次世代ディスプレイのキーデバイス「有機ELパネル」の開発で、日本は韓国に大きく水をあけられてしまっている。しかし、日本勢が反撃する余地はまだ残っている。いや、場合によっては有機ELの勢力図を大きく塗り替える可能性も秘めた技術を日本企業は持っている。その筆頭格・JOLEDの取り組みを、技術経営の専門家・中田行彦氏がレポートする。(JBpress)

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日本がとる起死回生の戦略

 有機ELで、日本は韓国に完敗である。

 有機ELテレビでは、韓国LGディスプレイが市場を独占している。ソニーパナソニックだって有機ELテレビは販売している。だが、中心となる部材の有機ELパネルは、全てLGが供給している(参照:「有機ELで独走、韓国LGはテレビ市場の覇権を握るか」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53847)。

 またスマホ用有機ELについても、韓国サムスン電子がほぼ独占している。

 完敗の日本勢に挽回の機会はあるのか?

 可能性はあると思っている。

 日本の独自技術の芽が出てきているのだ。

 1つは、新しい有機EL材料の開発で期待されているのが、九州大学の安達千波矢教授が発明した「熱活性化遅延蛍光(TADF)」と、その実用化を目指す九州大学発ベンチャー「Kyulux」(キューラックス)の躍進だ。

 もう1つが、有機ELの生産では、コスト面で強みがある「3色印刷方式」に挑戦するディスプレイメーカー、JOLED(ジェイオーレッド)である。JOLEDが、「3色印刷方式」で有機ELを量産できればパネル生産で一気に挽回できる可能性も出てくる。まさに起死回生の戦略だ。(参照:「韓国勢が先行する有機ELで日本企業がとる背水の陣:JOLEDとKyulux」http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54062)

 今回筆者は、後者のJOLEDを訪問しインタビュー調査できたので、報告する。

世界で初めて出荷。印刷方式有機ELディスプレイ

 皇居近くにあるビルのワンフロアを占めるJOLEDの本社を訪問した。

 JOLED 管理本部 副本部長 経営企画部 部長 加藤敦氏から説明を受けた。

 まず、通された会議室で見せてもらったのが、世界で初めて出荷を開始した3色印刷方式による有機ELディスプレイである。21.6インチで4K (3,840×2,160ドット)だ。画質は、顧客も納得のレベルである(【写真1】)。

「基板投入ベースで2000シート/月の生産能力を持つ、4.5世代のパイロットラインで量産実証を行っています。この能力の一部を用いて、21.6インチを少量生産しています。ソニーの医療用モニター向け等に出荷しています」(加藤氏)

JOLEDの創業と技術展開

「JOLEDは、パナソニックソニー有機EL開発部門が統合し2015年1月に発足しました。印刷方式で中型高精細の有機ELディスプレイを開発・製造しています。

 ソニーパナソニックも、元々はテレビを目指して有機ELを開発しており、ソニーは、2007年に蒸着方式で11インチ有機ELテレビを世界で初めて市場に投入しました。

 2013年の世界最大のエレクトロニクス展示会であるCES(コンシューマ・エレクトロニクス・ショー)には、パナソニックは印刷方式の55インチ4K有機ELテレビ、ソニーは蒸着方式の56インチ4K有機ELテレビを出展しました。一般の方にお披露目された印刷方式のテレビは、13年のパナソニックが初めてだと思います」(加藤氏)

――有機ELの方式について、パナソニックは印刷方式、ソニーは蒸着方式と異なりますが、技術をどのように融合していったのですか? 

加藤敦氏(以下、加藤) 産業革新機構の主導で、印刷方式有機ELを事業化するという目的のもと、パナソニックソニー有機EL開発部門を統合し、事業統合会社JOLEDが設立されました。元々パナソニックで印刷をやってきたエンジニアと、ソニーで蒸着をやってきたエンジニアが一緒になっていますので、初期の頃は、印刷で本当にいけるのか等、活発な技術者同士の意見交換がありました。最終的には印刷方式でやるという方向性で全社でベクトルを合わせ、一致団結してやって来ています。

 JOLEDとしては、中型の高精細有機ELで市場を作ることを基本思想としてスタートしておりますので、10から30インチの、高精細4Kをターゲットにしています。

 印刷方式は、高精細にしていくためには印刷精度をより上げていかなければなりません。パナソニック時代には80ppi(pixel per inch:1インチあたりのピクセルの数)まで印刷できており、JOLEDとなってからは、最初の1年間で200ppiクラスを目指して開発を続けました。

 2015年に12.2インチのフルHDで180ppi、2016年に19.3インチの4Kという200ppiを超える精細度のものを開発しました。製品として世の中に出しているのが、先ほどお見せした21.6インチの4Kで204ppiです。ソニーの医療用モニター向けに、2017年4月からサンプル出荷し、2017年12月に製品として販売を開始しました。これが弊社の製品第1号になります。

――高精細をするために何をされたのでしょうか?

加藤 高精細にするためには、画素間の距離が短くなりますので、インクのより高い塗出精度が求められます。また、画素サイズが小さくなりますので、インクのサイズも小さくしていく必要があります。印刷精度とインクサイズを高いレベルでコントロールすることが重要になります。研究室レベルでは、350ppiぐらいまではムラなく安定して印刷できることが確認できています。

――204ppiの精細度で医療用には問題なく使えるということですか?

加藤 お客様には問題なく採用いただいています。医療用モニターにも様々なものがあり、弊社のディスプレイパネルを採用いただいている超音波診断装置は、比較的薄暗い部屋で、白や黒を主体に使われます。そのような使い方ですと、高輝度は求められず、白黒の階調性に優れるという有機ELの特長を生かせます。

 有機ELの特長が生きる用途での応用から始められたのは、素晴らしい判断と言える。

――有機ELの寿命は、蒸着方式も含めて課題だと思っています。印刷方式の有機ELの寿命は、実用レベルに達しているのでしょうか?

加藤 産業用の指標として、「焼き付き」の評価にLT95、つまり5%輝度劣化するまでの時間を評価軸としますが、現在の製品は、ピーク輝度である350cd/m2で、LT95が1000時間となっています。実際には、評価テストのようにピーク輝度で光らせ続けるという使い方はしませんので、製品として使用する上では、問題のないレベルとなっています。

――輝度劣化は、何が原因と考えられていますか?

加藤 有機ELに限らず、ブラウン管プラズマも、自発光デバイスである以上は発光体が劣化していくというのは避けられません。材料メーカーと協力しながら、将来的なターゲットを決めて研究開発を続けています。

 JOLEDディスプレイの販売も拡大しており、医療用モニターに続いて、プロフェッショナルモニターへの採用も予定されています。

――量産の対応については、準備が進んでいますか?

加藤 能美事業所で量産ラインの建設を進めており、2020年から量産開始で準備を進めています。

 ジャパンディスプレイが能美工場として使っていた5.5世代液晶生産ラインを、われわれが取得させていただき、既存設備を生かしながら、セル工程を入れ替えて有機EL生産ラインに作り変えます。

――JDIから生産ラインを取得される時に、JDIの大株主である産業革新機構からJOLEDに直接現物支給されるという話が最初にありましたが、実際にはどのような出資方式だったのでしょうか?

加藤 産業革新機構が弊社に対して現金出資いただき、同額でわれわれが、産業革新機構が所有していた能美工場を買い取りました。

――印刷方式有機EL量産ラインの構築のため、調達目標を1000億円と設定されています。今回は、そのうちの470億円を資金調達されましたが、今後の計画はどうですか?

加藤 必要な資金を必要な時期に調達すべく、投資家とのコンタクトを進めています。

起死回生の戦略のための体制構築

 JOLEDは、2018年8月23日に、今後の事業展開に大きく関わる2つの事業戦略を発表した。

 1つは、先にのべた有機EL量産に向けた第三者割当増資による総額470億円の調達だ。

 もう1つが、大型テレビ向けの印刷方式による有機ELディスプレイの「技術外販」を推進する業務提携だ。

 つまり、JOLEDは、中型の「量産」と、大型の「技術外販」と、「モノとサービスの両面戦略」を取っている。

 この「モノとサービスの両面戦略」に対応した組織体制を、2018年7月に構築した(図3)。

 印刷方式の技術開発は、技術開発本部が行う。また、製品の生産は生産本部が担い、生産本部のもとに、能美事業所と石川技術開発センターの生産ラインがある。

 営業や顧客向けの設計は、製品事業本部が担当する。

 有機ELディスプレイの「技術外販」は、大型パネル事業推進本部が行う。

 新規用途や価値を提案し新規事業を推進するのは、New Biz.推進本部である。先日発表されたesports向けディスプレイパネルの開発にむけたパートナーシップの締結などを行っている。

 このように、起死回生の戦略を実施するため、組織体制が構築された。

JOLEDが抱えるリスクと寄せられる期待

 JOLEDは、世界で初めて印刷方式有機ELディスプレイを市場に出した。

 韓国有機ELに印刷方式で挑む、起死回生の可能性を秘めている。大いに期待できる。

 ただ、印刷方式有機ELディスプレイを量産の軌道に載せるには、まだまだ乗り越えるべき壁がたくさんある。

 技術経営(MOT)には、「技術の不連続性」という言葉がある。既存製品に対して、新製品の製品特性が劣っていても市場に出されるということである。既存製品と新製品の技術が連続せず、不連続であることだ。「世界初」という称号を得るために、価格が高くてもリスク覚悟で市場投入するのだ。

 ソニーは、世界初の有機ELテレビを、2007年末に市場投入した。この時の価格は、11インチ20万円であり、液晶に比較し非常に高かった。

 LGも、白色蒸着式の有機ELテレビを初めて市場投入した時は、50インチ級で価格は約100万円であった。しかし、現在は、LGの55インチ有機ELテレビは、20万円以下となっている。

 JOLEDも、量産化に向かうこれからが正念場である。

 そこでは何が課題なのか?

 技術的な課題は、量産技術の確立とともに、製品の要求仕様を満たす輝度・寿命の改善である。

 現在は、高輝度が求められず、白黒の階調性に優れるという有機ELの特長を生かせる、医療用モニターという最適な応用製品からスタートしたのは、素晴らしいマークティング戦略である。

 しかし、これから、応用製品を、モニター、PC、車載等へ拡大して行くには、輝度と寿命の更なる改善が不可欠である。特に、大型の「技術外販」を成功させるには、テレビ等への応用の為に、輝度と寿命の改善が必要である。

 筆者が、シャープ株式会社の中央研究所に入社した約50年前の目標は、「壁掛けテレビ」であった。現在は、すでに達成されてしまっている。その時、われわれのグループは、「無機ELディスプレイ」を研究していた。無機の発光層を絶縁膜ではさみ、交流約200Vをかけて発光させるもので、有機ELとは全く異なる。無機ELディスプレイで世界で初めて1万時間の寿命を達成した。その成果で、1988年に、発明協会会長賞を受賞した。しかし、黄色しか実用レベルで発光できず、他チームが平行して開発していた液晶が実用化された。自慢話をしているのでは無い。最終的にテレビに応用するには、さらに寿命を改善することが重要なのだ。

 印刷方式の寿命の現状は、日本の有機EL材料メーカーが近年発表したデータによると、輝度5%劣化時間は、赤5800時間、緑15000~25000時間、青400~750時間となっている。

 有機材料の寿命は、不純物の影響が大きい。蒸着方式の場合、蒸着の工程で不純物が取り除かれる。

 しかし、印刷方式の場合、この精製の工程が無く、不純物が残りやすく、寿命を改善しにくい。

 挑戦にはリスクはつきものである。リスクを取らなければ、韓国に追いつき追い越せない。

 JOLEDが、印刷方式の課題を克服され、渾身の戦略で起死回生を図られることに、筆者は大きな期待を寄せている。

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印刷方式有機EL量産ラインが設置される能美事業所(完成イメージ・JOLED提供資料より)