自衛隊の災害派遣というと、トラックや重機、ヘリコプターなどの活動する様を報道でもよく目にしますが、過去には戦車が派遣されたこともあります。頑丈だとか、悪路走破性といった理由はもちろんですが、そこには別の理由もありました。

災害派遣に投入された74式戦車

2018年9月6日に発生した「北海道胆振東部地震」。9月末日現在も自衛隊は給水給食などを中心に、各種生活支援にあたっています。

また、既に7年が経過してもなお、私達の記憶から薄れることのない2011(平成23)年の「東日本大震災」。ほかにも近年は多くの自然災害が発生し、それにともなう自衛隊の災害派遣も多くなっています。

東日本大震災では、福島第1原発に74式戦車が派遣され、ちょっとした話題になりました。74式戦車NBC(核・生物・化学兵器)防護能力をもっており、原発事故現場のような放射能状況下においても行動が可能です。そのため、出動した車輌は、車体の前面にドーザーブレード(排土板)を装備し、これを使って現場に散乱する瓦礫を除去し、ほかの対処部隊の行動を容易にさせる任務が与えられる予定でしたが、実際に現場で運用されることはありませんでした。しかし、この出動は非常に危険な状況下で、いかに戦車が頼れる存在かということを世間に知らしめることにもなりました。

実は、戦車の災害派遣は東日本大震災が初めてではありません。付与された任務は違えども同震災以前にも戦車が出動した事例があるのです。

それは東日本大震災が起こるちょうど20年前、1991(平成3)年のことです。この年の6月3日長崎県雲仙普賢岳噴火災害が起きているなかで発生した大火砕流は多くの犠牲者を出し、山麓の民家や田畑へも多大な被害を出しました。

大火砕流を受け、74式戦車が出動した理由

雲仙普賢岳の噴火に関し、1991年6月3日に発生した大火砕流の時点で自衛隊は災害派遣されていましたが、翌6月4日には玖珠(くす)駐屯地(大分県)に駐屯する第4戦車大隊所属の74式戦車2輌が、災害派遣部隊集結地に展開しました。この2輌の74式は、赤外線暗視投光器を装備した車体で、車体部前面に「災害派遣」と描かれたプレートを付けていました。自衛隊は、74式戦車が装備する大型投光器で溶岩ドームなどを照射し、監視活動を行おうと考えたのです。

しかし実際には、74式戦車が監視活動に投入されることはなく、監視活動は同時期に展開していた第4偵察隊(福岡駐屯地)の87式偵察警戒車が行うことになりました。87式偵察警戒車はその名の通り、偵察活動が主任務であり、警戒監視能力に優れています。その点では戦車以上に状況にマッチした装備であったといえるでしょう。この際は暗視装置や対地レーダーを砲塔上に装着し、溶岩ドームなどの監視にあたりました。

こうして74式戦車は災害派遣で駐屯地からは出たものの、実際の活動は行うことなく撤収しました。その点では福島第1原発の災害派遣と同じだったといえるでしょう。

なぜ、戦車が災害派遣されたのでしょうか。投光・照射だけなら民間のサーチライトでもよかったのではと思われるかもしれません。しかし、6月3日以降も火砕流は発生しており、万が一、再度大火砕流が発生し、監視活動中に巻き込まれたとしても、戦車であればハッチを閉じて乗員室を密閉でき、高熱や飛散する岩石から乗員を防護することができます。また、履帯(いわゆるキャタピラー)で走行する戦車であれば、道路に堆積した火山灰や瓦礫をものともせず走破することが可能です。行方不明者捜索などに装甲車が使用されたのも、同様の理由によるものです。装甲防護力では戦車よりやや劣るものの、装甲車も銃弾や砲弾の破片を防ぐ程の性能があり、戦車と同様に乗員室を密閉することができます。

「暗視投光器」とは?

74式戦車が装備する赤外線暗視投光器は、通常、戦車砲もしくは車載機関銃の夜間照準に使用されるものです。砲塔の中央から突きだしている105mm戦車砲の付け根、その左側に架台を介して装備されています。架台には緊定ボルトがあり、これを緩めることで投光器を前後左右に振り、照射位置の調整を行なえます。投光器内部正面には車内から操作可能な可動式の赤外線フィルターがあり、状況に応じて通常の白色投光(可視投光)と赤外線投光を切り替えて用いることができます。

白色投光の光量は凄まじく、2km先で読書ができる程といわれます。また、戦車の教育の際は、白色投光実施中は絶対に投光部を直視しないよう厳重に指導されます。

射撃はどちらの投光方法でも可能ですが、戦車の位置を秘匿するために赤外線投光で射撃を実施するのが一般的です。自ら赤外線を照射するこの方法は「アクティブ式」とも呼ばれます。

このアクティブ式の投光器は74式戦車が制式化された1970年代当時では各国の主力戦車にも装備され、標準的な装備でしたが、2018年現在ではすでに「時代遅れ」の装備となり、後に登場する「パッシブ式」の熱線映像装置(サーマル・センサー/サーマル・イメージャー)が主流となっています。

では、「アクティブ式」と「パッシブ式」の違いは何でしょうか。赤外線を自ら照射し、受像装置を介して目標を視認する「アクティブ式」は第二次大戦後半に実用化され、その後も夜間戦闘における重要な装備として使用されました。

しかし、敵が同じアクティブ式暗視装置を使用している場合、容易に発見されたり、機材が大型で運用に支障をきたしたりといった短所がありました。「パッシブ式」は月や星のような光源に照らされた目標の微量の光を増幅し、映像として視認できるもので、敵に自分の位置を気付かれることなく監視することが可能であり、現在まで暗視装置はパッシブ式が主流になっています。

また、同様の暗視装置として熱線映像装置があります。これは目標が発する熱赤外線を感知し、映像として視認できる装置です。こちらは光源がない真っ暗闇でも目標を視認することができます。広い意味では熱線映像装置も「パッシブ式」として扱われることが多いです。

陸上自衛隊においては、74式戦車の後継として開発された90式戦車が熱線映像装置を標準装備しており、最新鋭の10式戦車も同様のものを装備していると言われています。

参考文献
島原市企画課/編『平成島原大変 雲仙・普賢岳噴火災害記録集』(雲仙・普賢岳噴火災害記録誌作成委員会)
江川紹子/著『大火砕流に消ゆ』(新風舎)

2017年5月、福岡駐屯地記念行事で観閲行進する第4戦車大隊の74式戦車。手前の車体が投光器付き、奥の車体が無し(月刊PANZER編集部撮影)。