深夜食堂」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか? 漫画、TVドラマ、映画……それとも新宿の路地裏にあるという夜12時から翌朝7時までやっている食堂「めしや」の別名?

2018年10月26日(金)から、東京・新宿シアターサンモールにてミュージカル深夜食堂』が“開店”する。本作は、日本の原作のファンである韓国のクリエイター陣がミュージカル化したもの。韓国でヒットした舞台が、このほど日本に「凱旋」上陸するという、一風変わった形の「逆輸入」上演となる。といっても今回の上演は、日本人が演じる日本版であり、もちろん言葉も日本語だ。

ミュージカル版の日本初演を間近に控え、原作の漫画を手掛けた安倍夜郎と、日本版の演出を務める荻田浩一が、ミュージカル深夜食堂』が持つ魅力について、キャスト達による稽古が終わった後の稽古場の片隅で、ゆったりと語り合った。

ミュージカル『深夜食堂』(左)安倍夜郎(本人による自画像)、(右)荻田浩一

ミュージカル深夜食堂』(左)安倍夜郎(本人による自画像)、(右)荻田浩一

■原作の漫画通りの設定でミュージカル

――原作者である安倍さんに伺いたいのですが、これまでも何度となくご自身の作品が映像化されてきましたが、ミュージカル化したい、しかもおとなりの韓国で……と聞かされた時、どんなお気持ちだったのでしょうか?

安倍 いやもう最初は全く想像がつかなかったんです。ところがミュージカル化された後、実際に韓国で上演されているのを観に行ったのですが、うまく出来上がるものなんですね。登場人物の感情の起伏が大きめでしたが。ミュージカルナンバーもただ台詞を歌っているのではなく、登場人物の心情を歌にしていた感じでしたから。

――韓国版は内容が韓国色にローカライズされているのでしょうか? 例えば物語の舞台が韓国の飲み屋になっているとか……。

安倍 いいえ。それが全て原作通り、新宿の飲み屋の設定だったんですよ。マスターが出す料理もタコさんウインナーから猫まんま、バターライスまで原作と同じだったんです。現地で観た時、ボクは韓国語がまったく分からなかったので上演内容の資料を読む事もできなかったのですが、原作に忠実だったから、今何話のどのような話をしているかがきちんと伝わってきましたね。

荻田 僕は舞台の資料映像を観たんですが、日本のままでした。

――まさに原作ファンのこだわりを感じますね。原作も日本の漫画、設定も原作にほぼ忠実。でも韓国のミュージカルを日本に「逆輸入」する場合、演出する側としてはどんなところに手を入れていこうとしているのですか?

荻田 原作にほぼ忠実で、原作に登場するキャラクターが出てきてはいるんですが、物語の中での「キャラクターの持つ配分、力加減」が違っていました。例えば作品の人気キャラである「お茶漬けシスターズ」も原作と少し違っていました。別のエピソードに出てくる他のキャラクターの性格や設定を重ねられたのでしょうね。

安倍 日本の映像作品もそうでしたが、韓国版のお茶漬けシスターズはみんな原作より美しい女性たちが演じていましてね(笑)

荻田 僕は日本版を作るにあたり、多少の台詞の修正をしようとは思ってます。そして既存のTVドラマ版や、映画版は極力観ないようにしています。やっぱり観てしまうとそのイメージがついてしまうから。韓国版のミュージカルの映像もさっと目を通すくらいにとどめていますね。もちろんミュージカルとしては韓国版が先にあるので、彼らが捉えたことを尊重してはいますが、その「絵」が頭の中に残らないようにし、僕はあくまでも「原作」から受けるイメージを僕なりに形にしていこうとしています。いい具合に味の調整をしたいな、って思っています。

――そんな荻田さんの想いを反映した日本版のミュージカル深夜食堂』の稽古の様子ですが、先程ご覧になって安倍さんはどのように思われましたか?

安倍 とてもロマンティックだなと感じましたね。

荻田 そこらへんが韓国ならではのテイストなのかもしれませんね。情熱的というか、感情の起伏が大きいというか。原作はどちらかというとクールに描かれているような印象もありますが、実際には結構とんでもない事件も起きています。それがミュージカル化されると、更にドタバタ度が少し上がる感じがします。深夜だけ開いている食堂に、ちょっと変わった人たちが集まり、織りなす物語。そこが韓国でも面白いと思われたんでしょうね。

――ミュージカルでは、原作のどのくらいまでの話が描かれているのですか?

荻田 単行本でいうところの8巻くらいまでのエピソードからピックアップされています。

――荻田さんとしてのこだわりどころは何でしょうか?

荻田 原作の雰囲気にある、なんともいえないシークレット感、現実の世界から浮き出てしまっている「隠れ家」的な場所であることと、そこに集まる人々がみんなホッとする感覚を大事にしたいです。安心できる場所だからこそ安心して食事ができる訳ですから。

安倍さんを前にしてこんな表現はどうかと思いますが、革命や戦争の話ではなく、ただご飯を食べに来る話なので(笑)、あまり深刻になり過ぎず、でも「食べる」という行為は人のテンションに重大な変化をもたらすものですよね。舞台は生身の人間が演じますから、より生モノならではの息遣いや汗を感じていただきたいですね。

――舞台化ということでひとつ疑問が。映像なら出来上がった料理をアップで映し出す事ができますが、舞台ではその表現は使えないですよね?

荻田 このミュージカルで取り上げられているメニューはどれも馴染みのあるもので、その名前を口にしたら、お客様の頭の中に「あれか」と、ある程度の共通認識が浮かび上がると思います。そこから先は役者さんたちの表現力に頼りますが、皆さんが美味しそうに食べる芝居をされると、本当~に美味しそうに見えますから!

安倍 元々「深夜食堂」は食漫画じゃないですからね。凝った料理を紹介するのが目的ではなく、あの店に集まる人々の人情を描いているんです。料理の味を描くのではなく、料理を食べる事で思い出されるその人の「過去」を描く物語。この物語が好きな方はそこを楽しんでらっしゃるんじゃないかな?

――今回マスター役を筧利夫さんが演じますね。

荻田 やはり「マスター」って、お店の象徴なんです。ちょっと強面だが実は優しくて、そこにいるだけで目にすっと飛び込んでくる人でないと。

安倍 マスターって何にもしないのに主役なんですよ(笑)

荻田 先ほども少し話しましたが、食事って人の心を開くんですね。普段喋らないようなこともご飯を食べているとポロポロと口にしてしまう。カウンターの中にいるマスターや女将さんがカウンセラーのような立場になって、お客さんは自分のことを聴いてもらいたくなっちゃうんでしょうね。

安倍 自分のことを喋る芝居をしているお客さん側の役者さんより、その話を「受ける」芝居をする役者さんの方がきっと大変でしょうね。ボクもカウンターの客を描くより、話を聴いているマスターを描く方がずっと難しいんです。

荻田 そんな気持ちになるんですか。

安倍 なりますなります(笑)。台詞を言ってる顔より「受け」をしてる顔を描く方が大変。そこには「感情」しかないので、それを形に表すのって難しいんです。

――だからこそ、マスターが持ついろいろな要素を実現できるだろう筧さんにマスター役をお願いする事になったんですね。

筧利夫

筧利夫

■誰もが自分だけの「深夜食堂」を持っていると思うんです

――ときに、お二人にとって「深夜食堂」のような店や場所は実際にありますか?

安倍 ありますよ。それこそ新宿のゴールデン街に。「めしや」のように、こんなの作れる? って言ったら作ってくれるお店があるんです。そのお店の印象もあって、この漫画を描き始める時、迷わず場所の設定を新宿ゴールデン街にしたくらいです。荻田さんはいかがですか?

荻田 そうですね。僕も何軒かありますね。仕事終わりだと数名でいきますが、一人だけでも行くお店が。それこそ「深夜食堂」のような店ですね。何も言わず美味しいものを作ってくれるマスターや、顔見知りの常連さんたちがいて。

安倍 ボクは仕事のネタを拾いにも行きますよ(笑)

荻田 確かに、人間模様がたくさんある場所ですからね。あるお店で、アルバイトをしている女の子が、付き合う相手が変わるたびにお店で出す「お通し」の内容が変わるんです(笑)

安倍 それってまさにマリリン(登場人物の一人。ストリッパー)じゃないですか(笑)

荻田 さすがにストリッパーではなかったですが(笑)

――皆、そんな自分にとっての「深夜食堂」に肩の荷物を降ろし、癒されにいくから、現実は厳しいことがあっても、この場所だけでは幸せになれますよね。

荻田 そう、この場所だけは皆がハッピーになれる。きっとこのミュージカルを観ながら、お客さんも「めしや」のカウンター席に座っているような気持ちになれると思いますよ。

安倍 カウンター席ってなんとなく常連さんの座る場所ってイメージがありますよね。そして、ご新規さんはテーブル席で飲んでいて「いつかあのカウンター席に混ざりたい」って心のどこかで想いながら飲んでいる。ある日「こっちにおいでよ」って声をかけてもらうのを待っている感じ。

――テーブル席のご新規さんが舞台を観に来たお客さんで、カウンター席の常連さんが出演者たちですね。「こっちにおいでよ」感が今回の舞台でも感じられたらいいですね。ああ、なんだかお腹がすいてきました!

荻田 上演が終わったらお客さんが劇場の周りの店に散って、一杯やっていく。劇場がある場所も新宿ですから、ちょうどいい環境なんじゃないですか? 人は誰しも自分にとっての「深夜食堂」があると思うんです。舞台の後で自分自身の「深夜食堂」に足が向く……そんな流れになれば素敵ですね。

【スニークピーク】ミュージカル深夜食堂』:PV 楽曲編


取材・文=こむらさき