですか。

秋山さん「がんの治療が、外来が主流となりつつあり、家での生活を豊かにするための相談の場所が必要と感じたからです。

私はもともと、在宅でがんで最期を迎える人の苦痛をやわらげる在宅ホスピスに関わっていました。中には、ぎりぎりまで病状が進行してから在宅を選び、2~3日や1週間で亡くなる人もおられ、在宅ホスピスの情報がもっと早く届いていればと思うこともありました。そうした時に英国のマギーズセンターのことを知ったのです」

Q.マギーズ東京の建物や設備の特徴は。

秋山さん「建物は、木をふんだんに使っており、開口部もガラス戸で自然光が入り明るく、リラックスできます。お茶も自由に飲め、座りやすいいすとクッションがいくつもあって、好きな場所で好きなだけ座って話ができます。『第2のわが家のような』をコンセプトにしており、建物の広さも英国の一般家庭とほぼ同じで280平方メートルです」

Q.職員はどのような人たちですか。

秋山さん「看護師、保健師、心理士、管理栄養士がいます。常勤・非常勤合わせて10人がコアメンバー。それに20人近くの専門職が登録していて、土曜日や夜間などボランティアで参加しています。1日4~5人は常駐しています。予約なしで訪問が可能という気軽さが魅力です。相談料も無料です」

Q.大きな病院にも、相談を受ける施設はあります。

秋山さん「2007年に施行された『がん対策基本法』に基づき、がん拠点病院内に『がん相談支援センター』が設置されました。各都道府県に必ずありますが、予約が必要です。相談時間も1人につき15~20分程度、長くても30分程度しかありません。加えて、聞きたい内容をあらかじめはっきりと分かっていないと予約ができません」

Q.マギーズ東京が、がん相談支援センターと異なる点は。

秋山さん「1人1時間くらい時間を取ります。もちろん、2~3時間の人もいます。まずは、相手の話を聞くことから始めます。こちらからどんどん質問していくわけではありません。解決の糸口が見え、がんの影響で見失っていた自分を取り戻してもらうことが目的です。

相談者の多くは、がんと向き合うことになってもやもやし、何を知りたいのか分からない状態になります。そこで、専門職といろいろ話をしていくうちに、もやもやが整理され、何を知りたいのか、何を聞けばよいのか分かるようになります。マギーズ東京ではその過程に寄り添っており、ここが大きな病院の施設と異なります」

Q.2年間活動して、改めて気付いたことは。

秋山さん「ひと昔前は『がん=死』というイメージがありましたが、10年生存率の平均が6割と『がんとともに生きる』時代になりました。がんを経験した人は、頭のどこかで再発や転移の不安を抱えながら生きていかなければなりません。この人たちをしっかりとサポートする体制が日本にはないと改めて気付きました」

Q.マギーズ東京のような施設を開設する動きは、他の地域でもありますか。

秋山さん「広がりつつあります。金沢市NPO法人がんとむきあう会、京都市のともいき京都、静岡県富士市の幸(さち)ハウスの3団体はマギーズセンターに共感して、それぞれの地元で施設を開設して活動しています。新潟でも活動が始まる動きがあります。

理想としては、各都道府県に1カ所以上あればと思っています。マギーズ東京では、そのための人材育成も少しずつ始めています」

Q.今後、どのような活動をしていきたいですか。

秋山さん「この2年で、マギーズの活動にニーズがあることが分かりました。これまでにどういう相談が寄せられ、どういう対応をしてきたのかを発表するとともに、人材育成、地域に向けた情報発信などを行いたいです。

がんとともに長く生きるためのサポート体制が、病院内外の双方向でできるようになり、長期間がんとともに生きる人の応援団が増えてほしいと思っています」

報道チーム

木をふんだんに使った2棟の平屋からなるマギーズ東京