ソフトバンクのCMが「白戸家ミステリートレイン」と題し、おなじみの犬のお父さんに加え、堺雅人をメインに据えた『オリエンタル急行殺人事件』風のシリーズへリニューアルしたのは今年8月のこと。つい先週には、菊川怜がスマホをお尻で踏んづけてみせ、探偵役の堺を戸惑わせるというCMが話題を呼んだ。それはあきらかに、菊川が少し前に出ていたハズキルーペのCMのパロディだったからだ。単にパロディというだけでなく、商品であるスマホをお尻で踏むという演出も、よく会社側からOKが出たものだと、妙な感心をしてしまう。

これに続き、10月20日からは、「NO MORE ギガ泥棒」と題して、映画館でおなじみの「NO MORE 映画泥棒」とコラボしたCMが放送中だ。次々と新しいCMが繰り出されるペースの速さにも驚かされる。

携帯のCMには家族がよく似合う?
他方、国内の携帯電話キャリアで最大シェアを占めるNTTドコモは、先月より星野源長谷川博己・新田真剣佑・浜辺美波が出演する新CM「星プロ」の放送をスタートしている。そのストーリーは、キャラクターたちの住む架空の世界「キャラまち」を舞台に、長谷川・新田・浜辺の扮する無名のキャラクター3人が、新米プロデューサー・星あゆむ(星野)とともに人気者をめざすというもの。テイストとしては『ブレーメンの音楽隊』や『オズの魔法使い』を彷彿とさせる。

ドコモは、それ以前より「ドコモ田家」シリーズ(2013年)など、ソフトバンク同様にドラマ仕立てのシリーズCMを展開してきた。今回の新シリーズが始まる直前までは、綾野剛演じる新聞記者を主役とする「得ダネを追え!」シリーズが同社のCMでは比較的長い3年にわたって継続した。このシリーズでは、綾野のほか、彼の上司役に堤真一、後輩役に高畑充希が出演し、綾野と近藤春菜演じる妻との馴れ初めなども描かれた。

業界No.2のauも「三太郎」シリーズを開始して3年が経つ。桃太郎松田翔太)・浦島太郎桐谷健太)・金太郎(濱田岳)の三人の太郎を中心に、乙姫(菜々緒)や鬼(菅田正暉)、かぐや姫有村架純)、織姫(川栄李奈)など昔話でおなじみのキャラクターが登場するこのシリーズは、いまやすっかり定着した。

こうしてあらためて振り返ると、携帯キャリアのCMは、多くの俳優を起用し、キャラクターや世界観も細かく設定したシリーズ物が主流となっている。これらCMシリーズの大半に共通するのは、家族が中心に据えられているか、そうでなくてもシリーズが継続するうちに登場人物たちがしだいに疑似家族的な雰囲気を形成していくという点だろう。auのCMでは乙姫・かぐや姫・織姫が三姉妹だし、鬼の息子(鈴木福)も登場する。ドコモの前シリーズでは、高畑充希が社長の加藤一二三を連れてドコモショップに行くと祖父と孫に間違えられるというCMがあった。それにしても、なぜ家族なのか。また、これらCMでキャラクターや世界観などが細かく設定されがちなのは、どうしてなのか。ここでは歴史をひもときながら、その理由を探ってみたい。

ドラマCMのルーツは80年代NTT三姉妹」シリーズ
きちんとキャラクターや世界観を設定したうえ、ドラマが連続して展開されるCMは、じつは最近に始まったものではない。さかのぼれば、いまから32年前、1986年NTTが電話利用促進のため「ウィークエンド・コール」シリーズという三姉妹の日常生活を描いたCMを放送している。おそらくこれが現在のドラマCMの嚆矢ということになるだろう。

NTTはこの前年の1985年電電公社が民営化して発足した。これと同時に通信事業への新規参入が認められ(通信自由化)、第二電電(現KDDI)や日本テレコム(現ソフトバンク)など現在の携帯電話キャリアへとつながる新会社もあいついで設立された。そのなかにあって、NTTは新たな企業イメージ戦略として、それまでのお役所イメージを払拭するべく、親しみやすいCMを次々と送り出して話題を呼ぶ。「ウィークエンド・コール」シリーズもその一つだった。

このシリーズでは、中田とみ・水島かおり・富田靖子演じる若い三姉妹が実家を離れて共同生活を送っているという設定で、一台しかない部屋の電話をめぐって、受話器を取り合ったり、電話を通して父親と喧嘩したりと、毎回短いドラマが繰り広げられた。制作にあたっては、実際に何組もの三姉妹に話を聞き、それをもとにストーリーを組んでいったという(三浦武彦・早川和良著、高嶋健夫編著『クリスマス・エクスプレスの頃』日経BP企画)。

翌87年には、引き続きこの三姉妹の登場する「19(トーク)の日」シリーズのCMが制作されたが、このシリーズのうち「留守番電話」篇には、真っ暗な部屋で、留守番電話から長女の誕生日で姉妹で食事に出かけているというメッセージが流れるだけで、本人たちは画面には登場していない。すでに世界観ができあがり、世間にも定着していたからこそ可能となった演出だ。

80年代後半、電話のあり方は大きく変わりつつあった。携帯電話の普及は90年代まで待たねばならないが、親子電話やコードレス電話により、家庭のなかでも個々の部屋に電話を持ち込めるようになった。また、留守電やファクシミリなど機能も増えた。

それまで電話は家庭に一台、それも玄関、あるいは台所やリビングに置かれ、電話を使うときは家族を気にしながら使うことが多かった。しかし、電話が個室に入り込むと、家庭内でも個人が外部と自由につながることが容易になる。家庭内で自由に使える電話機を得た若者は、友人や恋人といった同輩集団と親密な領域を形成していった。

一方で、一人暮らしの若者や単身赴任者、子供の家族と離れて暮らしている高齢者などは、むしろ電話回線を通じて家族的な親密性を確認することも少なくない。1988年NTT広報部の調査では、大学生の約55%が通話相手として家族をあげた。当時、家庭にあっては家族から個人を抜け出させて外部の社会に接続する役割を担うようになった電話が、他方では、社会のなかで分立する個人を家族の側に結びつける作用を果たしていたのである(吉見俊哉・若林幹夫・水越伸『メディアとしての電話』弘文堂)。

NTT三姉妹シリーズを手がけたCMプランナーの三浦武彦は、後年、《この企画って、今はあり得ないんですよね、携帯電話がこれだけ普及しましたから》と語っている(『クリスマス・エクスプレスの頃』)。たしかに、このCMで描かれたように、電話が家のなかで要となることも、姉妹が電話の取り合いをすることも、コードを引きずって部屋を移動することも、誰もが携帯電話を持ついまとなっては過去の風景だ。

それでも、離れて住む両親と子供が電話で結びつくことは現在も変わりはない。だからこそ、携帯の時代になってもCMではあいかわらず、友人や恋人とのつながりとあわせて、家族との関係が強調されるのだろう。その意味では、三姉妹シリーズのコンセプトは、その後も脈々と引き継がれているといえる。

「犬のお父さん」という発明
三姉妹シリーズ以後も、1998年に、東京通信ネットワーク(現KDDI)が中継電話「東京電話」サービスのCMで、往年のホームドラマ「寺内貫太郎一家」を当時のキャストをそのまま起用したり、2002年にはNTTドコモが発足10周年を記念して、田村正和や加藤あいなどの出演による連続ドラマCM「ケータイ家族物語」を展開したりと、通信各社は家族の登場するドラマCMを送り出した。

しかし、現在も続く流れをつくったのは、やはりソフトバンクの「白戸家」シリーズだろう。このシリーズは2007年に始まった。ソフトバンクはその前年、携帯事業に進出し、矢継ぎ早に新商品や新料金プランを打ち出していた。このペースだと、従来のCM制作の速度(企画からオンエアまで30日程度)ではとても対応できない。そこでディレクターの佐々木宏やプランナーの澤本嘉光が思いついたのが、「犬にしゃべらせる」というアイデアだった。これなら、タレントの日程を押さえられなくても、あらかじめ撮りためておいた犬の映像を新商品の発表に合わせて流せばいい、というわけである(『週刊文春2008年9月18日号)。

ここから犬を父親にするという型破りの設定が生まれた。これもまた、予算や時間の制約に加え、威厳のあるお父さんというイメージに合う人がなかなか見つからなかったがゆえの苦肉の策だったようだ(『潮』2013年8月号)。しかしふたを開けてみれば、たちまち人気を集める。CM効果による売り上げ貢献金額は開始から3年で1000億円以上になるだろうといわれたほどだ(『週刊ダイヤモンド』2010年7月24日号)。

強烈なキャラクターを主役に据えたのは、大きな“発明”だったといえる。何しろ、極端な話、犬のお父さんが出ていさえすれば、たとえほかの家族が出てこなかったり、世界観が大きく変わっても、視聴者はソフトバンクのCMと認識するのだから。このおかげで新たな商品が次々に出てきても即座に対応できるばかりか、ときには冒険も可能となった。2013年には、サントリー缶コーヒーBOSS」とのコラボCMが実現している。

ソフトバンクの「白戸家」の成功を受けて、他社も個性的なキャラクターによるシリーズCMを次々と打ち出していった。もちろん、イメージ戦略としてはどこかで違いを出さないといけない。たとえば、ソフトバンクがまず商品ありきで「白戸家」を生んだのに対し、auの「三太郎」はブランド広告として生まれ、そのストーリーもあまり商品とは関係なかったりする。これについて、同シリーズの生みの親であるCMプランナーの篠原誠は次のように語った。

《ここ数年、他のいろんなキャンペーンを見ていると、「いかにストレートトークをストレートトークに見せずに伝えるか」という考えのもとに作られていて、それの優秀なフレームが生き残っているんですけど、でもauの場合はほぼ商品と関係ない話をして、そこから無理やりタグラインに落としているのが、逆に新鮮に見えたんじゃないかと思います》(東京コピーライターズクラブ編『コピー年鑑2016 ふろく』宣伝会議)

「三太郎」は、昔話でおなじみの三人の太郎が友達だったという設定で始まった。途中から三姫の姉妹や鬼の親子が出てきたとはいえ、「白戸家」とは異なり家族以外の関係を中心に据えたことは特筆される。

思えば、「三太郎」が登場した2015年には、すでにスマートフォンが普及し、SNSが重要なコミュニケーションツールとなっていた。そのなかにあって、携帯キャリアのCMが、友人や恋人など家族以外の人間関係に重点を置き始めたのは当然の流れかもしれない。面白いことに、ソフトバンクのCMも、最近になって白戸家とは血縁関係のない堺雅人(そもそも堺はソフトバンクの別のシリーズに出ていたのが、白戸家シリーズに移って上戸彩の上司役として登場したのだった)をメインに据えるなど、「三太郎」に寄せてきた感がある。冒頭にあげたドコモの新シリーズ「星プロ」も同様だ。

携帯キャリア間の競争は年々熾烈さを増すばかりである。そのなかにあって、人々を自社に引っ張ってくるには個性的なキャラクターや世界観が必要だし、その後も新たな設定をつくっていかないことには、次々と新サービスが登場するペースに乗っていけない。下手をすればユーザーが離れてしまう。

こうした状況が続くかぎり、今後も各社は手を変え品を変え、ドラマ仕立てのCMを送り出していくことだろう。ただし、そこで描かれるのが、家族を含む人と人とのつながりであることにきっと変わりはあるまい。固定電話からガラケー、さらにスマホへと主流となる機械は時代ごとに変わっても、いずれもコミュニケーションツールであることは同じなのだから。
(近藤正高)

ソフトバンクのCM「白戸家」シリーズでお父さん役を務めた犬のカイくん。CM人気を受けて、2008年には写真集『しゃべる犬 カイくんのひとりごと』(ワニブックス)も出版された。なお、カイくんは今年6月に死去、2代目お父さんをカイくんの息子であるカイトくんとカイキくんが引き継いでいる